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第十八話 セドリフと師匠(過去)

※出血描写があります。苦手な方はご注意ください。


 この国に生まれた赤ん坊は一歳になると、魔力量の検査が行われる。国民の義務になっているが、表向きはただの健康診断だと思われているため、強い魔力を持つ者しかその事実は広く知られていない。


 現在から遡ること二十九年前。

 国によって行われる一歳児検査では、多くの母子の列ができていた。


「セドリフ・ロイゼンですね。こちらの測りにお乗せください」


 指示を受けて、名を呼ばれた子の母親が体重計に赤ん坊を置く。黒髪に紫色の瞳の男児だ。

 母親から離れたことで不安になったのか、赤ん坊は「ふああぁ……!」と声を上げて泣き出す。


「ご、ごめんなさい……」


 泣き止ませようと、母親は赤ん坊を抱き上げようとした。しかし、検査員の者たちの視線が、測りの裏面を見て固まっていることに気付く。


「針が振り切っているぞ……」

「ありえない……」


 信じられないといった様子で、検査員は小声で囁き合っている。

 測りには体重が表示されていて、重さは特に異常はない。赤ん坊の平均的な体重だ。


「あの……私の子に何か?」


 異様な雰囲気を感じ取った母親は、検査員の一人に話し掛ける。

 本能的に返事を聞いてはいけないとわかっていたが、不安を払拭するように身を奮い立たせた。


「それは……」


 不憫な親子を見るような視線が、検査員から投げられる。


「セドリフ・ロイゼンの母親は貴方だな」


 奥から髭面の男性が魔法騎士団のマントをひるがえしながらやってきた。


「あ、はい……」


 ようやく状況を説明してもらえると、母親は安堵の表情を浮かべる。

 だが、男が口を開くと母親の顔は凍りついた。


「貴方には子がいなかったと思ってもらいたい」


「え、どういうこと……?」


「これからは国がこの子を育て上げる。魔力が測りを振り切るくらいに大きい。素晴らしい魔導士になるだろう」


「魔導士……?」


「さぁ、この赤ん坊を運べ」


 するべきことがわかったようで、検査員は動き始める。測りに乗った赤ん坊は検査員に抱き上げられた。赤ん坊は再度、泣き始める。


「待ってください!」


 手を握り締めて母親は叫んだ。


「国の決定を変えることはできない。どうしたのか」


 母親は淡々と聞いてくる男の瞳をじっと見つめた。


「少しだけ、息子を抱かせてください。お別れを言わせてください。お願いですから……」


「それは許されない。すぐ引き渡すことが国の規則だ」


 母親が眉を上げて男を睨み付ける。


「……貴方も子どもの親くらいの年齢だからわかるでしょう? せめてお別れを言わせて頂戴!」


 魔法によって声は遮断されていたが、男は騒ぎを大きくしたくないらしい。

 母親の懇願を無視できなかったようで、男は「フン。少しだけだぞ」と素っ気なく言った。

 男は赤ん坊を持った検査員に声をかける。検査員は訝しげな表情を浮かべた。


「すぐに母親と引き離すことが国の決まりですが──」


「今日は守らなくていい。俺が許す。赤ん坊を貸せ」


 男が赤ん坊を慣れたように抱き上げると、母親に引き渡した。

 赤ん坊は母親の胸の中に収まるとニコッと笑う。


 母親が涙を浮かべながら、優しく抱き締めると、赤ん坊は安心したように眠った。

 セドリフが母親に抱き締められたのはこれが最後だった。


 ☆☆☆


 セドリフが十歳になると、自分に両親がいないことにコンプレックスを感じるようになっていた。

 毎日師匠について勉強の毎日だったが、おつかいで街中に出た時に親子連れを見かけると両親がいないことの疑問がふくれ上がる。


「僕の両親ってどんな感じの人だったんですか。ジャハル師匠は母に会ったことがあるんでしょう?」


 セドリフの瞳には聡明な光が宿る。

 顔の下半分が髭に覆われた、ジャハル師匠と呼ばれた男は首を振って厳しい目をした。


「……国が父であり母だ。何不自由ない生活をしていて、これ以上に何を望む」


 何も聞くなという合図だ。セドリフは師匠の一睨みで怯んだ。


「何も望むものはなかったです。すみません……」


 生活には不自由しなかったし、教えてもらえる魔法は魔法騎士団でも羨ましがられる程の技術だ。これ以上は望むものは何もない、とセドリフは自分に言い聞かせた。


 それでも、本当の親の姿を一目見たいという好奇心がふつふつと沸いてくる。

 家族の元気な姿を見ることができたら、どんな勉強や訓練にも耐えられるような気がする。


(ジャハル師匠はぐっすり寝ている……よし)


 就寝前にジャハルが飲むお酒に、催眠効果のある薬を混ぜておいた。

 若干の罪悪感があったが、好奇心が勝ってしまった。

 庭に出たセドリフは夜風がヒヤリとするのを感じた。左右を確認する。


(誰もいない。いいぞ)


 セドリフは水道の蛇口をひねると、金属の樽に水を貯めていく。ある程度水が張ったところで止めた。

 小さな刃物で親指を傷付けると、血が滲んできた。高揚のせいか痛みは感じない。


(……っ)


 セドリフは自分の血を数滴落とす。波紋が広がる。水面に手を(かざ)すと、さらに揺れが大きくなった。


 これは、血縁者の姿を見ることができる魔法。セドリフが秘密裏に開発した特別な魔法だ。

 水面に写し出されたのは、両親の元気な姿と、その後誕生した妹の姿だった。


 やっと出会えた。

 歓喜が身体中を巡っていく。

 もっと両親の顔を見たい。妹の可愛い顔をじっくりと見たい。

 顔を近づけていくと、水面には仏頂面の髭面の男が映っていた。


「や、やばっ!」


 ジャハルだ。手を離して映像をすぐに消すが、もう遅い。魔法の最中で見つかってしまっては言い逃れはできない。


「何をやっている!」


「こ、これは……」


「催眠薬で眠っているとでも思ったか? コソコソ何かをしているのはお見通しなんだよ!」


 ジャハルの怒鳴り声が、セドリフを現実に引き戻す。


(もしかして……全部、師匠にバレてた?)


「物見の魔法だな。自分で魔法を発動できるとはさすが天才だ。だが、国に管理されている魔導士は物見の魔法が禁忌とされている。守りたい存在ができてしまうからだ」


「……ごめんなさい」


「わかればいい。今後二度とするな」


「わかりました」


 ジャハルの監視下でセドリフは寝室まで戻る。


 セドリフが寝静まったのを確認したジャハルは、居間の定位置で酒を一口すするとニヤッと笑った。


()()()()()()()()()酒はうまい! さっきの酒は目が覚めちまった。……これでよく眠れそうだ」


 酒樽ジョッキ一杯分しか飲んでいないのに、ジャハルの頬は紅潮している。

 酒が弱いのに、酒好きなのがこの男だった。

 普段はおしゃべりではないものの、お酒が入ると饒舌(じょうぜつ)になる。独り言ではあるが。


「師匠を(あざむ)こうとするとは、成長したということなのか?」


 その問いに答える者はいない。ジャハルはどこか苛ついたように頭をかいた。


「まったく、一丁前になりやがって……」


 セドリフと初めて出会ったのは魔力選別の時だ。魔力の高い赤ん坊は、国に引き渡されて英才教育を受けることになっている。


「ガキが一人増えて幸せそうなことだ。セドリフの母親は、あいつと同じように諦めの悪い女性だったな……」


 セドリフの魔法から見えた母親は、相変わらず勝ち気な顔をしていた。

 意思の強い瞳がセドリフと重なって、ジャハルは笑みを漏らした。


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