第十話
お読みくださりありがとうございます。
「付いていかなくて本当に平気か?」
何度も心配そうに尋ねてくるロベルトに、絵里は何度目かのため息を吐き出す。
「大丈夫ですって。心配しすぎですよ。それに、ハリー王子から三人だけで話したいって言われたんです。聞かないわけにはいかないでしょ? という訳で、ロベルトさんはお留守番です」
数日前、絵里はザギトスから、ハリーを加えた三人だけで話したいことがあると言われ、それを受けた。
そのことは話を受けた日にロベルトにも言ったのだが、当日になった今でも心配するロベルトに、過保護すぎると呆れながらも、沢山心配してくれることへのくすぐったさも感じている。
とにかく極秘の話らしく、場所はハリー王子の部屋だ。
ハリーの部屋は最上階付近に位置しているため、えっちらおっちら階段を上る絵里はエレベーターが恋しくなる。
毎日使っていたエレベータ。
無くして初めてそのありがたみが分かるとは、正にこのことだ。
「おや、絵里さん。久しぶりですね」
あと一階でハリーの部屋に到着するというところで、誰かに声をかけられた。
「あっ! おじいちゃん先生! お久しぶりです」
やって来たのは、いつぞやの勉強を教えてくれたおじいちゃん先生だ。
「どこへ行かれるんですか? この階は来賓客たちの部屋ですが……」
「あ、私はこの上の階に用があるので。ハリー王子に呼ばれていて」
「ハリー王子と仲がよろしいんですか?」
「ええ、仲良くさせてもらっています。この間は王子と王妃様と一緒にお茶会をしました」
「それは良かったです。私、こう見えても昔王子の教育係を務めておりましてね。またゆっくりお話ししましょう」
「はい! それでは」
遠ざかるおじいちゃん先生の背中振り返り、絵里は一瞬疑問に思う。
――そういえば、おじいちゃん先生は何でこの階にいたのかしら……。
だがそれも一瞬の事。
ラスト一段を登り切った絵里は、激しい息切れとがくがくする脚に、そんな些末なことなどきれいさっぱり頭から消し去った。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
「それで、話なんだが」
三人揃うなり、ザギトスが前置きなく話を切り出した。
チラリとハリーを見るとバッチリ目が合い、これから話される内容を知らないのは自分だけだと気づかされる。
「この間、サザールの貴族どもの腐りっぷりは話しただろ? 国王も大臣どももただ遊び惚けて仕事をしない。そのくせ軍部の連中は他国への侵略を強硬に主張して多くの被害を生み出す。俺は、そんなあの国を変えたいと思ってる。腐敗した政治を正し、腐りきった貴族社会を一掃したい。そのために、ハリーにも協力してもらっているし、ヴェリトス陛下にも賛同が得られた。なぁ、絵里さんも協力してくれないか?」
想像していたよりずっとずっと重い話に、絵里はしばらく身動きが取れなかった。
じっくり考え、ゆっくりと口を開く。
「協力って言われても……その内容を教えてくれない事には何とも言えません。それに、貴族社会を一掃するって……具体的にどうするんですか? そんな大それたこと、私は役に立ちませんよ……」
「そうだな、まずはそこからきちんと説明しないとな。……俺たちは、国王の首をとるつもりだ」
もちろん、ザギトス一人の力では到底かなわない。
だからこそ、ハリー達ヴェリトス王国に協力してもらうのだ。
腐りきった貴族どもだが、その中にもまともな奴はいる。
仕方なく国王側についているだけで、解放されたいと願う奴もいる。
ヴェリトスの兵たちとサザールのまともな貴族たち。
そして俺。
この条件がそろえば、きっとあの城に風穴を開けられる。
「だが、いくらハリーや陛下がこの計画に賛同してくれているとはいえ、おそらくこの国の大臣たちは反対するだろう。それだけ先の戦がこの国にもたらした被害は大きく、憎しみは癒えない。それに、サザール帝国の皇太子である俺の言葉を信じられない奴も多いだろう。だからこそ、絵里の力が必要だ。何かしてほしいわけじゃないんだ。ただ、俺たちの計画に反対しないでほしい。絵里を担ぎ上げようとする勢力が出てくるかもしれないが、それに加担しないでほしい。……俺に、チャンスをくれ……」
――俺に、復讐のチャンスを……。
万感の思いが込められた呟きだった。
あの日告げられた彼の想い。
彼の憎しみ、悲しみ、そして欠落。
痛いほどよく分かる。
想いを告げられた彼女だからこそ、彼の望みを理解した。
「いいですよ。それだけなら、私でもできます」
――どんな大義名分を掲げたところで、彼らがやろうとしていることは殺人に他ならない。
まして、彼の本当の目的は別にあることに絵里は気づいてしまっている。
でも。
時代が、国が、世界が違う。
正義は、大勢の人に認識されて初めて正義となる。
今、この世界で大勢の人が苦しめられて、傷つけられて、それに抗う唯一の手段がソレだけならば……絵里にそれを止めることはできない。
――止めたくない。
そう思ってしまう。
自分と同じ、漆黒の瞳を見つめる。
その中で、小さなワタシが私を見返してくる。
――小さなワタシ……。
愛情を貰えなかった絵里は、きっとどこかで狂ってる。
何度も何度も頭の中で大勢を殺してきた絵里。
祖父、祖母、父、母、そして絵里の窮状を見て見ぬふりをした周りの大人たち。
金の前では無力だった。
権力の前では無力だった。
――かつての苦しみを、ここで解き放って何が悪い?
ザギトスが、私と同じように家族を憎む彼が、金に、権力に、憎んで止まない家族に立ち向かうのだ。
――ワタシのノゾミは……。
思考が昏く落ちかけた時、不器用な彼の顔が浮かんだ。
ハッとした。
心配そうにこちらを見つめる二人の視線に気づく。
――そうだ。私の望みは……愛されること。誰かの大切な存在になること。
この世界に来て、絵里はその望みをもう叶えている。
それに気づいた時、憎悪の気持ちは一気にしぼんだ。
どんな時も一緒にいてくれ、慰め、励ましてくれた彼。
これまで知らなかったいろんな感情を教えてくれた彼。
私は絵里。
ただの、絵里だ。
「あなたたちの計画に、賛成も反対もしません。否定も肯定もしません。私は中立の立場を貫きます。それでもいいですか?」
「もちろんだよ。十分だ、ありがとう」
ハリーはそう答えたが、ザギトスは何か言いたげだ。
そんなザギトスを見て、
「ただ……。私は、あなたの気持ちがよく分かります。あなたの感情が決して間違っているとは思わない。……これが私に言える精一杯です」
とだけ絵里は告げる。
交錯する視線。
次の瞬間、ザギトスはクシャリと泣き笑いの顔をした。
出会ってから今まで、ザギトスのそんな表情を見たことがないハリーは驚いた。
絵里とザギトスの間には、ハリーが決して入り込めない何かがある。
――妬けるね……。だが、これで障害はだいぶ減ったと言えるだろう。
ハリーがこの計画に乗ったのは何も人助けのためではない。
隣国の脅威は停戦中の今でさえ無視できるものではないのだ。
だからこそ、皇帝をはじめとした好戦的な輩を一掃できるのはこの国にとってもベストなのだ。
全ては自国のため。
それが、王族に生まれた者の使命だから。
――悪いな、ザギトス。
だから、真の意味で彼と打ち解けられることはないし、根っこの部分に彼に対する警戒心を隠し持つ。
そしてそれはザギトスも一緒だろう。
王族としての責務、背負うべき重荷。
――だからきっとこの二人の結びつきが眩しく思えるんだろうな……。俺も、ザギトスと全てを打ち明けられる、打ち解けてもらえる友になりたい……なんて。
見つめ合うザギトスと絵里を眺め、ハリーはそっと息を吐いた。
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