16話 移動
今回は主人公以外の視点です。
サラが目を覚まして最初に目が入ったのは、まだ高く昇っている太陽だった。
「気がついたか?」
ふと、顔をそらす。
そこにいるのは、年上の青年・灰野大――ユタカだった。
「あ、ユタカ、さん……」
まだ頭が重い。
何だかクラクラする。
サラは、ジェットコースターにでも乗ったかのような感覚だ。
一体何をしてこんな気持ちになっていたのだろうと思い――思い出した。
「――っ! そっか、確か魔法の暴走で」
「そう。転移魔法とやらの練習でここまで飛ばされたんだよ」
そう言いながら、ユタカは辺りを見渡している。
「あー、巻き込んでしまったみたいで悪かったな」
「い、いえ。良いですよ。あれは事故みたいなものだと思いますし」
「そうか」
こりこりと、小さく耳元をかいてから続ける。
「じゃ、この話はこの辺にして――」
と続ける。
「さっきからこの辺りを『探査』の魔法で探っているんだけど」
さっそく覚えたばかりの魔法を使っているらしい。
(……案外したたかな人だな)
脱獄した時もそうだったが、この人はずいぶんと図太いようだ。
まるで自覚はないようだが。
「何か、一人反応がある。こっちに近づいてきているみたいだけど」
「だ、誰ですか?」
「分からん。第一、この『探査』じゃあ、誰か人がいる程度の事しか分からないからな。あのハナコなら別かもしれんが」
「あ、もしかして皆さんが助けに来てくれたんじゃあ」
サラは思わず希望を口にしてしまう。
だが、ユタカの表情は変わらなかった。
「だといいけど――。あ、もう目視でも見える距離だけど、違うみたいだな」
そして、
「た、大変じゃないですかっ」
あの人達じゃないのなら、この世界の人間しかありえない。
そして、この世界の人間は自分達異人を蛇蝎の如く嫌っている。
「一直線にこちらに来る。多分、逃げても無駄だな。もしかしたら、向こうも『探査』の魔法でも使えるのかもしれない」
「あ、あのもしかしてハナコさんが使いを出してくれたんじゃ……」
つい希望に縋るような事を口にするが、ユタカの表情は変わらなかった。
「だといいけど」
そう答えるのとほぼ同時に、もの凄い勢いで何かがこちらに来るのがハナコにも分かった。
キキーッ、とブレーキをかけるかのように、それはサラ達の前で止まった。
それは、竜騎士――という言葉が相応しい騎士甲冑の男だった。
竜に跨り、こちらを怪訝そうに眺めている。
「貴様ら。ここで何をしている」
その騎士は、怪訝そうに訊ねた。
この言葉と態度により、これがハナコやレミーの使いというわずかな可能性も消滅した。
「……魔法の訓練ですよ」
「訓練だと?」
サラがつい答えた言葉に相手の眉間に刻まれたしわが濃くなる。
目つきも鋭くなった。
「だとしたら、誰の許可を得ている。そもそも届け出はしてあるのか」
届け出、と言われても困る。
そもそも、そんなものが必要だという事すら知らなかった。
困惑するサラに代わってユタカが答えた。
「ああ、それは失礼しました。我々はイツキ伯爵に仕えるのものです」
「何?」
相手の表情に少し変わった。
「転移魔法の訓練をしていたら、つい暴走してしまってここにたどり着いてしまったようです。すぐにでも立ち去りますので何卒、ご容赦を」
「そ、その通りですっ」
追随するようにサラも言うが、相手の騎士の表情は変わらなかった。
「そうはいかんなぁ」
しゅた、と竜から騎士は降りる。
だが、相手の騎士はこちらの怯えた様子から何かあるのを察したのか、舌なめずりでもするかのような視線を向ける。
(え……何、何なの!?)
そして、距離を縮められる。
「お前ら――特にそっちの小娘は妙に言動が怪しい。何か隠し事でもしているんじゃあ、ないのかぁ」
「――っ!」
その言葉に、ついドキリとしてしまう。
怯えているのが分かってしまったのだろうか。
しかし、演技など器用なまでは自分にはできそうにない。
「図星か。これは、少しばかり取り調べをしてやらんとなぁ」
下卑た表情になると、サラの肩に手が置かれた。
「ひっ……」
「見たところ、何か訳ありのようだしな。このまま街で調べられたらただじゃあ、すまないんじゃないのかぁ?」
「……」
ユタカはすぐに反論しない。
「もしや、オルレアン王国からの亡命者か? だとしたら納得だな。あの国は今、色々と大変な事になっているようだからなあ」
何やら誤解をしているようだ。
だが、隠し事があるのは事実だし、取り調べられて困るのも事実だ。
このまま大人しく騎士に捕まってしまってはとんでもない事になるかもしれない。
「まあ、来てもらおうか。抵抗するようなら多少乱暴したところで問題はないだろうしなぁ」
ぐひひ、と騎士は下品な笑い方をする。
「あ……」
気がつけば、体を持ち上げられていた。
いかに相手が成人男性であり、こちらが体重の軽い少女だといってもありえないぐらい軽々と持ち上げられている。
もしかしたら、純粋な身体能力そのものが違うのか。
あるいは、魔法か何かで腕力を強化しているのか。
だが、そんな疑問よりも恐怖が強かった。
(怖い……)
恐怖。
それは、これまでの人生でも最大といえるほどのものだった。
現代日本では、「法律」という盾が常に自分を守ってくれていた。例え、治安の悪い都市でも少なくとも法律は自分の味方であり、抑止だった。
自分を不当に害するような事があれば、少なくとも法律は味方してくれた。
しかし、この世界ではむしろ敵だ。
異人というだけで、自分達は犯罪者のような扱いを受けてしまう。
(何とかしなきゃ……)
先ほど教わったばかりの魔法を使おうともがいてみる。
だが、相手はまるで動じない。
がっちりと自分をつかんだ腕は固定されているようだ。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ――っ)
このまま捕まっては、何をされるか分からない。
あの更生施設に戻される?
それは絶対に嫌だ。
いや、更生施設から一度でも脱獄したものは処分されると言っていた。
それ以前に、この傭兵まがいの恰好をした男は自分をまっとうな形で突き出すのか。
良からぬ事でもしてから突き出す気ではないのか?
今の好色そうな顔を見れば、とてつもなく嫌な予感しかしない。
(やめて、誰か助けて――)
だが、
「あ……っ?」
何が起きたのか分からない。
そんな表情のまま、男の体が固まった。
「――痛っ!」
急に手が離され、強く尻を地面にぶつけてしまう。
「いったい何が……」
ごほごほとせき込みながら、目の前の男を見る。
前の男は、視界を何かでふさがれたかのように慌てている。
「く、くそ――っ」
そして、サラは思い至る。
これは、今日教えてもらったばかりの魔法――『暗闇』だったか、目潰しとして使えるといっていた気がする。
そして、これを使えるのは――、
「ユタカさん!?」
「なるほど……」
ぼそり、と呟くようにユタカが言った。
その言葉は冷静であり、どうという事もないといった様子だった。
「ゆ、ユタカさん……?」
サラは、騎士とユタカを交互に見る。
そんなサラなど視界に入っていないようにユタカは――。
「単純な魔法、とは言っていたが不意をつけば簡単にやれるんだな」
――グシャッ!
肉が破裂するような嫌な音が響く。
確か、今使ったのは『爆破』の魔法だったと思う。
騎士の体から、見たくないようなものがサラの目の前に飛び散る。
「な、な、何を……」
「いや、だって確実にとどめをさしておかないと危ないじゃないか。生きていたら、どうするんだ」
「こ、この人を気絶でもさせて、まま放置すればいいじゃないですかっ」
「正気? 生きていたらコイツは俺達の事を報告するよ。そうすれば、あのオンボロ屋敷の事までかぎつけるかもしれない。そうなったらどうするんだ?」
「そ、それは……」
「なら、確実にとどめを刺すべきだろう? 違うか」
さも当然、と言わんばかりの表情だ。
「……」
命を助けてもらった感謝の念など、今の一瞬で消え去った。
いや、確かに助けてくれた事に感謝している。
だが、その後のあまりにも――現代人として――常軌の逸した光景に唖然としたのだ。
(この人は……怖い)
思わずそう思った。
この人は、この世界に恐ろしいほどに適応している。
元々そうだったのか。あるいは、この世界で目覚めていなかったものにでも開花してしまったのか。
いずれにせよ、この人はサラの知る「常識」という言葉からかけ離れた人間である事に疑いの余地はなかった。
「何ボーッとしているんだ、行くぞ」
その言葉にサラは、すぐに応じる事はできなかった。




