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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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孤立村への道——泥と血と計算と

 健悟が予想していたのは、魔物の群れが道を塞いでいる光景だ。しかし現実は——地面そのものが変わっていた。街道の路面が隆起し、マギクリートの舗装が亀裂を走らせている。幅三メートルほどの地割れが街道を横断し、通行を完全に遮断していた。


 《万象鑑定》を発動する。


  【地形異常:地盤隆起】


  【原因:地下魔力の異常流動(地脈の乱れ)】


  【隆起量:最大1.2メートル】


  【影響範囲:半径約200メートル】


「魔物の破壊じゃない——地盤の異常隆起だ」


 ガルドが地割れの縁に膝をつき、断面を見た。


「こんな地形の変動は——冒険者時代にも見たことがない。魔物が暴れた跡じゃない。土そのものが動いている」


「地脈の乱れです。地下の魔力の流れが異常になって——地表に影響が出ている」


 レオンハルトの騎馬隊が合流地点で待っていた。金色の髪が春の陽に光り、頬の古い傷がくっきりと見える。騎士五人と工兵二人。最前線から一時的に戻ってきた部隊だ。


「健悟。状況を見てくれ」


「見ました。魔物ではなく地盤異常が原因です。しかし——迂回路を開ければ通行は可能になります」


「どのくらいかかる」


「半日。ドラガの工兵班に——」


「半日は長い。孤立村の備蓄が——」


「分かっています。最短で仮設道を開きます」


 健悟が地図を広げた。遮断地点の西側に——比較的平坦な地形がある。ここに仮設道を通せば、隆起帯を迂回できる。距離は元の街道より五百メートル長くなるが——通行は可能だ。


 トビアスの建設班が動き始めた。大柄な棟梁が先頭に立ち、斧で灌木を切り開く。ハインツとクルトが後に続き、石を除き、地面を均す。レオンハルトの騎士が周囲を警戒する。


 健悟は《万象鑑定》で地盤の強度を確認しながら、仮設道のルートを指示した。


「ここは軟弱地盤です。荷車は通れません。——こちら側を回ってください」


「了解!」トビアスが叫んだ。汗が額を流れている。しかし——手は止まらない。


 作業の合間に、健悟は隆起帯の断面を詳しく鑑定した。地脈の乱れが地表に影響を及ぼしている——それは間違いない。しかし気になるのは——乱れのパターンだ。自然な地殻変動なら、力は均等に分散する。しかしこの隆起は——一方向から圧力がかかっている。北東の方角から。ハルベルトの地下に眠る古代遺構がある方角だ。


 (偶然か——? いや、データが足りない。今は救援が先だ)


 四時間後。仮設道が開通した。幅は狭いが——人と馬は通れる。荷車は一台ずつ慎重に通す必要がある。完璧ではないが——前世で学んだ応急復旧の原則通りだ。「完璧を目指すな、通行可能を目指せ」。国交省の災害対策マニュアルの言葉が蘇る。命を繋ぐには——これで十分だ。


 レオンハルトが仮設道を見て頷いた。


「半日と言ったのに四時間で開けたな」


「トビアスの班が優秀なんです。現場の腕は——設計者の想定を超えることがある」


「お前は——自分の手柄を部下に譲る癖があるな。騎士団にもそういう指揮官が欲しいものだ」


「事実を言っているだけです。——それより先を急ぎましょう。ライネルト村まであと二時間の距離です」


 最初の孤立村ライネルトに到達したのは、日が傾き始めた頃だった。


 村の入口で——老いた村長が膝を折った。白い髪が風に乱れている。目に涙が浮かんでいる。


「来てくれた——。本当に——来てくれた」


「ハルベルト町長リーゼの命で、救援隊を派遣しました。食料と毛布と薬草を持ってきています」


 村長が顔を上げた。驚きが目に浮かんでいる。


「ハルベルト——? あの辺境の小さな村が——」


「今は町です。——そして、この街道を作ったのも、ハルベルトです」


 ロッテの保温容器を開けた。まだ温かいスープが湯気を上げている。ロッテの魔法だ——保温容器にフェリスの保温術式が刻まれている。数時間経っても冷めない。


 村人たちが集まってきた。三十人ほどだ。痩せた顔。疲れた目。子供を抱えた母親が二人。杖をつく老人が三人。若い男たちは——魔物の警戒で交代で見張りに出ていたのだろう、目の下に深い隈がある。全員が——限界に近い顔をしていた。


「食料がもう——」村長が声を絞り出した。「備蓄は残り三日分。井戸水も濁り始めて——煮沸しても味が変わってしまう。子供たちが——水を飲みたがらなくて」


 健悟が井戸に手を当てた。


  【構造物:石組み井戸】


  【水質:飲用不適(濁度上昇、鉄分過多)】


  【原因:地盤変動による帯水層の撹乱】


「井戸水の濁りも地盤変動が原因です。帯水層が撹乱されている。——応急修繕で濾過層を入れ替えれば、一時的に回復できます」


「一時的——?」


「根本原因は地脈の乱れです。地脈が安定しない限り——井戸水の問題は再発します」


 村長の顔が曇った。根本原因は——ここでは解決できない。しかし今は、目の前の人を助けることが先だ。


 健悟はトビアスに井戸の応急修繕を指示し、食料配給計画を組んだ。ロッテのスープを配る。温かいスープを受け取った子供が——笑った。その笑顔が、救援隊全員の疲れを少しだけ和らげた。


 しかし——三つの村それぞれに行くには時間が足りない。


 日没が近い。ライネルトから次の孤立村フィンケンまで——仮設道経由で半日。三つ目のドルフタールまでさらに半日。全てを回るには最低二日かかる。備蓄が尽きるまで——あと三日。余裕がない。


「騎士団は二手に分かれられる」レオンハルトが言った。「だが——指揮官が足りない。俺がフィンケンに行く。だが——ドルフタールには誰が」


 沈黙が落ちた。騎士団の若い隊員たちは——経験が浅い。単独で孤立村の救援を指揮できるほどの力量はない。


 ガルドが腕を組んだまま、一歩前に出た。


「俺が行く」


「ガルド——お前は騎士団の指揮系統にはいない。命令権がない」


「知るか。冒険者パーティの指揮官だった。命令じゃなくて——現場の判断で動くのが冒険者だ。魔物の中を突破して村を救う——昔の仕事と同じだ」


 レオンハルトの騎士の一人が不安そうな顔をした。若い隊員だ。しかしレオンハルトが一瞥で黙らせた。


 レオンハルトが——一瞬だけ笑った。頬の古い傷が動いた。


「変わらんな、お前は」


「ああ。変わらん」


 二人が視線を交わした。言葉は少ない。しかし——かつての冒険者時代のような無言の連携が、そこにあった。指揮官としての信頼。背中を預けられる男だという確信。七年の空白を埋めるものではないが——今この瞬間に必要な信頼は、確かに存在していた。


「自警団の精鋭を二人連れていく。——問題ないな」


「ああ。——気をつけろ」


「お前もな」


 翌朝。救援隊は三手に分かれた。健悟はライネルトに残り、インフラの応急復旧を続ける。レオンハルトがフィンケンへ。ガルドがドルフタールへ。


 ガルドが出発する直前、健悟に背を向けたまま言った。


「健悟。——お前は前線に出るな。お前の仕事は——図面を引くことだ」


「分かっています」


「分かってるなら——生きて帰れ。リーゼが待ってる」


 ガルドの背中が街道の先に消えていった。武骨な背中。右腕の傷痕が——朝日に一瞬だけ光った。


 健悟はライネルト村の復旧作業に戻った。井戸の濾過層を入れ替え、食料の配給計画を村長と共に作成する。前世の国交省で——被災地支援の計画書を何度も書いた。あの時は書類の上の数字だった。食料の配給量、一人当たりの必要カロリー、避難所の収容人数。全て数字だった。しかし今——数字の一つ一つに顔がある。痩せた子供の顔。泣いている母親の顔。疲れ切った老人の顔。


 夕方。井戸の応急修繕が完了した。水を汲み上げると——前よりは澄んでいる。完全ではないが、飲用には耐える。子供が水を飲んだ。「おいしい」と言った。その一言が——健悟の胸に沁みた。


 夜。通信塔を通じてハルベルトに状況を報告した。フェリスが中継している。


「ライネルト村の応急復旧完了。井戸の濾過層入れ替え済み。食料は一週間分を配給。——ガルドとレオンハルトは各自の担当村に向かいました」


 塔から——リーゼの声が返ってきた。


「わかった。——みんな無事?」


「全員無事です」


「よかった——。こっちも大丈夫。ヴォルフが——ちゃんとやってくれてる。市場も動いてる。——早く帰ってきてね」


「はい」


 通信が切れた。塔の光が夜空に浮かんでいる。あの光が——ハルベルトまで繋がっている。自分たちが作ったインフラが、今この瞬間も命を繋いでいる。道路が人を運び、通信塔が声を運ぶ。前世では——報告書の中の数字だったものが、ここでは血の通った現実だ。


 ライネルト村の村長が——小さな声で言った。


「あんたたちが道を直してくれなかったら——俺たちは死んでいた。道が——命を繋いだんだ」


 健悟は——何も言えなかった。ただ頷いた。道は命を繋ぐ。それは——前世から信じていたことだ。国交省で過労死するまで——道路を作り続けた理由だ。この世界で——その信念が初めて、目の前の人の言葉として返ってきた。

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