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なんでも屋さんの弟子  作者: ソフィア・ラグナロク
第2章「師匠は自宅療養生活中」
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第10話「継続治療」

第2章「師匠は自宅療養生活中」

第10話「継続治療」


「んー……ぅーーー……」

 

 いまだに響子は激しい頭痛に悩まされる。

 魔界にいた爺さんから強力魔法草を手に入れて、ナズナの力のおかげで、瞬間移動をしてもらって帰還できた。

 けれどそれからの記憶は全くない。

 立つ事もできない。座る事も苦痛なくらい。猛烈な頭痛に襲われて、なにもできなくて、響子はベッドで横になっていた。

 ハッと目が覚めて、寝ていた事に今になって気が付いた。それなのに、頭痛は全然おさまらなかった。

 人間単体では超長距離の瞬間移動ができない。ナズナのように、ネーミングモンスターもしくはネーミング付きの労働者の力がなければ、そもそも瞬間移動ですらできないのだ。

 距離と回数にも応じて、人体にかかる負担は多過ぎる。

 だから響子は今、まだとてつもない頭痛に襲われている。

 けれど、帰ってきた時よりはまだマシな方だとは思われる。

 昨日は頭痛とは言えない激痛に見舞われて、目眩、吐き気、悪寒で普通ではいられなかった。

 5秒も経たずにぶっ倒れて気絶した事を今でも鮮明によみがえってくる。


「響子様、だいぶ良くなりましたか?」

「うん。まぁ、ね。起きられるくらいにはなれた、かな。もう、魔界に移動されるのは勘弁してよね」

「あれ? 魔界でした?」


 ゴブリンのネーミング労働者・ナズナはすっとぼけている。

 魔界は人間が住み着いている大陸とは違うのだ。

 ただ、この国・ベニア連邦は東海岸に沿っているから近い方ではある。

 船で航海しても約2~3日はかかる距離を瞬間移動させられ、しかも極寒の寒さだったから、お爺さんのいた場所は内陸なのではとも思う。

 1回だけでも身体への負担が大きいのだから、2回もやれば身体が全然いうことが効かなくてもおかしくない。

 現に、響子は立ち上がろうとしたが、いろんな関節や筋肉が悲鳴をあげて動くなと命令してきた。


「いったぁっ!」


 普通の関節痛でも筋肉痛でもない。

 こんな調子じゃ、なにもできやしないし、食事も掃除も、ましてや店の事だってできやしない。

 

「ナズナ~!!!」


 怒りがこみあげてきたが、今度は内臓とかがズキっと痛んで、へんに身体に力もいれられなかった。


「時空障害ですかね。効く薬がありますので、持ってきやす」

「あるなら――っっつぅ!!!」


 叫ぼうとしてまた激痛に襲われた。

 あるなら早く持ってこい! と怒ろうとしたかった。

 ナズナはささっと姿を消して、直ぐに効果があるという薬を持ってきた。が……。


「はっ!?」


 ウネウネとした幼虫。怒りから殺意へと感情が変わって、物凄い眼光でナズナを睨みつけた。

 もう何日もナズナを見ているから、その気持ち悪い顔は見慣れてしまった。だが、そんなのを持ってこられたら、たまったもんじゃない。


「これが薬です」


 堂々と目の前にビンごと見せてきた。


 コイツ……!!!


 ズキっと全身に痛みが走って、身体を動かせない。

 それどころか、痛みが強過ぎて頭がクラクラとしてきた。怒ると体内からとてつもない痛みがこみあげてしまうし……。


「3匹いきやしょうかね」


 !!?


 感情的になると身体がビリビリと痛む。足から、手から、全身から激痛が走ってしまう。

 だから何も抵抗ができない。

 抵抗しようとすると、死んでしまうくらいの痛みが走る。

 凄く嫌だけど、目を閉じて、硬く口を閉ざす。

 けどナズナは口を開けてと催促してきた。


「響子様、口をあけてください」


 絶対に嫌だ。


「この虫を食べれば直ぐよくなりますよ。今は見た目はアレですけど、(さなぎ)から帰れば、綺麗な蝶々になります。この蝶々はアレクサ・セントヒールですよ。痛いのが直ぐ消えます。それに、美味しいですよ」


 虫を食べて美味しく感じるはずがない。


 ところが、ナズナは響子が弱い脇をくすぐってきた。

 ひゃっ!

 身体中が痛むが口が緩んでしまった。

 その隙に虫をいっきに3匹も入れられて、大絶叫しかけた。


 なのに。

 だけど……。

 虫を食べた感覚がまるでなくて、すーっと口の中で溶けて、まるでスイカのジュースを飲んだような感じだった。

 嫌な食感がするのかと思ったのだが、全然違っていた。

 効果は直ぐに感じて、激しい頭痛もおさまり、身体中の痛みも消えていった。

 まるで夢を見ていたかのように、秒速で回復してしまうのだった。


「うそ……。全然違う……」


 しかも身体が軽く感じて、妙なわだかまりのようなのもなくなっていた。

 

「だから言ったじゃないですか」


 誇らしげにナズナがふふんと鼻をならしてきた。

 さっきまでは殺意や嫌悪感しかなかったし、いつか仕返しをしてやろうかとも一瞬考えた。

 けれど虫3匹食べただけで、数分もせずに地獄から天国へと気分が変わってしまうのだから、今はナズナへの感謝の気持ちがいっぱいだった。

 ドヤ顔になっているのは少し苛立つが、とやかく言う程度のものではないし、咎めることもできない。


「……ありがとう」

「え? いまなにかおっしゃいました?」

「…………ぁりがとぅ」

「えっ? えっ?」


 すっごくわざとらしい。さすがに苛立ちを感じてしまう。

 ナズナにこれまでありがとうと言った事もないから、すごく複雑な気分にもなった。

 少し声を荒げながら「ありがとう!」と言うが、ナズナは逆に怒ってきた。


「ありがとう? 言葉足りませんか?」


 コイツ……!


 完全に図にのったナズナに、ガツンと怒鳴りたい気分になった。

 けれどそんなことをしたら、なにをされるか、なにを言ってくるのかも想像できない。

 なにしろ、ナズナは非常に厄介な相手である。人間ではないのは確かなことだけど、前回言われた謎な発言から、またさらに胸をえぐられることを言われたら、とても立ち直れなくなってしまいそうだ。


「……っ。ありがとう、ございました」

「わかればいいのです。わかれば」

「ぐ……」

「何が言いたいのです?」


 すごくムカムカしたが、我慢だ。我慢……。


 というか。

 それよりも一番に大事な事を思い出した。

 

 師匠はどうなった?


「あっ。師匠はどうなったの?」

「あ!!!」

「あ、って何?」

「2回目の薬を飲ませなきゃいけなかったのです!」

「は!? なにやってんのさ、早くそっちのことやってよ!」


 思い出したナズナがささっと部屋から出ていった。

 響子も、その後に続いて師匠のいる部屋と向かった。


 



 師匠がいる部屋におそるおそる入る。

 2回目の薬を飲ませると言っていたから、よくなっているはずだと考えていた。

 でもそうでなかったらどうしよう? と、こわい思いもしている。

 

 入口に背中を向けてベッドで横たわっている。

 まえ見た時と同じような姿勢だからドキッとした。

 よーく見ると、向こう側でナズナが何かを飲ませていた。きっと、薬なのだろう。


「調子はどうです?」とナズナが師匠に聞く。

「ありがとう。やっと普通でいられるようになったわ」

「それはそれは。あっ。響子様がきましたよ」

「響子?」

「師匠……っ!」


 以前のような元気のない声ではなかった。

 何日かぶりに聞く、師匠の本来の声を聞けて心の底から嬉しくなった。


「良かったです……。本当に、無事になって、本当に良かったですぅ!」


 喜びのあまりに師匠に抱きしめ始めた。

 久しぶりに感じる人肌の温もりと、凛とした表情を見る事ができて、響子はやっと安心できた。

 大げさに喜んでいる弟子をみて、師匠の結衣は少し涙こぼしそうになった。

 熱くなる体温を感じながら、ぽんぽんと優しく頭をなでる。


「もう大丈夫だよ。響子は響子で、大変だったみたいね」

「大変でしたよー! 本当にいろいろあって。ナズナが強力な魔法草を採ってきてとも言うし。店の方もいまできていないし。あぁ、そうだ。やる事いっぱいあったんだった。でもでも。今は師匠とこうやっていられるのが、本当に嬉しいです!」

「もう。でも、本当にありがとう」

「えっへへ」


 それから少し、師匠に頭を撫でられて、逆に響子は師匠の手を強く握りしめた。


「あ、あのぉ。まだ薬を飲み終えていませんよ、師匠様」

「あと、どのくらい?」

「3口ほどでございます」

「響子。薬を飲みたいから、どいてくれない?」

「あっ。すみません。嬉しくて、ついつい」

「師匠は元気そうに見えますけど、まだ、普通に歩けたりできませんからね。ですから響子様は、店を再開できるように準備してください」

「んーー……はぁぁい。レオは全然戻ってこないし……。人手が全然足りないのですが……」


 いつもは響子が店でレジや客の対応をして、それ以外のはほとんど師匠がしていた。

 もう1人の弟子であるレオは、どこかでぷらぷらしていて、1カ月に何回かの頻度でレア素材を持ってきて来る程度だった。

 開店前や閉店後は、菜園や生肉加工所など、響子がアイテム整理をする感じだった。

 朝一番に早い時には、時間があれば師匠と一緒に納品先へアイテムや食品などを届けにいっていた。


「この際だし、人を雇ったらいいんじゃない? 響子ひとりでもできるでしょう?」

「えっ!? 人を雇うだなんて、そんなっ! 恐れ多いですよ!」

「何事も挑戦よ。響子ならできる」

「そ、そこまで、言われたら……」

「しかしですが、店以外を管理しつつ、人を雇う準備などができるか自分には想像もできません、師匠様」

「想像するんじゃないの。やればできる。そう思う事が大事ですよ」

「さすが師匠様。響子様とは全然違いますね」

「なっ! ナズナのくせに生意気な――」

「時間があったら、時間があったらっていつも口癖にしておられますよね?」

「ぐぅっ……!!!」

「ぷっ。あっはははっははっ」


 ナズナと響子のやり取りが面白くて、師匠はひとりおかしく感じて笑い出した。

 ふてくされた響子は頬を膨らませてカッとなっている。

 反対側にいる労働者のナズナは言ってやったぜ! みたいな表情でドヤ顔をしている。

 そんな1人と1匹の労働者が、結衣にとっては非常に頼れる存在でもあった。


 大丈夫。

 響子とナズナなら。と。

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