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3話 事前連絡

「偉大なる始帝様、そして皇帝陛下に感謝の祈りを捧げ今日も眠りの世界へと旅立ちます――」


 就寝時間。

 この言葉を強制的に喋らされてから、眠りにつく事を許される。


 管理員もその言葉を確認してから、部屋の前から立ち去る。


「やれやれ……」


 両手両足を広げるのがやっとの、狭い個室。

 更生施設などという名の刑務所のような場所である以上、贅沢は言えないもののやはりこんな部屋はごめんだ。

 一日でも早く外の世界に出てやる。


「何が始帝だ。皇帝だ。見た事もない奴に何を祈る必要があるっていうんだ」


 吐き捨てるように言う。

 この国の初代皇帝であり始帝と呼ばれる人物、そして現在の皇帝に対する祈りの言葉は、食事前、食後、就寝前、起床時には唱えさせられる事になる。


 管理員らの、ありがたーい解釈によりこの世界の歴史は大まかには知らされている。


 この世界は、かつて神々に統治を任されていた王を頂点に抱く王国が点在していた時代があったらしい。


 だが、今から100年ほど前。

 異界軍――そう呼ばれる軍勢に世界中の王国は蹂躙される事になる。管理員達の話を信じるとするのであれば、異界軍の指導者といえる人達は俺と同郷である元の世界の人々――らしい。


 なぜ、彼らがこの世界で暴れまわったのか、その理由は分からない。


 だが実際問題、ひどい状態だったらしい。

 彼らは、国からの独立を宣言すると力づくでその国の王や貴族を虐殺し、国から追放して民主政治を導入しようとした。しかし、政治に関する知識など皆無であるこの世界の庶民達だ。うまくいくはずがない。

 たちまちのうちに、国は乱れた。


 だが、異界の指導者達はその責を認めようとしなかった。その元凶を、この大陸中に存在する他の国々の陰謀であると攻め立て――侵攻を始めた。

 異界の指導者達は膨大な魔力と力を有するものが多く、大陸中の王国は次々と破れ、その名が消えていった。

 そして、大陸の半数以上が異界軍によって支配されるようになる。大陸中が異界軍に支配されるのも時間の問題と思われた。


 そんな中、突如として現れたのが初代皇帝――アルスターだった。


 とある小国の皇太子だったアルスターは、異界軍の非を糾弾し、宣戦を布告。帝国の建国と、異界軍への敵対の意思を示した。

 これが今の大陸を統治する大陸帝国と、帝国に根付く反異人思考のはじまりだった。


 当然、異界軍は討伐軍を送り込む。

 だが、それを悉く返り討ちにしていったアルスター皇帝は、ついに異界軍に支配されている領地へと逆侵攻をする。

 大陸大戦と呼ばれるようになる、大戦の始まりだった。

 激しい戦いは、13年にも渡って行われた


 最終的に、異界軍は壊滅。

 異界軍を指導していた異界人達も死亡した。


 この瞬間、大陸全域の新たな支配者がアルスター皇帝へと代わり、新たな時代へと突入した――はずだった。


 だが、どういうわけか異界――要するに俺達の元いた世界――から召喚される者は後をその後も出続けた。

 もはや、異界の人間に憎悪に近い感情を抱いているこの世界の住民は召喚された人間を見かけるたびに虐殺に走るようになる。


 元の世界で言う魔女狩りにも近い有様になった世界を嘆いたアルスター皇帝が導入したのが、この「異人更生施設」だった。

 異人を見つけたら、すぐに殺すのではなくこの更生施設に入れて邪な考え――要するに元の世界の常識や思想など――を捨て、この世界で生きる決心をするのであれば準市民権を与えようというお慈悲だった。


 それが、ここの更生施設の始まり――らしい。


「だからといって、納得はできないけど」


 つぶやく。


 おそらくは、同胞と思われる先人達がどれほどこの世界の住民に迷惑をかけたのか分からない。

 だが、だからといって今俺達が被っている理不尽を受け入れろと言われても納得できるはずがなかった。


『あーあー、聞こえてる、聞こえてる――?』


 脳内に声が再び響いた。


 あの声、か。


『聞こえている』


 昼間と同じように返す。

 それに対して、喜びに混じった声が返ってくる。


『良かった! あ、後これは今は君にだけ聞こえるように設定してあるんだけど、周りに人っている?』


『今はいないが』


『良かった。まあ今、キミ達の就寝時間は一応、調べておいたんだけどさ』


『だから、安心できる時間帯にこの念話――でいいのか、をしたと?』


『そういう事。あ、でもたまに管理員の見回りがあるからその時は気をつけてね』


『……分かった』


 とりあえず、この女(?)の会話を続けて聞いて見る事にした。


『そういえば、魔力を持っている者だけにこの念話は聞こえるっていっていたよな。じゃあ、この会話を管理員は聞く事ができないのか?』


『お、なかなか目の付け所のいい子だね。感心感心』


『おだてても何もやらんぞ。そもそも、何も持っていない』


『そんなの期待していないよ。それで、とりあえずは今の質問に答えておくね』


 相手は続ける。


『まず、魔力には人それぞれに独自の波長みたいなものがあってね、調べれば誰がどんな魔力を持っているのかってのは分かっちゃうんだよ。で、ここの管理員の記録は全て調べておいたんだ。それで、昼間はどの波長にも合わないようにこの辺り一帯に念話を飛ばしてみたんだ』


『それで、答えたのが俺達だったって事か』


『そういう事。それで、反応があったキミ達の波長も記録したから、今度は個別に念話を送っているんだ。あ、ちなみにキミで2人目ね』


『確か、全部で6人いるんだったな』


『そ、後4人もいるから大変なんだー』


『分かった。早く本題に入る』


『話が早くて助かるよ。それで、キミの答えは脱獄に賛成って事でいいんだね』


『ああ。こんな暮らしはもう一分一秒でもごめんだ』


『うん。分かった。じゃあ、出よう』


「ずいぶん簡単に言ってくれるな……」


 念話ではなく、思わず口に出して呟いてしまった。

 だが、それでもこちらの気持ちは伝わったようで、


『うん。簡単に言うなー、とか思ってるよね』


『……ああ』


 確かにそうは思った。

 それができるのならば、とっくに脱獄している。


『まあ、一応話ぐらいは聞いてよ』


 こちらが答えを出すよりも早く、相手が次の言葉を送って来た。


『とりあえず、私が騒ぎを起こす手筈になっているから』


『騒ぎ?』


『うん、その隙にキミ達を脱獄させる』


『その隙にって言ったってそう簡単じゃないだろう』


『そうだね。だから聞いて。一旦、管理員達はいったんキミ達を別の場所に避難させようとするはずだよ。その途中で逃げて』


『逃げるといっても――』


『途中で、橋を渡る場所があると思うから。そこで水の中に飛び込めばいい』


 どこで、と言おうとするのを遮られた。


『橋? そもそも水の中ってどういう事だよ』


『あー、そこからだったか。えーとね、キミ達のいる異人更生所っていうのは湖の上に浮かぶようにあるんだよ。知らなかった?』


『知らない、アンタの説明で初めて知った』


『まあ、管理員達がそういう事もらすはずないか』


 あはは、と苦笑する様子が伝わってくる。


『とにかく、水の中に飛び込んでくれればこっちで回収できるから』


『水の中、ねえ。どうやって?』


『海竜―—この世界の海で活動するドラゴンがいる。その子が、キミ達を迎えてくれる手筈になっているんだ』


 ドラゴン、か。

 こんな収容施設にいると分からないが改めて聞くと、ここがファンタジーな異世界だという事がよく分かる。


『分かった。じゃあ、その手筈でいこう』


『……』


『どうした?』


『い、いや、ここで普通は「本当に大丈夫なのか?」と聞くべきじゃないの?』


『聞いて欲しいのか?』


『別に。でも、変わってるね。キミ。案外、胆が据わっている』


『そうか? このまま待っていても、何も変わらないだろ。だったら、危険を冒してでも外に出るべきだ』


『そもそも、自分で言っておいて何だけど、私の事信用できるの? 実際、さっき話した相手は何度も念入りに私の事聞いてきたよ』


『ああ、まあアンタが信用できる相手かどうかなんて、こんな会話だけじゃわからないし。ていうか、ぶっちゃけ完全に信用しているわけじゃない。あんたの話には半信半疑だし、仮に本当だとしてもアンタの計画通りに脱獄できる確率だってせいぜいが50%ぐらいだと思っている』


『なら、どうして?』


『このまま待っていても、あのいけ好かない管理員どもに飼われ続けるだけだろ? なら、外に出れる50パーセントの方に俺はかけたい』


『……』


 一瞬、沈黙した後、相手は続ける。


『うん、いいね。おもしろいよキミ!』


『そりゃどうも』


『よしよし! キミは、このお姉さんが必ず脱獄させてあげるからねっ!』


『――灰野大(はいのゆたか)


『え?』


『名前だよ、名前。いつまでもキミ呼ばわりじゃあ、何かとアレだろ』


『それもそっか。あ、じゃあ私も名前を返すのが礼儀かな』


『ヤマダハナコじゃなかったのか?』


『あー、そういえばちゃんと名乗っていたね』


 あはは、とハナコは笑う。

 その口ぶりからして、もしかしたらこの名前も偽名なのかもしれない。

 まあ、彼女の本名が何であれどうでも良い事かもしれないが。


『それじゃ、ユタカ君。決行は明日の3時頃。騒ぎが起きれば、管理員が勝手に起こしてくれると思うから。 ――その時に』


『ああ、その時に――必ず会おう』

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