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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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亮介が浮気?

 次の日の夕方、亮介がゴルフバッグと旅行バッグと紙袋2つ携えて草津から帰って来た。

 「よっこらしょ」と言いながら玄関に荷物を置く。

 紙袋の中身は、草津まんじゅうと温泉プリンだったが、子供の好みはもちろんプリンだ。

 舞子も、まんじゅうよりプリンの方が好みだが、久々に食べるまんじゅうも悪くない。

 「温泉、どうたった?よかったでしょう?草津いいよねー。私も1回、湯もみ体験とかしてみたいよ」

 と、テレビの旅番組で見た湯もみシーンを思い出しながら言うと、

 「いや、棒きれでお湯をかき回すだけで、特におもしろくもなんともないよ」

 と、ばっさり切られた。

 本当に亮介は風情がない。

 やりたいと言っているのだから、出鼻をくじくようなことを言ってほしくない。

 「ホテルの取天風呂はよかったよ。泊まるのは、ちょっと高いから無理だけど、今度、日帰りの入浴でも行くか?」

 めずらしい。

 亮介からそんな提案をしてくることは滅多にない。

 いつも、舞子がどこかへ連れて行けと言い続け、しぶしぶ行くというパターンだ。

 貴重な土日を泊まりに行った罪滅ぼしだろうか。

 この社員旅行の話を聞いた時、舞子がぷりぷりと腹を立てたからだ。

 土日くらいは、子供の面倒を見てよ・・と言いたかったが、社用だから仕方ないと自分に言い聞かせた。

 だが、やはり態度には表れていたのだろう。

 「行く、行くー。もう少し涼しくなって紅葉の時期になったら行こうよ。草津、久しぶりー。うれしいなー」

 舞子の声が弾んでいた。

 舞子のことを気にかけてくれていると思うと、余計にうれしかった。

 その日の夕飯は、外食ではなかったけれど、舞子の機嫌はよかった。

 子供たちも帰って来た亮介にまとわりついて、いつも以上にはしゃいでいた。

 疲れていたのだろう。

 子供たちを寝かしつけながら、亮介は一緒に寝てしまった。これは、朝まで起きないパターンだ。

 舞子は、久しぶりにワインを冷蔵庫から取り出し、グラスに注いだ。

 グラスに深い紅い色が映える。

 日頃は、350ミリリットルのビールを1缶飲むだけだが、子供たちが早く寝て、夜が長い日にはワインを飲みながら撮りためたドラマを見ることにしている。

 リラックスできるひと時だ。

 その時、テーブルに置いてある亮介のスマホが光った。

 いつも、マナーモードにしているので、音が鳴る事は滅多にない。

 仕事中、音が鳴ると困るからだろう。 

 家に帰ってからも解除しないので、そのままだ。

 スマホの画面に映し出された文字が目に入った。

 最後に「久美より」と書いてあった気がした。

 スマホはパスワードをかけてロックされているので、中を見ることはできないのだが、ラインは届くと数秒間画面上に映し出される。

 画面をタッチすれば、直前に送られてきた内容を見ることができる。

 ラインにもパスワードがかけられていたら別だが・・。

 画面をタッチしてみると、届いたラインの内容が映し出された。


 『 亮介くん 昨日はいろいろありがとう 週末の食事も楽しみにしています  久美より♡ 』

 

 そう書かれていた。

 何度も何度も画面の文字を読み返した。

 

 その夜、舞子はあまり眠れなかった。

 「久美」の名前が頭から離れず、ずっと考え込んでいた。

 そして、ラインの内容から、その背景を探ろうと必死だった。

 朝、普段通りに起きてきた亮介に、さらっと聞けばよかったのだが、それができなかった。

 ラインを見たこと(実際は画面が開いていたから見えただけで、あり得ないことではない)を責め立てられるのもイヤだったし、これくらいの事で嫉妬していると思われるのも嫌だった。

 今朝は、子供たちも亮介と一緒に早起きしてくれたことが救いだった。

 子供に構うふりをしていれば、亮介と会話せずにすむ。

 会話をしたら、多分、言葉の端々に尖ったものが出てくるだろう。

 朝からケンカなどしたくない。

 それは、仕事へ行く亮介へのせめてもの思いやりだった。

 必要最低限の会話を交わし、亮介を送り出した。

 その後、子供たちもそれぞれ送り出し、やっと部屋に一人きりになった。

 そして、椅子に腰かけ、大きなため息を一つついた。

 少し整理してみよう。

 『昨日はいろいろありがとうございました』だったよな。

 昨日と今日・・とは書いてなかったはず。旅行・・とも書いてなかった。

 あのスマホ画面を写メしなかったことが悔やまれた。

 考えれば考えるほど、文面に関する記憶が少しずつ曖昧になっていく。

 『週末の食事も楽しみ』とあった。

 ということは、以前にも楽しいことがあったというのだろうか。

 始まりは、『亮介くん』だった。

 仕事関係なら、「一色さん」のはずだ。

 多分、ざわつくモノを感じたのは、「亮介」「久美」というお互いの呼び名だ。

 お互いにこんな呼び名を使うのは、恋人、夫婦以外に思いつかない。

 舞子と夫婦である以上、もう1つの呼び名である恋人・・と考えるのが妥当というものだろう。

 結婚して10年も経つと、お互いに新鮮な気持ちはない。

 だが、それが無くなる代わりに安心、安定といった形になるのではなかろうか。

 全く以て、亮介の浮気など、考えたこともなかった。

 妻が、夫とよその女との仲を疑うが、それを揶揄して「亭主言うほどモテはせず」というセリフがあった。

 今の舞子がそうなのだろうか。

 疑うことなど、バカバカしいことなのだろうか。

 頭の中をいろいろな感情がぐるぐると駆け回り、何も手に着かなかった。

 疑い出すと、すべてが疑わしい。

 そもそも草津への社員旅行などなかったのではないのか。

 草津へは久美と行ったのでは?

 最近、飲み会で帰りが遅いのは、久美と会っているからではなないのか?

 スマホをロックしたのも、蓮がいじって上司に電話をかけてしまったから、それを防ぐためだと言ったが、久美とのやり取りを見られないようにするためだったのでないのか。

 そういえば、遅く帰って来たのに、酒の臭いがしない日があったような・・。

 その日、石鹸の香りはしなかっただろうか。

 考えれば考えるほど、心の闇が広がっていく。

 秋の紅葉の時期に草津へ行けると喜んでいたのに、それが一瞬で崖下に突き落とされてしまった。

 一気に呼吸が苦しくなった。

 

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