第二十三話 二番目の男
「ルナセーラ、無事か!」
「……っ、レオランド……」
喉から思いの外、か細い声が出た。追跡魔法を見つけて追いかけてきてくれたんだと、安心感が満ちていく。
レオランドがラドナを睨み付けると、ラドナは叫んだ。
「近づくな!」
ルナセーラに何かを首元に突き付けてくる。ヒヤリと冷たい感触だった。
(ナイフ……)
レオランドの顔色が変わって、立ち止まる。
「やめてくれ。俺の大切な人なんだ──」
「君がいると、ジョルシュが一番になれない。ジョルシュの未来が潰れてしまう」
レオランドの言うことに耳を貸さずに、ラドナは熱に浮かされたように同じ台詞を繰り返した。
☆☆☆
「今日は一番になれたか、ジョルシュ」
弟子が帰宅するなり、声を掛けたのは師匠であるラドナ・モータリスだった。
ジョルシュは浮かない顔をした。
「いいえ、師匠。僕は一番にはなれませんでした」
ラドナはピクリと眉を動かす。
「何!? あれ程授業で一番を取るようにと口を酸っぱく言っていると言うのに、わからないのか!」
師匠から怒られるとジョルシュにはわかっていたが、どうにもならなかった。
レオランドが先生としてやってきたこの日、ジョルシュは魔法に力が入り過ぎて暴走してしまったからだ。一番になりたいと強く願ってしまったからこその失敗だった。
「つい剣に魔力を流し過ぎて、暴走させてしまったんです。同級生のルナセーラが止めてくれなかったら、危うく人に怪我をさせてしまうところでした」
「……ルナセーラ。入学試験を首席合格したルナセーラ・シリングスのことだな」
ラドナは弟子の首席合格を阻んだ、ルナセーラのことを目の敵にしているようだ。
「はい。彼女のおかげで暴走を止められたんです」
ジョルシュは感謝の気持ちでいっぱいだった。たとえ一番になれなくとも、人を傷付けなくて済むなら、それで良かったのではないかと安堵していた。
その甘い気持ちがラドナの怒りに火を注ぐきっかけになるとは知らずに。
「何を言っている! ジョルシュの魔法の上から、ルナセーラの魔法をかけられたというのは、ジョルシュの魔法が劣っているということだ。助けられたのではない、負けを認めさせられたのだ!」
「そんなことはないです、師匠。ルナセーラが止めていなければ、他の誰かを傷つけていたかもしれないのです」
「言い訳は聞きたくない。一番でないと意味がない! 反省文を書いてこい!」
ラドナは聞く耳を持たずに、ジョルシュを追い払った。
しかし、ジョルシュは自分のことを第一に考えてくれているからこそ、怒っているのだとわかっていた。
「……ルナセーラ・シリングス。かつての私がセドリフに潰されたように、私の弟子の将来を傷つける存在になるのではないか」
ラドナはかつてセドリフと同じ魔法騎士団に属していた。
すぐ近くにいるからこそ、セドリフの類稀なる才能を感じ取った。
ラドナの年齢の方が下ならば、まだ諦めがついたかもしれない。
しかし、年齢は五歳もラドナの方が上だった。
──いつも、ラドナは二番目だな。
──二番目の男って言われるの辛くない?
魔法騎士団に入ると訓練や任務での成績がついて回る。
天才がいるせいで、ラドナは周囲から憐みの目で見られることになった。肌で感じる圧倒的な力量の差が、ラドナを苦しめていく。
セドリフは魔法戦争で命を落とした。戦争が終結したことよりも、比較対象がいなくなったことに安堵した。「二番目の男」と呼ばれることはもうなくなった。
魔法戦争で右手を負傷したラドナは、魔法騎士団の現役を引退すると、今度は優秀な魔導士の育ての親になることを生業にした。
ジョルシュは魔法の勘のいい弟子だ。ラドナの厳しい指導にも耐えられる自慢の弟子だった。
弟子をトップの成績で入学させることができたら、国から報奨金がもらえることになっていた。ところが。
「ルナセーラが首席合格したせいで、ジョルシュは二番目だった……」
ラドナが二番目の男だと揶揄された不遇の時代。弟子にも同じ思いをさせてしまうのか、という恐怖が心を占めていく。
「ジョルシュを二番目の男にさせるまい。……どんな手段を用いても」
灰色の瞳に怪しげな光が宿る。
ラドナの心からは、善意の区別が失われつつあった。




