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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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源氏物語の世界④品位と位階


親王・内親王の序列は一品(ほん)から四品(ほん)まで。品位により、与えられる財産や待遇が変わります。きっと、母方の身分の高さや帝との関係で変わるのでしょう。

光る君は母親が更衣だし、母方に有力者もいないので、親王になったとしても品位に叙されない無品(むほん)親王になる可能性が高かったのでしょうね。


親王の子は王・女王で、律令では六代目から臣籍になります。王・女王の場合は、品位ではなく、臣下と同じように位階制で正一位(しょういちい)から従五位(じゅごい)の位に叙されました。



位階は、一位から少初位(しょうそい)までありました。八位の下が大初位(だいそい)、その下が少初位(しょうそい)です。一位から三位までは正(しょう)と従(じゅ)、大初位・少初位は上下の二段階になっていました。四位から八位までは、面倒なことに、正と従がさらに上下に分かれて四段階になっていました。正四位上(しょうしいのじょう)とか従五位下(じゅごいのげ)とかいう具合に。


律令では、五位以上が「通貴」つまり貴族とされています。中でも三位(さんみ)以上は「貴」で上級貴族となり、色々と扱いが変わってきます。位階によって礼服の色も変わります。

三位(さんみ)と四位(しい)には大きな差があり、五位と六位にはさらに大きな差があったのです。

物語原文には「上達部(かんだちめ)」という言葉が出てきます。現代語訳には公卿(くぎょう)としましたが、一部の正四位上(しょうしいのじょう)の人と従三位(じゅさんみ)以上の上級貴族を指す言葉でした。

ちなみに、「公」は大臣への敬称で、「卿」はそれ以外の上級貴族への敬称だそうです。


また、清涼殿の殿上の間に上がることを昇殿と言い、四位以下でこれを許された人を殿上人(てんじょうびと)、許されない人を地下(じげ)と言いました。三位以上の公卿は原則OKです。

雲居とも形容される宮中です。殿上人は雲客とも呼ばれ、地下の人々と明確に区別されました。まさに雲泥の差です。


元々、位階によって任官される官職も決まっていましたが、少しずれることもありました。一覧表が載せられれば良いのですが、難しいので断念します。

今まで出てきたところだと、桐壺更衣のお父さんである大納言は正三位(しょうさんみ)、弘徽殿女御のお父さんの右大臣は二位、光る君のお供で鴻臚館へついて行った右大弁は従四位上(じゅしいのじょう)、といったところです。

ちなみに、右大弁とは、最高行政機関である太政官(だじょうかん)の役職の一つです。

各部署には、長官(かみ)と次官(すけ)がいて、部署によっては三番目の判官(じょう)もいました。親王専用の役職もありましたが、親王は実務に携わることはなく名誉職のようなものなので、実務のトップは次官だったりしました。まあ、その辺はおいおい。


位階は女性にも男性と同様に与えられました。『御方々』とか女官とか、宮中に出入りする人には必須です。

桐壺更衣は四位だったのを、死後に三位の位が贈られたのでした。

現実世界の藤原彰子は、従三位(じゅさんみ)に叙せられて、女御として入内しました。

三位以上の女御と、四位・五位の更衣には、大きな差があったのですね。

大河ドラマの『鎌倉殿~』で、北条政子が「従三位(じゅさんみ)!」と得意げにしていた場面がありました。地方豪族の娘が従三位(じゅさんみ)になるというのは、天地がひっくり返るような大変な事だったのでしょう。もっとも、平家が一度天地をひっくり返しているので可能だったのかもしれませんが。


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