序章 最高かつ最悪の目覚め
朝の光が、容赦なく俺の目に突き刺さる。ガンガンと頭を殴るような二日酔いの鈍痛。最悪の目覚めだ。俺は佐藤蓮、大学二年生。昨日飲みすぎた自覚は、泥のように重い身体が嫌というほど証明している。「う……ん……」隣から、小さくて甘ったるい吐息が聞こえた。一瞬で、思考がフリーズする。俺の一人暮らしのワンルーム。セミダブルのベッド。いつもなら、ここにいるのは地雷系ファッションを愛する最愛の彼女・黒崎ミカのはずだ。だけど、今、俺の腕枕の中で すやすやと眠っているのは。「……うそ、だろ……」真っ白なシーツから覗く、華奢な肩。ベッドの脇に脱ぎ散らかされた、レースとフリルがこれでもかとあしらわれたピンクのロリータ服。ミカじゃない。絶対に違う。そこにいたのは、白鳥姫華。俺の親友である大輝の元カノであり、俺たちと同じ大学・同じ学科の同級生。そして何より俺の彼女であるミカの、大事な友達だった。しかも、ご丁寧に二人とも一糸まとわぬ姿だ。掛け布団の隙間から見える姫華の肌は白く、昨夜の熱を帯びた記憶を、脳裏に生々しく呼び覚ましてくる。「しまった……。終わった。完全にやらかした……!」頭を抱え、声にならない絶望の声をあげる。こういうシチュエーションの定番なら「昨夜の記憶がない!」とパニックになるところだろう。だが、神様はどこまでも俺に意地悪だった。
記憶が、めちゃくちゃ鮮明にあるのだ。きっかけは昨日の夜、姫華から「大輝に振られた。辛いから話を聞いてほしい」と泣き出しそうな声で飲みに呼び出されたことだった。同じ学科の親友である大輝が、姫華を振った。その事実に驚きつつも、傷ついた姫華の愚痴を聞きながら二人でグラスを重ねた。「蓮くん、まだ飲み足りないなぁ……」上目遣いで、寂しそうにフリルの袖を引っぱる姫華。大輝と付き合っていた頃から、お人形さんみたいで可愛い奴だとは思っていた。大輝への未練と愚痴を健気に、少し寂しそうに話す姫華を見ているうちに、俺の頭の中に、どす黒くて軽い、最悪のノリが芽生えてしまったのだ。大輝が振ったんだから、もうあいつらは完全に終わってる。俺、ちゃんとした彼女いるけど……まぁ、ミカにも大輝にも、バレなきゃいけるんじゃね?「二次会、俺の家で仕切り直そうよ」そんな軽い気持ちで、下心丸出しで、自分のアパートに誘ってしまった。姫華も拒まなかった。それどころか、部屋に入って缶チューハイを開けてからは、坂道を転が落ちるようだった。「大輝より、蓮くんの方がずっと優しいね……」潤んだ瞳で見つめられ、引き寄せ、そのまま。最後まで、一瞬の戸惑いもなく、俺たちは一線を越えた。酒の勢いなんて言い訳にできないほど、俺は自分の意志で、親友の元カノであり、彼女の友達でもある姫華の身体を貪ったのだ。「はは……どうすんだよ、これ……」ベッドからそっと抜け出し、床に座り込んで頭をかきむしる。俺には、ちゃんとした彼女がいる。ちょっと(いや、かなり)束縛が強くてメンヘラ気味だけど、俺を狂おしいほど愛してくれている地雷系の彼女、黒崎ミカが。もし、ミカに「友達の姫華と浮気した」なんてことがバレたら? 間違いなく、俺の人生は社会的に、あるいは肉体的に抹殺される。さらに、大輝にバレたら?いくら自分が振った元カノとはいえ、次の日に同じ学科の親友が手を出したと知ればどう思うか。明日からの大学の講義だってまともに受けられない。唯一の本音を話せる親友を、俺は確実に失うことになる。
「ん……れん、くん……? おはよぉ……」ベッドの上のロリータ人形。姫華が、ゆっくりと目を覚まし、シーツを胸元まで引き上げながら、世界で一番無邪気な笑顔を俺に向けた。ここから、俺の人生最悪の、そして絶対に負けられない隠蔽工作が始まった。時計の針は、どの時代でも右側へ秒針を進める。




