19.蝶の語る幻想
さぁさぁお立会いお立会い。
羽揺れる記憶の中、君と私が会えた事を感謝しよう。
如何にも、ここは過去の記憶にして記録。彼が望んでも決して見る事の出来ない、封印された、いや、繋がりを絶たれた記憶の奥底だ。
彼とはもちろん、狂気地獄に囚われた魔人、国定錬仁の事だ。
知っての通り、彼は今代に置いて異論は色々とあるにしろ、多くの他者に認められる最強の魔人だろう。
魔人とは自ら願い、そのために力を得たのに、その目的を忘れた悲しい生き物だ。彼ら魔人の殆どには前世との記憶の関連が作り出せず、幾度と無く自己消滅と自己転生を繰り返す。
そんな彼らの内の一人、国定錬仁と呼ばれるもの前世を魔術で覗いてみようと言うのが今回の趣向だ。
彼自身の身体に刻まれた記憶と世界に遺された記録、それらを総括して、真の物語を作り出す。
今までの君たちの物語を覚えている者ならこの物語は大きな意味を持つだろうが、そうでないならまだまだ早い。
君たちの物語に戻ってきっちり体験し直すんだ。
さて、体験を経た者なら、
赤き武者、山獣の王者、相撲の達人、童子切り安綱、
これらのキーワードから既に彼が誰かと言う答えの出ている者もいるだろうが、ところがどっこい、真実にはまだまだほとほと遠い。
さて、今回は君たちの【本当の敵の正体】も劇中で堂々と明かす気前の良さだ。
人と物語の交錯の中で、真実は何ものにも耐え難く重要で、同時に瑣末な事。
蓋を開ければ、意外にどうと言う事でも無いほど、呆気ないものかもしれない。
まぁ、それを決めるのは君自身だが……。
答えを得るまでは少し時間が掛かるだろう。
何せ人一人分の人生だ。それは例え四十年に満たなくとも長く感じるはずだ。
長らく待たせたが、真実の物語を始めよう。
時代は遡る事、約千年。
人と神が隔てつつ、同じ領域に生きていた数少ない時代で、同時にそこから徐々に双方が離れていった不可思議な時代だ。
物語の起点は足柄山と呼ばれる、箱根付近の古い森林が鬱蒼と茂る山奥より始まる――
【八寒地獄】
頞部陀地獄:
八寒地獄の第一層。生前争いが好きだったものや、反乱で死んだものもここに落ちるといわれている。寒さのあまり鳥肌が立ち、身体にあばたを生じる。
刺部陀地獄:
八寒地獄の第二層。殺生のうえに偸盗を行った者がこの地獄に堕ちると説かれている。鳥肌が潰れ、全身にあかぎれが生じる。
頞听陀地獄
八寒地獄の第三層。殺生、偸盗に加えて淫らな行いを繰り返した者が落ちる。寒さによって「あたた」という悲鳴を生じるのが、名前の由来。
臛臛婆地獄:
八寒地獄の第四層。殺生・盗み・邪淫・飲酒。ただ酒を飲んだり売買するのみならず、酒に毒を入れて人殺しをしたり、他人に酒を飲ませて悪事を働くように仕向けたり、などということも条件になる。寒さのあまり「ははば」という悲鳴を上げる。
虎々婆地獄:
八寒地獄の第五層。殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語を重ねたものが落ちる。「ふふば」という悲鳴を上げる。
青蓮地獄
八寒地獄の第六層。殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語・邪見を行ったものが落ちる。邪見とは仏法の教えとは相容れない考えを説き、また実践すること。全身が凍傷のためにひび割れ、青い蓮のようにめくれ上がる事からそう呼ばれる。
紅蓮地獄
八寒地獄の第七層。殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語・邪見・犯持戒人(尼僧・童女などへの強姦)が落ちる。ここに落ちた者は酷い寒さにより皮膚が裂けて流血し、紅色の蓮の花に似るという。
大紅蓮地獄:
八寒地獄の第八層。殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語・邪見・犯持戒人、父母殺害・阿羅漢(聖者)殺害を行ったものが落ちる。ここに落ちた者は、紅蓮地獄を超える寒さにより体が折れ裂けて流血し、紅色の蓮の花に似るという。