幸せのあり方
「最近、仕事はどう?」
亮介がそんな事を聞いてくるなんて、めずらしい。
「うん。4月は忙しかったけど、今は小康状態かな。もう3年目に入るから、仕事の流れはつかめてるし、だいぶ楽になったよ」
「そうか。舞子が家を買うって言った時は、何バカな事を言ってんだって思ったけど、本当に買うんだから驚いたよ」
「ふふっ。すごいでしょう?」
舞子は家を買った。
その言い方はおかしいかもしれない。
支払いの大部分は、亮介の給与が担っている。
もちろん、家も二人で決めた。
あれから、舞子はファイナンシャルプランナーと協議を重ね、現実的な数字をたたき出してもらった。 そして、亮介に何度も説得を試みた。
最初は、本気にされず、呆れられ、仕舞いには怒り始めた。
当然と言えば当然だろう。
マンションを買う時にもローンを組んだ。
それが残っているのに、新しい家なんて誰が考えるだろう。
初めは、舞子も無理だと思った。
でも、1つ1つ紐解いてクリアにしていけば、何とかなるものだ。
舞子がフルタイムで働くことと、マンションを貸すことができればどうにかなる金額だった。
ファイナンシャルプランナーから亮介へ説明もしてもらった。
亮介も次第に舞子の本気度を理解し始めた。
だが、舞子のフルタイム勤務もあまりよくは思っていなかった。
子供たちがさみしい思いをするのではないかと。
そこで、最終的に、蓮が幼稚園を卒園してから働き始めることにした。
そして、蓮の学校生活と舞子の仕事がうまく回るようだったら、それから家を買う準備に入るということにした。
舞子はそれから、簿記の勉強を必死に始めた。
亮介は、資格を取っても何の役にも立たないと言ったが、履歴書に書く項目は多ければ多いほどいいではないか。
舞子の日常は一変した。
単調だった毎日が忙しいながらも充実した毎日となった。
そして、蓮の卒園後、地元の税理士事務所で働くことが決まった。
実務経験がないのに雇ってもらえたのは有り難かった。
2年経てば、正社員登用もあるという。
PTAの仕事は、やはり続けるのは無理があるので、次の役員を探し回り、爽太郎が5年生に上がる前に辞めた。
PTA会長は思った通り、城田が努めることとなった。西田より適任だ。
城田にはお世話になりっぱなしで、辞める事が申し訳なかった。
できれば、城田のお手伝いをしたかったが、そうも言っていられない。
自分も、お金をもらう仕事を始めなければならないのだから。
フルタイムでの仕事は確かにきつかった。
短期で働いたとはいえ、月曜から金曜までずっと働き続けることが、こんなに大変だとは思わなかった。
単調な日常がどんなに楽だったことか・・。
でも、家を買うことは諦めなかった。
舞子のどこにそんなパワーが潜んでいたのだろうか。
最初は、すぐに根を上げるだろうと思っていた亮介だったが、舞子は本気だった。
そのうち、亮介も、週末は家を一緒に見て回るようになった。
そして、爽太郎が6年生、蓮が2年生に上がる頃、新築の戸建てを買った。
建て売りのそう大きくはない家だったが、南側に十分な広さの庭があった。
その庭いっぱいに芝をはろう。
舞子はそう決めていた。
「家買ってよかった?」
亮介に聞いたことがなかった。
こんな夜なら、そんな事もさらりと聞ける気がする。
「そうだな。これからのローンを考えると卒倒しそうにはなるけど、やっぱり持ち家はいいな。いくら子供たちが暴れ回っても文句は言われないし、毎月の管理組合会議は無いしな」
「確かに・・。あれは面倒くさかったよね。でも、ここも自治会やら子供会やら、いろいろあるのよ。どこにいても、何かしらあるものよ」
「そうだな。ご近所付き合いは一生続くんだもんな。それで、舞子は家買ってよかったの?」
「え~?そんなこと聞く~?よかったに決まってるでしょう。想像以上に忙しくなったけどね。でも、あの時思い切ってよかった。あきらめたくなかったんだよね~」
「ほんと、あの時の舞子は怖かったよ。何がここまでそうさせるんだってね」
『そうだよね』とお互い顔を見合わせて笑った。
「正社員目指すんだろう?無理はするなよ」
相変わらず、亮介は家の事をほとんど何もしない。
だが、そんな事は大したことではない。
週末には庭の手入れをして、リビングで庭を見ながら寛いでいる亮介を見ると、庭付きの家を買ってよかったと心から思える。
私の選択は正しかった。
自分のために欲しかった家だが、結果、家族みんなが喜んでくれた。
みんなが喜んでくれることが自分の幸せなのだ。
私は、オスの光を見誤らなかった。この人を選んで正解だった。
亮介も、このメスの光を選んでよかったと思っているだろうか。
思いは通じる。きっと思ってくれているだろう。
見上げると、ぐるりと囲まれた山々の間から空いっぱいに広がる満天の星空が見えた。
ホタルの光に見とれて、あやうく見逃すところだった。
自分の体が宇宙と一体となったようだ。
溶け込んだ自分も本当に美しいと思える。
心も体も浄化されていくのがわかる。
「亮介、こんないい所に連れて来てくれてありがとう」
「え~?何だよ。急に」
訝しがっていたが、お礼を言われて悪い気はしないようだ。
舞子は心からそう思った。『私は幸せだ』。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
亮介は蓮の右手を握り、舞子は蓮の左手を握り、先ほど歩いてきた道を、今度は車へ向かって歩き始めた。




