第二十八話 前世の友人と対面する
次の魔鳥のお世話の日。回廊を進んでいき、行き慣れた魔鳥の管理部屋の前に立つ。
「お邪魔します。……っ!」
今回も魔法騎士団の部下のリックが、付き添ってくれるのかと思いきやレオランドが腕を組んで立っていた。
ルナセーラが部屋に入ると、レオランドは部屋の鍵を閉めた。防音管理が徹底されている部屋なので、周囲には聞かせたくない話をしたいのかもしれない。
「こ、こんにちは……」
「……」
何と言ったらいいのかわからず挨拶をすると、レオランドは黙り込んでしまった。
(気まずい……)
顔を上げてレオランドを見ると目が合う。ルナセーラは顔を覆いたくなった。
(前世がセドリフだったとバレているわけで……ってことは婚約解消? いや、婚約は魔法学院を卒業してからだから、そもそも婚約する前だけれど)
「ルナセーラ。いや、セドリフと言った方がいいのか? ……俺は正直のところ、どのように接したらいいのか戸惑っている」
レオランドと同感だ。でも、レオランドの言葉で訂正したいことがある。
「……私は、セドリフじゃありません」
「前世の記憶があるのならセドリフだろう」
「記憶があったとしても、別人です」
口先だけで言っているだけで、何も根拠はない。レオランドは首を傾げて納得していないようだ。
「第一、私はセドリフのように強くありません。あんなに莫大な魔力は持っていません」
「そうだな、確かにルナセーラからは巨大な魔力は感じない。でも、セドリフの記憶を持っている」
「たとえ、前世の記憶があったとしても私の意思で動いています」
「どういうことだ」
「私自身は、別の人間です。セドリフの記憶があったとしても……」
レオランドが好き。それを言おうとしたら、防音されているはずの扉のノック音が響いた。
数回叩く音がして、ただならぬ気配を感じたのか、レオランドは鍵を解除する。
焦った様子の魔法騎士団の団員が立っていた。
「レオランド様! 王女様が……!」
「マリアーナがどうした!」
「バルコニーから落ちそうになっています!」
「何だと!」
どうやら話を聞くと、セドリフの使用済みのハンカチが風に飛ばされて取ろうとしたらバランスを崩したらしい。
王女の体力がいつまで持つかわからない。一刻を争う。
ルナセーラは個人的な判断で魔法を使うことにした。後でレオランドに怒られるかもしれないが、これが最善の方法だ。
『アーリア! 時を止めて!』
心の中で念じると、魔鳥はコクリと首を縦に振り、一つ鳴いた。
レオランドは今にも走り出そうと、足に力を入れたところで止まった。
景色は灰色で塗り固められた。城も人物も灰色になっている。
完全に時が止まった。
鳥籠の鍵を開けると、魔鳥はルナセーラの肩に止まる。
「ありがとう。たくさん魔力を使うのにごめんね」
優しく撫でると、魔鳥は首にすり寄ってきた。
ルナセーラは灰色になったレオランドの前に立つ。そして、覚悟を決めたように、レオランドの灰色の手に触れた。
すると、手には血色が戻り、魔法騎士団の団服には色が付き、サラサラとした金髪と碧い瞳に力が宿った。
レオランドは走り出そうと片足を上げた状態だったが、地面に足を振り下ろす。
「なっ……」
異変を感じたようで、レオランドは固まった。
団員の姿や回廊の景色が灰色になっていることに戸惑いが隠せないようだ。
「レオランド」
ルナセーラの声に、レオランドは反射的に振り向く。
「どうなっているんだ……」
「アーリアに時を止めてもらいました」
「そうか、セドリフは魔鳥と意思疎通できたんだったな……」
セドリフの能力を思い出して、レオランドは納得したようだった。
(私はあれほどセドリフじゃないって言っているのに、レオランドはわかってない)
セドリフの名前を強調されて、ルナセーラは苛ついてしまう。でも、セドリフの能力が使えるのは真実だ。
「説明は後です。二人で王女様を助けに行きましょう」
「わかった」
レオランドの後ろを走りながら、ルナセーラは補足説明をする。
「一つ注意があります。アーリアの魔法を解けると時が進んでいくので、助けるタイミングは一瞬です」
「ああ」
回廊を抜けて、王女様の自室に入る。バルコニーの扉は開け放たれていて、手摺の上に片手が見えた。もう片方の手は虚空に投げ出されているようだった。
バルコニーに立つと、下には何かを叫んでいる様子の使用人の姿が見える。
「作戦を考えましょう。私が手を掴むので、力のあるレオランドは腕を引き上げてください」
「わかった」
「他の人からは私たちが一瞬で現れたように見えるかもしれませんが、口裏を合わせましょう」
「そうだな。魔鳥の力が知れ渡っても困る、ということだろ」
「そうです」
これで準備をして、マリアーナを救出するのみ。
でも、ルナセーラはレオランドに一言を付け加えたくなった。なぜこのタイミングで言いたくなったのかはわからない。
「私が、セドリフでない理由は……レオランドが好きだからです」
「は?」
虚を突かれたようで、レオランドは目を見開く。
「もし私がセドリフだったら、レオランドには友情しか感じていなかったでしょう。でも私は、セドリフとは関係なく、レオランドのことが好きなんです」
レオランドの顔が赤くなって、口をパクパクさせている。こんな反応は新鮮だ。
「これ以上時を止めるとアーリアの負担が大きくなるので、時を動かしますね」
どさくさに紛れて言った。卑怯だが、この方法ならレオランドにちゃんと言える気がした。
「待ってくれ、俺にも言わせてくれ」
「どうかしましたか?」
「いや、後でいい……」
レオランドは何かを言おうとしたが、魔力を消費していく魔鳥をチラリと見て言葉を飲み込んだ。
ルナセーラとレオランドは定位置に着く。
「アーリア。時を動かして!」
『承知しました』
レオランドは王女様の腕を握り、ルナセーラは王女様の手を掴む。そして、手足に力を込めた。
アーリアの声と同時に、景色が戻り始めた。
「王女様、大丈夫ですか!」
「あ、レオランドがいる!」
バルコニーの下から声が聞こえてくる。
「くっ……」
レオランドの手に力が込められると、マリアーナの体が持ち上がってきた。ルナセーラも引き上げを必死に手伝う。
腕、胴、足と順番に持ち上がると、レオランドは自身を下敷きにして王女と一緒にバルコニーに倒れ込んだ。ルナセーラは王女の様子を確認する。浅く息を繰り返しているが、意識はある。
救出劇に周囲に安堵の声が広がった。二人が一瞬で現れたことについて、疑問を持つ者はいないようだった。
レオランドは王女をお姫様抱っこで運ぶと、ベッドに横にさせる。
「ありがとうございました」
ルナセーラがお礼を言うと、レオランドは一息ついた。
「助かった。こちらこそお礼を言いたい」
力を使い切った魔鳥はルナセーラの腕の中で眠っている。けれど、ルナセーラが告白したことを、後になってうるさく言われてしまうかもしれない。
束の間の平穏だった。
魔鳥の部屋が開けっ放しでもぬけの殻になっていたが、レオランドがどさくさに紛れて混乱を沈めたようだった。




