13話
——大学終わった。これからバイト行く。
「ん?既読つかねーな。寝てんのか?」
情はメールの既読がつかない事に違和感を覚えたが、寝てるかトイレに行ってるか、あるいは漫画を夢中になって読んでいるのだろうと思い、特に気にはせずバイトへと向かった。むしろ、今までのように既読が数秒でつく方が珍しいだろう。
「ちわーっす」
情はバイト先であるラーメン屋の従業員用入口から店に入る。
「あれー!情じゃーん!また会ったねー!お客さん用の入口はあっちだよー?」
ハキハキとした声が耳に入り、驚いて顔を上げると、そこに居たのは依茉だった。
「おい、なんでお前がここに居るんだよ」
情はテンションが下がる。まさか、元カノとバイト先が被るなんて事はないだろうな……?
情がそう言うと、依茉は両手を腰に当ててこう話した。
「なんでって、今日からあたし、バイト始めるんでい!」
おいおい、なんでなんて事があるんだよ。
「はぁ。定期的に髪を染めているから金が底を尽きたか?」
ため息混じりに情はそう聞く。
「そうかもしれないなー!さてー、真相はどうでしょー?」
そうかもしれない、じゃなくてそうだろ。それに、その話の真相は世界一どうでもいい。
何だか体が重くなった気がする情は、着替えるためロッカーを開ける。
「あれ?もしかして情もバイト?」
「じゃなきゃ、裏口からは入ってこないだろ」
「おー!確かに」
依茉はそう言いながらなるほど!と、合点ポーズをした。
はぁ。先が思いやられる。
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様っしたー」
情と依茉はバイトを終え、着替えようとする。そこへ店長が来て、快活な声で二人に話かけた。
「二人ともお疲れ様!依茉ちゃん、家の賄い食べていくかねーか?美味いぞー!あっ、情はどうする?」
賄いと聞いて依茉の目が輝き、ハキハキとした声で手を挙げて言う。
「えー!食べます食べます!いただきますー!」
「お、俺は今日も大丈夫っす」
「えー!?情、食べないの?賄いだよ?ラーメンだよ?」
依茉は情に質問詰めするが、そこで答えたのは情ではなくて店長だった。
「ガーッハッハッハー!依茉ちゃんよ、どうやら情は最近自炊?だか何だかを始めたらしいぞー?」
この前の一言で、店長が情に彼女が居ると勘違いしていたので必死に情は「自炊を最近してるんっすよ、ほ、ほら健康を考えて?」と、ぎこちなく言い訳をしていた。
そして店長の言葉を聞いて依茉は予想通りの反応を見せた。
「えーー!?あの情が?コンビニのご飯に取り憑かれた情がー!?」
おいおい、全否定はしないがその言い方はなんだ。地縛霊か新種の妖怪かよ。
「じゃっ、そういう事で、お疲れ様っしたー」
「ふ~ん、まっいいや!ラーメンラーメン♪」
情は着替えを終え、ラーメンを口いっぱいに含みながら何かモゴモゴ言った依茉に軽く手を振り帰路に着く。おそらくは、「じゃーねー!」とかだろう。分かりやすくイントネーションと表情が完全にそうだった。
「帰ったぞー」
「おかえ——————」
アイガが「おかえり」と言いかけたその時、開いていたキッチンの上の棚から一枚のお皿が傾いて落ちてきた。
「——危ない!」
情は靴を履いたままフローリングに上がり、落ちるお皿をアイガの頭に当たるギリギリで受け止めた。
「ったく、ヒヤヒヤさせんなよ。ビックリしたじゃねーか」
「ご、ごめなさい。ちょうどお皿取ってた所だったから……」
「怪我、してないか?」
「……うん」
「じゃあ謝るな。って、俺靴のまんまじゃねーかよ!」
情は「この靴新品じゃねーんだぞ?」などと小声でブツブツ言いながらキッチンにお皿を置いて、出来るだけ歩数を少なくしながら玄関に戻って行く。
「ん?なんか用か?」
情は自分の事をじっと見ていたアイガに気づき、聞く。
「あっ、ううん。なんでもないの」
アイガは慌てて否定する。
「そうか?それより、なんかお前顔赤くね?」
「ち、違う、あ、揚げ物作ってたから」
「あー、そうか。なるほどな」
アイガは急に上がった心拍数を気づかれないように深呼吸して何とか落ち着かせる。
情が料理に疎かったおかげで、揚げ物という言い訳が出来たが、もし「揚げ物してて、そんなに顔赤くなるか?」と、言われたらどうしていたんだろう。
そしてアイガはふいに思った。この胸のドキドキはお皿が落ちて来た事へのドキドキ?でも、当たらなかった訳だしもう終わった事……。————それじゃあ、まだ続くこのドキドキは一体……。




