17話 聖獣
先ほど倒した騎士達の持ち物を調べたところ、騎士としての携帯食料に幾らかの金銭。それに身分証明書が入っていた。
『黒』の帝国に所属する騎士である事の証明書であり、少なくとも『黒』の帝国領内である事は分かった。
どうやら、国境線を超えてはいないようだ。
これなら、思ったより苦労する事なく元の場所に戻れるかもしれない。
先ほどから視線を合わせようとしないサラを後目に、歩き出す。
どこか怯えたような様子のサラだったが、おずおずとした様子で俺の後を歩き始めた。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……」
青ざめた様子で、口数も少なくなっている。
まあ、いいか。
とにかく、明らかに人の手でつくられたと思われる街道を見つけて安心する。警邏の騎士に、移動手段らしいものはなかった。
つまり、少なくとも歩いて行ける距離に町などがあるのだろう。
脱獄犯だとバレたら面倒な事になる。
何とかして町に入る手段を考える必要があるかもしれない。
どうするか。
「……」
こちらもどうするか。
先ほどから、サラとの会話が弾まない。
こちらから話しかけても最低限の言葉が返されるだけだ。
どうしたものか、と考えていると。
「だ、誰かっ、助け、ぎゃああっっ!!」
妙に甲高い声が聞こえた。
「! あそこか!」
街道から少し外れたところに、黒い狼――のような獣数匹が集まっているのが見える。
どうやら、この狼達に囲まれている小柄な影――遠いうえ狼に囲まれていてよく見えない――からの悲鳴のようだ。
「襲われているのか?」
「そ、そうみたいですね」
少し怯えた様子ながらも、サラが答える。
やっぱり少し距離をとられている? ように見える。
まあ、今は気にするべきなのはこちらではなく。
「助けるか」
「え……?」
なぜ驚く。
ここで見捨てるような非情な人間に見られていたのだろうか。
「本当に助けるんですか?」
「だからそう言っているだろう」
疑問符を投げかけるサラを後目に、背後から『爆破』の魔法を使う。
見事に命中。
一匹の狼(?)と思しき獣が悲鳴を開けてのたうちまわった。
黒い狼達はこちらに気づいたようだ。「ぐるる……」と威嚇するように、一瞬だけこちらに視線をうつすが。
すぐに散開するように、立ち去ってしまった。
『爆破』を受け、既に瀕死の状態の仲間を置き去りにして。
「なんだあっけないな」
もっと苦戦するかと思ったのに。
「こいつらは、それなりに知能が高い獣じゃからな。お主のように力量差がある相手とは無理に戦おうとはせんのじゃ」
誰――と思ったが、ここには俺以外には側で怯えている様子のサラと、もう一人しかいない。
それは、先ほどまで襲われていた相手。
「いやー、助かった助かったわい。危ないところだった」
「……」
やれやれ、とその小柄な影は高い声で安堵の声を漏らす。
その影の正体を見て、驚きに目を見開く。
――なぜなら、
「よくある美少女ヒロインとかを助けるとかいうお決まりのパターンじゃないんだな」
「ひろいん、というのはよくわからんが、妙な想像をされているのは伝わったぞ、青年」
――助けた相手は、犬だった。
「魔法なんかがある世界だからもしかしたらと思っていたけど、本当に喋る犬なんているんだな」
かわいらしい外見の白い小型犬が、かわいらしい声で喋っている。
「何じゃ、お主は世界から寵愛を受けし聖獣を知らんのか」
「知らん」
「世界から愛され智慧を与えられた存在、それが儂ら聖獣じゃぞ。こんな事、子供でも知っている事ではないか」
「悪いな、初めて知った」
「これだから最近の若い者は……。勉強不足にも程がある。嘆かわしいわ」
古めかしい喋り方とは裏腹に、声はやけに高い。
かわいらしい外見も組み合わさり、妙なギャップがある。
「それとも」
……不意に、声のトーンが起きた。
「知らない事情があるのか」
例えば――と続ける。
「異界出身の異人、とかな」
「……だったら?」
その言葉にぴくり、とサラが震える。
それを後目に、犬の目を見つめて問い返す。
異人嫌い――それは、この世界に浸透した考えだ。
もしかしたら、この犬ですら例外ではないのかもしれない。
だが、相手の返答は違った。
「別段、どうとも。儂も世界からの爪弾き者なんでな。異人だろうが何ろうが気にせんわい」
「さっき、世界から愛されし聖獣とか言ってなかったか?」
「言ったな」
「なのに爪弾き者?」
「うむ。聖獣という括りでいえば確かにそうじゃ。しかし、儂は主人に捨てられた哀れな野良犬じゃ」
野良犬と自嘲するわりには、堂々とした態度だ。
よほど図太い精神の持ち主なのだろうか。
まるで悲観した様子がない。
「それで、この野良犬もこの際、飼い犬になろうと思ってな」
「はあ?」
何を言い出すのだろうか、こいつは。
「お前達に同行させてくれ」
「……はあ?」
もう一度呟く。
「見たところお主ら二人、明らかに、旅をしているような恰好ではないし、この世界に来たばかりの異人というわけでもないようじゃ。何かわけありなのじゃろ?」
「……」
「そんな二人に忠犬の共はどうかと思ってな」
「出会ってすぐの相手についていくような、野良犬を忠犬とは言わないと思うけど」
そんな皮肉をまるで気にしないように笑顔(?)と思しき表情に犬はなる。
「まあ、そう言うな。儂は意外と役に立つぞ」
「しかしな」
そんな事をすれば、余計な荷物ひとつ抱える事になる。
どうやって断ろうかと考えていた時、
「あ、あの……」
ここで初めてサラが口を挟んだ。
「何かな」
俺に代わって勝手にこの犬が答えた。
「つ、連れていってあげません? ここに置き去りじゃかわいそうですし……」
「おお、話の分かるお嬢さんではないか」
そういうや即、サラの手元に跳んだ。
「うわっ」などと言いながらも、サラは両手で犬を抱える。
「儂はジュネル。よろしくな」
「は、はいっ」
「勝手に決めるなよ……まあ、いいけどな」
犬一匹ついてこられたところで、邪魔にはならないだろう。持ち運べるようなサイズだし、聖獣というには何か特技の一つもあるかもしれない。
多少は役に立つだろう。
それに先ほどからサラの口数が妙に少なくて気まずかった。
この犬が何か話を弾ませる切っ掛けになれば良いか。
そう思いながら、先を急ぐ事にした。