平井アガペー
僕は入社して三年目の三月のある日、白い鳩を自分の部屋で見た。休日の昼間に窓を空けて煙草を吸っていると突然白い鳩がどこからともなくやってきて、僕に僕の死を告げた。鳩の足には小さな手紙が付いていて、それを鳩の足から取って読んでみると、平井さんからの手紙だった。
平井さんは伝書鳩を飼っているのか~と感心しながら、手紙を読んでみたのだけども、そこには何も書かれていなかった。ただ最後に平井と名前が書いてあるだけだった。その手紙は白い紙に書かれたものでとてもシンプルなものだった。
僕はあのパワハラキャラの平井さんが、僕に手紙を書いてくるなんてことは一度も想像したことがなかったのだけども、きっと僕と一緒で疲れているんだと思って、その手紙をデスクの一番上の引き出しに入れて保存し、平井さんに手紙を書いてみることにした。
前略 平井さんお元気ですか?僕はそろそろいまの仕事を卒業して、新しい仕事をしようかと考えています。やっぱり平井さんが作ってくれた様なパステルピンクの曲みたいな仕事がしたいんです。
平井さんは何故あのような曲が作れたのですか?平井さんは平松さんと付き合っていたのに何であんな曲が作れたのか、いまだに不思議でなりません。僕にはきっと平井さんのことがよく分かっていないのでしょうね。
平井さん、僕は少し旅に出ようかと思います。旅から帰ってきたら、どこかでお茶でもしましょう。失敬。
三月三日ひな祭りの日 陸より
僕は平井さんにとても落ち着いた気持ちで手紙を書くと、僕はそのまま布団の中で眠ってしまった。
次の日起きると、僕はもう僕ではなくなっていたような気がした。僕の中に平井さんが居た。増岡は僕の中からもう消えていた。会社に行くとやっぱり増岡は居た。しかし、増岡はもう僕の中で消えてしまったので、増岡は増岡ではなかった。
僕は有給休暇をとって、一人旅に出た。するとそこで出会った宿の主にこう言われた。
「お客さん…、あの…御聞きにくいことを申し上げますが、一度どこかでお会いしたことありますよね?」
僕はその主の顔を見てみた。
「あれ?どこかでお会いしましたっけ?」
「…えぇ。どこかで会ったような…。あっ!昔、○○の居酒屋でバイトされてませんでした?私よく通ってたから分かるんです。」
僕は目の前の主が何を言っているのかがよく分からなかった。
「…たぶん、人違いだと思いますよ。似たような顔の人は世の中に一杯いる者ですよwwあはははは…。」
僕はそのなんとかの居酒屋の存在すらしらなかったので、やっぱり人違いだろうと思った。
宿を出て、ビーチに出て日光浴をしてたら、黒人の御兄さんと御姉さんが声を掛けてきた。何を言っているのかよく分からなかったので、ニコニコしておいた。すると、日本人の男性がまた話しかけてきた。
「郷田さん!お久しぶりですね。」
郷田?僕のこと言ってるの?
「僕は郷田ではないですよ。」
「あれ?郷田さんですよね??…間違えました。」
僕が郷田さんに見えたらしい。今日はずいぶんといろんな人に声を掛けられるなぁと思った。
宿に帰ってから足の泥を落として、自室に戻る途中におばさんに出会った。
「あらぁ御兄さん、あなたうちの息子に似ているわ。」
「…こ、こ、こんばんわ。はじめまして。」
「息子は東京に行ったまま帰ってこないの。だから、余計に…。」
おかしいな、なんかおかしいな…僕はそんなにいろんな人に似ているのだろうか。このような不思議な出来事がこの旅の間だけに限って何度も何度も起きた。
僕は怖くなって布団にもぐって眠った。グー。




