第九話
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それから数週間。
絵里は精力的に調査を行った……と言いたいが、実はこの数週間、絵里は部屋から一歩も出ずひたすら創作活動に従事していた。
たぎる想いをひたすら紙にぶつけ、休めることなくペンを走らせる。
「ようやくできた……」
怒涛の創作活動が終わった絵里は、久々にロベルトに会う。
実に一週間ぶりだ。
「なかなか調査に出向けなくてごめんなさい」
「いや、大丈夫だ」
なんだか機嫌のよさそうなロベルトに絵里は首をかしげる。
「何かいいことでもあったんですか?」
「よく分かるな。まあ、そうなんだ。ようやく犯人を捕まえたんだ。あとは動機を聞き出すだけだ」
そう、絵里がロベルトと会わない一週間のうちに事態は急速に動いた。
「そうなんですか! もちろん料理人たちは犯人じゃありませんでしたよね!?」
「ああ」
――よかった。
「じゃあ、明日は第一厨房に行っていいですよね?」
「ああ」
先程から「ああ」しか言わないロベルト。
なんだか歯切れが悪い。
しかしいつも通りマイペースな絵里は気にしない。
「じゃあ、私もう寝ます。事件解決してよかったですね」
そのまま奥へと消えていく絵里をロベルトは慌てて引き留めた。
「ちょっと待ってくれ! 絵里は犯人が気にならないのか?」
「え、別に」
二人の間に何とも言えない沈黙が落ちた。
絵里は興味があることはとことん追求するが、興味がないことには本当に何の関心も持たない。
この事件の犯人にも興味はなく、ただ料理のためだけに調査協力を申し出ただけだ。
誰が犯人だろうが関係ない……と思っていたのだが、ロベルトの次の言葉に状況は一変した。
「そうか。いや、実は犯人はキルアだったんだ。君が猛反発するんじゃないかと心配だったが……」
ロベルトは言葉を途切れさせた。
振り向いた絵里の形相にたじろぐ。
「ちょっと、どういうことですか! 二人の仲を壊さないでくださいって言ったじゃないですか!」
「いやでも証拠が見つかったんだ」
「証拠って?」
「彼の部屋から大臣が摂取したものと同じ毒が見つかった」
「彼は認めているんですか?」
「……いや。だが証拠があるんだ。彼がやったことは明らかだ」
「~~彼はやってません、絶対! 私が真犯人を見つけて見せます!」
肩を怒らせて絵里が寝室へと消えていく。
――おいおい……。
バタンと閉まったドアの前で、ロベルトは一人呆然と取り残された。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
翌日。
早速絵里は行動を開始する。
ケーキはもう少しお預けだ。
「今日はキルアさんの家に行きます」
「先ぶれを出さないと失礼に当たるぞ」
ロベルトが言う。
今日の護衛だ。
「大丈夫です。私送り人ですもん。それに息子さんの無実を証明しに行くんです。歓迎してくれますよ」
この世界にやってきてしばらく経つが、城から出るのは初めてだ。
ついでに馬車に乗るのも初めてで、絵里は窓にかじりついて景色を眺める。
その姿を見て、ロベルトはハッとする。
自由気ままな態度についつい忘れがちになってしまうが、絵里はこの世界で一人だ。
家族とも、友人とも引き離され一人ぼっちで生きていく。
――俺が支えたい。
強くそう思った。
キルアは伯爵家の長男で、清廉潔白とした立派な跡取り息子だったらしい。
キルアの父である現伯爵家当主が教えてくれた。
屋敷を訪れた最初こそ、ロベルトの騎士服を見て邪険に扱われたが、絵里がキルアの無実を証明するために話を聞きたいというと涙ながらに部屋へと招かれた。
「息子が犯罪なんて犯すはずがないんです」
「わかります。私はキルアさんの事はあまり知りませんが、彼の仕事ぶりを見て真面目で誠実だと思っていました。だから、彼が捕まったって聞いて何かの間違いだって思いました」
今まで一度だってキルアの仕事ぶりを見たことがない絵里。
顔色一つ変えずに嘘をつく絵里にすっかり伯爵は騙され信用してしまっている。
「誰かがキルアさんの部屋に毒を置いたってことは考えられませんか?」
「私もそう考えました。だが誰が置いたのか分からないんです。使用人たちは夜会には出ていないからそもそも毒殺自体が不可能だし、私も妻ももちろんそんなことはしていません」
「うーん……。キルアさんに婚約者は?」
「いません」
「なるほど……。わかりました。今日のところはこれで失礼します。私が必ずキルアさんの無実を証明します! なのであきらめず、キルアさんを信じてあげてくださいね」
「はい、お願いします。どうか、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる伯爵に見送られ、絵里とロベルトは馬車に乗り込んだ。
「少し街でも見ていくか? 城から出たのは初めてだろ?」
伯爵家の屋敷が小さくなる中、ロベルトが提案した。
「いいんですか?」
珍しいことに、絵里は少し遠慮がちだ。
「俺と一緒なら問題ない」
「じゃあ、少しだけお願いします」
気恥し気にお願いした。
「わあー、凄い! 賑わってますね!」
キラキラした瞳で絵里が歓声を上げる。
色とりどりの洋服や雑貨やアクセサリーや食べ物たち。
――行ったことないけど、フィリピンのストリートって感じ! 楽しいな!
純粋に喜んでいるその様子にロベルトは温かい気持ちになる。
「ロベルトさん! あのお菓子何ですか? すっごく美味しそう」
絵里が指さす方にある黄色い物体。
「ああ、それはナンシポールだ。ナンシという果物を砂糖でコーティングした甘い菓子だ」
食べてみろと言って、ロベルトが一つ買ってくれる。
「!! ありがとうございます」
ロベルトの優しい一面に触れ、絵里の心臓がトクリと音を立てた。
――なんだろ、この気持ち。顔が熱い……。
絵里がこの世界へやってきて約半年。
少しずつ、少しずつ、絵里も周りも変化する。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました!」
一時間ほど市を見て回り、初めてこの国の空気に触れたように感じた絵里。
はしゃいだ声で絵里がお礼を言った。
「俺も久々に息抜きができた。楽しかったぞ」
そう言って、口角を上げたロベルト。
分かりにくいが、あのロベルトが笑った。
――ロベルトさんが笑った! なんだか嬉しいな!
こうして絵里の初めての外出は幕を閉じた。
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