第二十九話 前世の友人は酒を手向ける
レオランドは街を一望できる丘を一人で歩いていた。酒瓶を片手に。
墓標が並ぶ公園は、魔法戦争で亡くなった者を追悼するために作られたものだ。
迷うことなく、中心の一番大きい墓の前に立った。
墓石には「セドリフ・ミラー」の名が刻まれている。「ミラー」とは「選ばれし者」という意味だ。名誉だと言われるが、王国によって英才教育を施された人は、家名を名乗ることが許されない。両親とは切り離されて、国に一生仕えるということで家名を剥奪されてしまうらしい。
何度もセドリフの墓に訪れているが、今日は家にある一番高い酒を持ってきた。
「セドリフ、飲め」
レオランドは酒を墓にかける。酒瓶の中身が半分になったところで手を止めた。
セドリフは酒の味を覚える前に亡くなってしまった。けれど、生きていたら一緒に酒を酌み交わすことができただろう。
レオランドは酒瓶に口を付ける。一口飲んで、丘から見える景色を眺めた。
(セドリフの生まれ変わりだから、ルナセーラのことが好きになったのだろうか)
レオランドは時の止まったバルコニーでの出来事を思い出す。
(いや、違う。俺は……)
──私はレオランドが好きなんです。
ルナセーラがそう言った瞬間、セドリフの影が消えた。どこか二人が重なって見えていたのに、ルナセーラの姿がはっきりとしたのだ。
(俺は、ルナセーラが好きだ)
「俺は、お前の生まれ変わりを好きになっていいのだろうか……」
もちろん返答はない。風が吹いて、木々を揺らすだけだ。
だが、墓で眠るセドリフに言葉が届いたような気がした。
☆☆☆
魔法学院の授業が終わって、城下町を歩いていたルナセーラは、遠目でレオランドだと気が付いた。駆け寄ると、空の酒瓶を抱えて座り込んでいる。
「レオランド、レオランド!」
顔を上げたレオランドの顔は真っ赤だ。かなり酔っているらしい。
「あ、あぁ……ルナセーラ」
「お酒臭い……。ちょっと、飲み過ぎじゃないの」
レオランドの吐く息に、鼻を摘みたくなった。
「俺の家、すぐそこなんだ……。連れて行ってもらえないか」
完全な酔っ払いだ。水でも飲ませた方がいいかもしれない。
「……わかりました。肩を貸してください」
ルナセーラにレオランドの体重がかかる。
(重っ……)
魔法騎士団の人がいれば助けを求めたいところだが、それをレオランドが望んでいるとは思えない。他の人には自分の弱さを見せない人だから。
「レオランド、どの家ですか?」
レオランドは話す気力がないらしく、頭を落としたまま指先で示す。
「あの家、ですね。もうちょっとですよ……」
レオランドから鍵を預かり、扉を開ける。
何も物が置かれていない、簡素な部屋だった。
取り敢えず、手を貸してレオランドをベッドに横たえる。
食器棚に入っているコップに水を汲んで、レオランドに差し出した。
「飲めますか?」
「……ありがとう」
レオランドは半身を起こしてコップを受け取ると、あっという間に一杯を飲み干した。
「もう一杯飲みますか?」
「大丈夫だ」
水を飲むと、レオランドは落ち着いたようだった。
「レオランド、どうして昼間からお酒を飲んでいたんですか」
「……今日は非番で、セドリフの墓に行っていたんだ」
「セドリフの墓!?」
複雑な気持ちになるので、ルナセーラはセドリフの墓に足を運んだことがなかった。
魔法戦争で亡くなった者が集団埋葬されていることは知っている。セドリフの恩師のジャハルの墓もあるはずだ。ジャハルは戦争の前線で戦って命を落とした。
「セドリフの墓で酒を飲んだ」
「そ、そうだったんですね」
前世の自分の墓の前でお酒を飲んだと聞いて、ルナセーラは反応に窮した。
「墓参りに行くと、沢山の犠牲があったからこそ今があると自覚するんだ。俺は、先人に恥じぬように生きないといけない」
「……レオランドは十分立派です」
「それは、セドリフが言っているのか。それとも、ルナセーラの気持ちか?」
レオランドはルナセーラの瞳を射抜いてきた。
ルナセーラはレオランドの言葉を噛みしめるように考えた。正体を知ったレオランドから、何度か問いかけられた疑問だ。
答えはもう決まっている。
「セドリフがどう思うのか、私にはわかりません。私がそう感じるから言っただけです」
ルナセーラは負けじと見返した。すると、レオランドはクッと声を上げて笑った。
「意地悪を言ってすまなかった。どうやら俺はルナセーラを困らせたいらしい」
「……どうして私を困らせたいんですか」
「反応が面白いからだ」
「それ、ひどい!」
ルナセーラは頬を膨らませる。
「俺はルナセーラが好きだ。最初はどこかセドリフに似ているから気になったのかもしれないが、ルナセーラの反応や笑顔に癒された」
「私もレオランドが好きです。……セドリフの時にはなかった感情で、前世がなかったとしてもレオランドのことが好きになったのではないかと思います」
レオランドの熱意に負けた形だったが、いつの間にかレオランドでいっぱいになっていた。彼は魅力的で、知れば知るほどレオランドの好意で頭の中が詰まっていく。
「俺のことが好きなら、形にして示してくれないか」
「か、形にして……?」
また、レオランドはルナセーラを困らせる。
「レオランド、酔ってるんじゃないの?」
「もう、酔いは覚めた」
本当かはわからないが、レオランドの顔の赤みは引いている。
レオランドは長い睫毛をそっと閉じた。
(待って、待って……すごくドキドキする)
ルナセーラは顔を近づけると、悩んだ末にほっぺたにキスを落とした。
レオランドが目を開けると、残念そうな顔で見てくる。
「おじさんだと思ってバカにしているだろう」
「していないですって。レオランドはおじさんじゃありません」
「そ、そうか……」
まんざらでもないレオランドの表情。
レオランドがおじさんではないのは本当だ。年齢は確か三十二歳だったけれど、二十代後半くらいには見える。
「とにかく。俺は、ルナセーラに好かれていればそれでいいんだからな」
「安心してください。レオランドのこと好きですよ」
「そ、そうか……」
ルナセーラの屈託のない笑顔を見たレオランドは、毒気が抜かれたように笑みを漏らした。




