帚木巻~方塞がり~
『ようやく天気も良くなった。宮中に籠もってばかりでは、大殿(左大臣)が気の毒なので、退出して左大臣邸に戻る。
邸内の様子も姫君の雰囲気も、際立って気品があり、乱れたところがなく、やはりこの女君(葵の上)こそは誠実で信頼できる妻であると思うのだが、あまりにも整っている様子が打ち解けにくく、気づまりになるほどに澄ましているので、中納言の君や中務などといった、若く優れた女房たちに、冗談など言いつつくつろいでいる。
光る君が暑さで衣装を着崩している様子を、女房たちは眼福と思っている。』
今まで降り続いていた長雨が、梅雨だったということがこれで分かりますね。
左大臣の姫君(葵の上)は、光る君の中で、「惹かれない人」から「信頼できる人だとは思う」というところまでは格上げされているようです。
さて、女房という言葉は今まで何度も出てきていますが、元々は、宮中に仕える女官のうち、個室(房)を与えられた人のことでした。女官の中でも上位の人達です。そのうち、高位貴族の邸宅に仕える女性のことも女房と呼ぶようになりました。個室と言っても、現代のような完全個室ではないでしょうが。
平安時代中期までは、基本的に中級貴族の中で教養のある女性達が選ばれていたようです。
紫式部もそうですが、彼女達は本名で呼ばれません。親兄弟や夫の官職にちなんだ女房名で呼ばれます。紫式部の場合は、お父さんが昔式部丞だったので「式部」です。
『暗くなってきた頃、
「今宵、中神が移って、内裏からこちら(左大臣邸)の方角は塞がってございました。」
と申し上げる者がある。光る君は、
「そうだ。いつもは物忌する方角だった。二条院も同じ方向なので、どこに方違えをしよう。とても気分が悪いのだが。」
と言って休んでいる。一人が、
「紀伊守の中川あたりの家が、最近水を堰き入れて、涼しい所でございます。」
と申し上げると、
「とても良い考えだ。気分が悪いので、牛車のまま引き入れることのできるような所を。」
と言った。
紀伊守に命令を伝えると、引き受けたものの、退いた後で、
「(父の)伊予守朝臣の家につつしみ事があって、女房たちが移ってきているところだ。狭い所だから、失礼なことがありはしないだろうか。」
と下の者にこぼして嘆息しているのをお聞きになって、
「そうした人が近くにいるのは嬉しいことだ。女気のない旅寝は、なんとなく恐ろしい心地がするだろうから。ただその几帳の後ろにおりたい。」
と言うと、
「なるほど、悪くない御座所で。」
と使いの者を(紀伊守邸に)走らせる。
ひっそりと、ことさら大げさでない所を、と急いで出発したので、左大臣殿にも挨拶せず、御供にも親しい者だけを連れていった。』
既に左大臣邸にいるのに、起点は内裏なんですね。もしかして、方忌みって、朝いた場所から見た方角が問題なんでしょうか。方塞がりになる前に移動してしまえば!というわけにいかないんですね。
作者の間違いか、写した人の間違いか、紀伊守のお父さんが伊予守になってますが、伊予介です。国司は、長官が守で次官が介です。
伊予介さんの家から人が来ているのは、物忌みだそうです。『慎む』という言葉に、物忌みの意味があります。家に籠るのではなく、家を出なければならない類の何かがあったようです。
その上、光る君から方違え所としたいと命令されて、紀伊守さん困ってますが、そこは皇子様な光る君、結局押し通します。




