表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
20/262

帚木巻~雨夜の品定め・常夏の女~

中将くんの語りの冒頭、珍しく一人称が出てきます。

三人称の主語も少ないですが、一人称は、ここでようやく出てきました。

『なにがし』と言っています。今なら、名前の分からない第三者に対して使う言葉ですね。『我』という言葉も出てきます。

「私」は私事を指す言葉で、自分を指す意味はまだありません。「それがし」ももう少し後の時代です。



『中将は、

「私は、愚か者の話をしましょう。」

と言った。

「人目を忍んで付き合い始めた女がおりましたが、逢瀬を重ねるにつれて愛しく思うようになりました。通うのは稀でしたが、その女を忘れることはありませんでした。薄情だと恨むこともあるだろうと、我ながら思う時もありましたが、女はそのような素振りを見せませんでした。しばらく訪れない時でも、私のことをおざなりに考えず、いつも気にかけているようで、心苦しく思ったので、いつまでも頼りにするように言ったこともありました。

 その女は親もなく、とても心細そうで、この人こそ頼りと思っている様子も可愛らしかったですよ。

 このように大人しいことに安心して、しばらく通わないでおりましたところ、妻(右大臣家)の近辺から、思いやりのない不快なことを、人づてに言わせたと、後で聞いたのです。

 そんなことがあったとも知らず、心中では忘れていないとはいうものの、長いこと手紙なども送らず過ごしておりました。女はすっかり気が沈んで心細くなり、幼い子供などもあったので、思い悩んで、撫子(なでしこ)の花を折って寄越してきました。」

と言って涙ぐんだ。

「思い出したままに行ってみますと、いつものように無心なようでありながら、ひどく物思い顔で、荒れた家の庭が露でしっとり濡れているのをぼんやり眺めて、虫の声と競うように泣いているのが、昔物語めいて感じられました。

『咲きまじる 色はいづれと 分かねども なほ常夏に しくものはなし

(どの花も美しく咲いているが、やはり常夏の花(=撫子)が一番美しい)』

 大和撫子(=幼子)のことはさておいて、まず「塵をだに」などと、親の機嫌をとります。

『うち払ふ 袖も露けき 常夏に あらし吹きそふ あきも来にけり

(床の塵をうち払う袖も涙に濡れている常夏の花(=私)に、嵐(右大臣家からの圧力)が吹き、秋になり、あなたにも飽きられてしまいました)』

と何でもなさそうに言いつくろって、本当に恨んでいるようにも見えません。涙を零しても、とても恥ずかしそうにつつましく隠して、辛い思いをしていると思われたくないようでしたから、私は気楽に考えて、また通わずにおりましたところ、この女は跡形もなく消え失せてしまったのです。」』



 塵をだに 据ゑじとぞ思ふ 咲きしより (いも)とわが寝る とこなつの花

                              (古今和歌集)

(愛する妻と寝る(とこ)に塵を積もらせないように、咲いた時から塵さえ積もらせないよう大切にしている常夏(とこなつ)の花(=撫子)です)


この歌は、隣人から撫子を分けて欲しいと頼まれた凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)さんという人が詠んだものです。だからあげないよ、と言ったのか、だから大事にしてね、と言ったのかは定かではありません。

夫婦の寝る床に塵が積もらないということは、いつも共寝をしている、つまり仲が良いということです。中将くんは、この歌を念頭に、今後はそうなるように頻繁に訪れますよ、と言ったわけですが、口から出まかせだったようです。

当てにならん人ですね。


それに対して常夏さんの返歌は、

 彦星の まれに逢ふ夜の 常夏は うち払へども 露けかりけり(後撰集)

(意味は多分、

 彦星が稀に妻と逢う夜に咲く常夏(=撫子)は、いくら露を払っても湿っている。稀に共寝をする床は、いくら袖で打ち払っても涙で湿っている。)

という歌を引用しています。

「秋」と「飽き」を掛けることはよくあるようですが、捨て置かれる嘆きと心細さと諦めと、切なさを込めた歌なのに、どうして中将くんは放置しても大丈夫そうだと思ったのでしょう。すさまじく鈍感なんでしょうか。単なる言葉遊びだと思いました?


ちなみに、撫子にはいろいろな別名がありますが、夏の間ずっと咲いているので、常夏と呼ばれていたのだそうです。その可憐な見た目から、女性や幼い子供を撫子に例えたりしました。



『「まだ生きているなら、寄る辺ない身で困窮していることでしょう。愛しいと思っていた時に、うるさいくらいに慕ってまとわりつく様子を見せたなら、このように彷徨わせることはなかったものを。こんなにも放っておくことはせず、妻の一人として、長く付き合っていく方法もあったでしょうに。

 あの撫子(子供)が可愛らしかったものですから 、どうにかして探し出そうと思いましたが、今もどこにいるか耳にすることができません。

 この女こそ、あなた(左馬頭)のおっしゃる、頼りにならない女の例でしょう。

 薄情だと思いながら平気なふりをして、そのことを私は知らないで愛し続けていましたが、その甲斐のない片思いでしたよ。

 今はだんだん忘れつつありますが、あの女もまた私を忘れられず、おのずと胸焦がれる夕べも時々はあるだろうと思います。

 これは、長続きできない、頼りない類の女でしたよ。」』



え~と、ちょっと待って。

中将くんにとって、『痴れ者(愚か者)』って誰?

てっきり自戒を込めて語っているのだと思っていたのだけれど、方向性が変わりましたよ。常夏さんが悪いことにしてません?明らかにあなたが悪いよね。

愛しいと思っている女性や、可愛い子供を、長期間放置するもんですかね?帝が桐壺の更衣や光る君にしてみせたように、ずっと側に置きたがるんじゃないですか?


この後、中将くんは、「どの女性の例でも、問題がないのっていないよね~。世の中ってこんなもんだよね。欠点のない女なんて、どこかにいるのかなあ。」とか言って締めくくります。

これって、当時の標準の認識なんでしょうか?

現代なら、こんな中将くんに寄ってくるのはお金目当ての人だけで、お望みの「欠点のない女性」には避けられることでしょう。

この雨夜の品定め、女性についてあれこれ語っていますが、むしろ男性側の問題点が浮き彫りになっていく気がします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ