第十一話
お読みくださりありがとうございます。
話が終わった絵里は自分の部屋へと急ぐ。
――今、無性に彼に会いたい。
闇にのまれかけた絵里を救い取ってくれた彼。
――いつだって、どんな時だって彼は側にいてくれた。
いつの間にか彼に救われていた私。
そのことを、さっき初めて自覚した。
「ロベルトさん!」
バンっと大きく扉を開け、感情のままにその逞しい胸に飛び込んだ。
「絵里! どうした? 何かあったのか? 泣いてるのか?」
危なげなく絵里を抱きとめたロベルトだが、胸に顔をうずめて肩を震わせる華奢な体におろおろする。
たどたどしく、何度も何度も背中をさすり、すっぽりと包み込んでくれる大きな存在。
その一瞬、まるで世界に二人きりで、哀しみも、憎しみも、悪意も何一つ存在しないかのように錯覚する。
音のない、静かで、平穏で、幸せな二人だけのセカイ。
だがそんなもの幻想だ。
見上げると、悲しくなるほど優しい瞳が絵里を見返す。
一点の曇りもない、絵里を心底心配してくれている瞳。
「どうした? 何があった?」
あふれる涙を武骨な指がそっと拭う。何度も、何度も。
――やっぱり、幻想なんかじゃないや。
人は悲しいから涙を流すんだと思っていた。
でも今絵里が感じるこの感情は、決して悲しみなんかじゃない。
ポカポカして、あったかいこの感情は、何と呼ぶべきなんだろう。
抱き着いたまま、絵里は長い間グズグズと鼻を鳴らし続けた。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
ようやく絵里が落ち着いた時、たぶん一時間は過ぎていた。
でも、ロベルトは文句なんて一つも言わずに絵里をソファーへと導いてくれる。
「ごめんなさい」
――泣いてしまってごめんなさい。
――洋服水浸しにしちゃってごめんなさい。
――甘えてしまってごめんなさい。
沢山の意味を含んだ「ごめんなさい」の言葉。
それを全部くみ取って、溶かして、簡単に許してしまう彼にもっと甘えてしまいたくなる。
「王子にいじめられたのか? 俺は絵里の味方だ。王族なんて関係ない。絵里を悲しませる奴は俺が許さない」
――ほんとに、ズルい。
そんなこと言われて、喜ばない人がいるだろうか。
じんわりと滲む視線に、絵里は何度も瞬いた。
「違うんです。二人とはただ話しただけです、いじめられてません。ただ、話してるうちに昔の記憶と重なって……」
だが、過去に囚われそうになった絵里は、ロベルトのおかげで理性を失わなかった。
ロベルトの顔が浮かんだ時、自分が今幸せであることを思い出した。
どれほど望んでもかなわなかった望みを、もうとっくの昔に彼が叶えてくれていたことを自覚した。
「ロベルトさんが、どれほど私を大切にしてくれているかを知って、嬉しくて、幸せで、感謝して……。気持ちがあふれるのを止めらえませんでした」
好きな人を泣かせた原因が自分であること。
それを知ったロベルトの胸には、しかし、喜びしかない。
自分の想いを絵里が分かってくれたこと。
そこから逃げずに向き合い、受け入れてくれたこと。
そして何より、彼女も自分の事を大切な存在として思ってくれていることが分かったから。――それが恋であるかは別として。
「そうか。それならいいんだ。よかった、何かされたとかじゃなくて」
そう言って、また、大きな手が絵里の頭を包み込む。
この世界に来るまで触れられたことのない場所に感じる温かな感触。
未だになれない絵里は、今日もまたドキドキする心臓をひた隠す。
「それで、話の内容は俺が聞いても良いことなのか?」
「はい」
もちろん、二人に許可をもらってある。
だから、ロベルトには全てを話そう。
――この世界で一番信頼できる人だから。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
話し終えた時、絵里はロベルトの顔を見れなかったし、ロベルトも絵里の顔を見なかった。
沈黙がその場を支配する。
その沈黙に耐えられず、絵里が何か言おうとしたとき、ようやくロベルトが口を開いた。
「そうか。正直、俺はすぐにはザギトス皇子を信じられないから、もろ手を挙げて賛成できない。……だが。絵里の人の本質を見抜く眼は信用しているし、ハリー王子と陛下のことも信頼している。だから、ザギトス皇子の言うことが本当だと確信出来たら、俺はその計画に賛成するつもりだ。……例えそれが正義の名の下に行われる殺人だとしてもな。……絵里には受け入れられないかもしれないが……」
そう言って寂しそうに視線を落とした彼の姿に絵里はたまらず、
「そんなことない! 私も、賛成したの! 殺人だと分かりながら、それでもその案に乗ったの! 私、ロベルトさんが思っているほどきれいじゃないし、強くない……」
と叫んだ。
再び緩む涙腺に、歯を食いしばって堪える。
――軽蔑されたかもしれない。落胆されたかもしれない。。
恐る恐る顔を上げた絵里は、冷たい視線を向けられていないことにまずホッとした。
そして、微笑んでくれた彼にドキリとした。
「こんな俺を軽蔑されるかと思った。悪かった、絵里を疑った。絵里はそんな子じゃないよな。弱いなんて当たり前だ。だって、絵里はまだ十九歳の女の子だろ? もっと俺に甘えてくれ。そんで、自分の事きれいじゃないなんて言わないでくれ。俺は、弱くて、ままならない想いを抱えて、それでもこの世界で前を向く絵里が大好きだ」
どこまでも澄みわたった真っ青な瞳。
その目に囚われれば、もう抜け出せない――抜け出したくない。
鈍感な絵里は、「大好き」という言葉に込められた本当の意味には気づかなかった。
でも、文字通りに受け取ったその言葉に途方もない幸福感を感じた。
――やっぱり私はロベルトさんに適わない。いつも、何度でも欲しい言葉をかけてくれる彼には……。
幸福そうなその顔を見て、ロベルトはまあいいかと思う。
――今は、まだ。
ブックマーク登録、評価ありがとうございます。




