第25話 過去の亡霊
窓から差し込んだ陽の光が開いたノートにかかる。
俺はカーテンを半分閉めると、机に座る日南の後ろ姿に目をやった。
静かな部屋の中、ノートの上を走るシャープペンシルの音がサラサラと響く。
有言実行というべきか。
朝から俺の部屋に押し掛けてきた日南はノートのコピーを俺に放ると、無言で数学の宿題を写し始めた。
脚を組み、気怠げに机に向かう日南の姿。
その光景が寝起きの頭にボンヤリと染みて来る。
「……なに? じろじろ見て」
「いや……なんでもない」
―――自分の中で、昨日の校長室での出来事がまだ消化しきれていない。
半ば予想していた夜縁の登場と、予想だにしなかった話の流れ。
全てYu-noが書いた筋書きの通りだったのだろうか。
それとも、夜縁の作った流れに校長が乗ったのか……?
気になるといえば唐澤と赤羽先生の盗撮写真もそうだ。
唐澤によれば、写真は練習試合で遠征に行った時の光景らしい。
脇の甘さに呆れるばかりだが、問題はそこではない。
知り合いも居ない場所で写真を撮られるということは、剣道部の誰かが絡んでいるはずで―――
ふと、視界の端にチカチカ光るLEDの灯りに気付く。
パソコンのHDDのアクセスランプだ。
俺は身を乗り出すと、机のマウスをクリックする。
「ちょっと邪魔なんだけど」
「ごめん、パソコンがスリープになってたみたい」
デスクトップ画面がモニターに映る。その上に取り付けたカメラのレンズに思わず目が留まる。
俺の視線を追った日南が楽しそうに口元を緩めた。
「あら、私を盗撮でもするつもり?」
「その手もあったね。高くつきそうだし遠慮しとくよ」
「賢明ね」
日南は上機嫌に俺の頬を指先で軽く摘まむ。
……いつもの日南の気まぐれだ。
「バスの時間だから先に行くよ。ノートは学校で返して」
「構わないわ。車に乗って行きなさい」
「……君と一緒に?」
「安心なさい。朝からがっついたりしないわよ」
今度は俺の髪を指先で弄ぶ日南。
俺は気にせずパソコンをシャットダウンする。
「隣が怖いなら、そうね。うちの車、トランクも居心地良いのよ」
「いいね。そのトランクは一人乗り?」
宿題を写し終えた日南はノートを閉じると、からかうように笑って見せる。
「安心して。先客は降ろしとくわ」
――――――
―――
夢うつつに授業を過ごしていると、いつの間にか昼休みだ。
物思いに耽りながら教室を見回していると、唐澤がガタガタと音を立てて机を寄せてくる。
「啓介、何やってんだよ。昼飯食おうぜ」
「悪い。ちょっとボーっとしてた」
啓介、か。いつの間にか呼び方まで変わっている。
俺は苦笑しながら昼飯を取り出した。
「お前、昼飯がパン一個だけで足りるのか? 俺のオカズやろうか」
「大丈夫だって。俺、唐澤と違って帰宅部だから」
「大体細過ぎだって。お前も剣道部に入れよ。俺が一から教えるぜ?」
帰宅部がいきなり全国8位から個人指導だ。さすがに振れ幅が大きすぎる。
笑いながら断ろうとしたが、唐澤の表情は真剣だ。
こいつ、本気で俺を勧誘しているのか。
「ちょっと俺、忙しくて―――」
「なんか二人仲良過ぎだよね。怪しくない?」
言いながら机を寄せてきたのはクラス委員の相浦七美だ。
気取ったところの無い性格で、男子よりもむしろ女子に人気がある。
「ばれちゃあ仕方ない。な? 啓介」
「……ノーコメント。な、一輝」
冗談で返すと、相浦は明るく笑う。
「いやそれ、完全に認めちゃってるじゃん」
唐澤の周りには男女を問わず人が多い。
体育会系のノリなのかは分からないが、日南の周りの値踏みするような人間関係に慣れていた俺には新鮮だ。
ふと、こういった奴らと混じって屈託無く笑いあう日々を想像する。
……いや。
想像ではなく、俺も望めばこの仲間に入れるのだろう。
日南と距離を取り、周りの人間ときちんと関わって。
それを大事にしながら生きていく―――
俺は自嘲気味に笑いながらペットボトルの蓋を開ける。
無意識に日南の姿を探している自分に気付いたからだ。
「どうした啓介。さっきからなんか上の空だぜ」
「なんでも―――」
言いかけた俺はここ最近感じる視線の主を視界に捉えた。
……いや、正確には唐澤に向かう視線だ。
視線の主はスマホを片手に教室を出ていこうとしている。
俺はそれを追う様に立ち上がる。
「啓介、どこ行くんだ?」
「……悪い、ちょっと用事ができた。二人は先食べてて」
――――――
―――
屋上へ続く階段の踊り場。
物陰に隠れるようにスマホを触る姿に向かって、俺はゆっくりと階段を上る。
クラスメートの三井。
日南の取り巻きの一人で、トイレで俺に絡んできたことが遥か昔のような気がする。
それがきっかけで唐澤と仲良くなったのだから、人生何が起こるか分からない。
俺の姿に気付いたのか。
三井はこれ見よがしに舌打ちをする。
「ちょっといいかな。話があるんだ」
「俺はねーよ。話しかけんな」
……まあ、予想通りの反応だ。
前回の邂逅では結果として唐澤と二人掛りでやり込めたのだ。仲良くお話、なんてなる訳ない。
「頼むよ、唐澤の件でさ。ちょっと頼みがあって」
―――これは賭けだ。
何か証拠や確信があるわけではない。
むしろ、下手に手を出して警戒をされたら元も子もない。
「断る」
三井はスマホから目も上げずに答える。
素っ気ない態度の中、さっきまでスマホを触っていた指が止まっているのに気付く。
……こいつは俺の話に興味を持っている。
俺はそう確信すると、気弱な表情を作って階段の途中から三井を見上げる。
「こないだは三井に先越されたけどさ。次からは俺と組んでくれないか?」
「……は?」
ようやく顔を上げた三井は俺の顔を怪訝そうに睨みつける。
「何の話だ?」
「だからさ……唐澤のこと、三井も頼まれたんだろ?」
次に三井の顔に浮かんだのは―――迷いだ。
「マジでお前、ここから消えろ。そろそろ殴られても文句言えねーぞ」
強い言葉にも関わらず、探るような視線を俺の顔から外さない。
俺がどこまで知っているのか、どうにかして読み取ろうとしている。
……舞台に乗ってきた。
俺は奴に気取られぬように頬を緩める。
「頼むよ、金に困ってるんだ」
「知らねーよ。ご主人様に恵んでもらえよ」
「お嬢様だけあって、飼い犬の財布にも無頓着なのさ。急な呼び出しでタクシー使うこともあるし大変なんだよ」
三井は黙ったまま俺の顔から視線を外さない。
まず最初に弱みを見せる。
相手にマウントを取らせた上で“お金”という分かりやすい理由を見せつける。
……一瞬、三井の表情から警戒が解ける。
奴は興味がないふりを装い、スマホに視線を戻す。
「何の話か分かんねえけどさ。仮にお前と組んで俺に何の得があるんだ?」
三井の口からようやく出てきた探りの言葉。
……俺の予想が当たりつつある。
何故か東京で会ったもう一人のYu-noを思い出した。
達観したような彼女の瞳は諦めにも似た色を宿していて、何故か俺に薄紫色のイメージを伝えてきた。
日南、夜縁―――それにYu-no。
彼女達に比べたら、三井とのやり取りは児戯にも等しい。
俺は気弱な表情のまま言葉を継ぐ。
「三井は剣道部だから色々と情報が入るだろうけどさ。唐澤とは仲が良くないだろ」
「大きなお世話だ」
「―――俺は唐澤と仲がいい。組んでも損は無いぜ?」
その言葉に三井は驚きを隠そうともせずに顔を上げた。
「……お前、最低だな。友達を売ろうってのか」
「撮られて困ることしてる方が悪くないか?」
……俺もとんだ小悪党だ。
こんな演技が平然とできる自分に呆れながら、俺は階段を上る。
「分け前も半分とは言わないって。報酬の3万の内、俺の分け前は1でいいからさ」
「……1?」
次に奴の顔に浮かんだのは―――打算。
もし……俺の予想が当たっていれば。当たってしまえば。
報酬はこれよりずっと多い。
三井の頭が損得を弾き終えたのか。
奴はスマホの画面に目を落とすと、俺を追い払う様に手を振った。
「お前が言ってること全然分かんねえけど。金に困ってんなら、なんかいい話があったら使ってやるよ」
「助かる。よろしく頼むよ」
俺は背を向けてその場を立ち去る。
……今の会話ではっきりした。
例の写真を誰が撮ったのかには興味がないし、重要なのはそこではない。
三井の奴は誰かに頼まれて盗撮をした。
言い換えれば―――誰かが奴に盗撮を頼んだ。
誰かが。
――――――
―――
教室に戻ると唐澤が俺に手を振ってくる。
「なんだよ。あんまり遅いからお前のパンも食っちまおうと思ったぜ」
「悪い、ちょっと急ぎの用でさ」
席に戻った俺に相浦が身を乗り出してきた。
「南原聞いてよ。さっき唐澤の奴―――」
「お前言うなって!」
じゃれ合う二人を見ながら、俺は遅めの昼食にとりかかる。
「はいはい、ごちそうさん。食べる前に腹いっぱいになるって」
……ったく、赤羽先生に告げ口するぞ。
俺は笑いながらパンの包装を破る。
何気ない会話。
笑い声。
教室の雑多な喧騒の中。
とって付けたような笑い声と歓声が微かに聞こえる。
……誰かが動画サイトでテレビ番組でも見ているようだ。
特段、気にするようなことではない。
意識に登るまでもなく通り過ぎるはずの背景音。
その何気ない雑音に俺の身体が固まった。
頭の中に一瞬遅れて届いたのは、聞き覚えのある言葉の断片。
―――茅――崎――サです――
「っ!」
俺は反射的に立ち上がる。
教室はいつも通りの光景だ。
クラスの連中は思い思いに昼休みを過ごしている。
……空耳だろうか。
日南やその取り巻き達が教室にいないのを確かめると、俺は椅子に座り直す。
「啓介、どうした?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと呼ばれた気がして」
……少し神経質になり過ぎだ。
俺は明るい笑顔を作りながら、味のしないパンに齧りついた。
――――――
―――
外も暗くなり、少し風が出てきたようだ。
窓のサッシが音を立てて揺れている。
俺は窓から向かいの老夫婦の家を眺める。
……ほんの3年前までは一緒に息子夫婦が住んでいて、窓を開けると賑やかな笑い声が聞こえてきた。
今では二階は使われておらず、窓は締まりっぱなしだ。
俺は目を伏せながらカーテンを閉める。
椅子の背もたれに身体を預けながら、見慣れた天井を見上げる。
ここまで来たら認めざるを得ない。
―――Yu-noは嘘をついている。
俺とYu-noの間には、小さな嘘から大きな嘘までが幾重にも重なっている。
Yu-noとの関係が変わったのは―――言うまでもない。
日南との関係に終止符を打とうと、Yu-noと動き始めてからだ。
最初は恐る恐る、そして言われるがままに振る舞っていた。
Yu-noの無邪気な悪意が、壁の染みの様に周りに侵食していくのを、黙って見ていたのは―――俺自身だ。
痛み出した頭をごまかすように掌を額に当てる。
……そろそろYu-noがネット上に現れる時間だ。
パソコンの電源を入れようとして、止めるのを繰り返す。
3度目。指を下ろした俺の耳に、スマホが小さく震える音がする。
……最近あまり使っていなかったアメピグのアプリに通知が来ている。
そういえばYu-noと電話番号を交換して以来、一度も立ち上げていない。
懐かしさすら感じながらアプリを立ち上げる。
アメピグの部屋を訪れるのは久しぶりだ。
俺の部屋を再現した、他任から見れば何の変哲もない空間、
アプリが立ち上がった途端。
俺は息を呑んだ。
部屋の様子が一変している。
全ての家具が撤去されて部屋の中は空っぽになっている。
その代わりと言っていいのか。
床や壁の全てが燃えるような真っ赤な色に染まっている。
そして俺のアバターは白い和服に身を包み、空っぽの部屋にポツンと立っている。
この光景の意味を考えながら画面を眺めていると、赤い床がごそりと蠢いた。
……?
いや、動いたのは床じゃない。
部屋の中に全身赤ずくめのアバターがいる。
Yu-no『今朝は随分と お楽しみでしたね』
Yu-no『朝チュン ってやつ?』
顔までも赤い仮面で覆ったアバターがフラフラと歩き出した。
様変わりした部屋。
会うなり不機嫌ににじり寄ってくる異装のアバター。
どうやらYu-noはご機嫌ななめだ。
Keisuke『日南が部屋に来るのは前からだよ』
Keisuke『このあいだはYu-noも一緒に声を聴いたよね?』
Yu-no『前から今朝みたいに イチャついてたっけ?』
―――今朝。
確かに今朝の日南はやたらと上機嫌で、俺にちょっかいをかけてきた。
だが、そのことを知っているとしたら―――
Keisuke『見てたの?』
その言葉を送った途端に後悔が襲う。
Yu-no『へえ やっぱり』
Yu-no『イチャついてたんだ』
Yu-no相手に詰まらない失点だ。
思わず舌打ち。
Yu-no『朝からお盛んね ちょん切っとく?』
Keisuke『そうじゃない。からかわれただけだよ』
……Yu-noの機嫌は収まりそうもない。
ここは下手に構うとこじらせる。
Keisuke『大体、なんで日南が来たって知ってるの? 言った覚えないけど』
Yu-no『ヨスヨスに 聞いたよ』
……夜縁に?
彼女なら日南の動向が分かるのは当然だが……これじゃまるで夜縁がYu-noのスパイだ。
靄のような不安が俺を覆う。
Yu-no『昨夜 Keisukeに電話もらって』
Yu-no『あの女 浮かれてたってさ』
俺の電話に浮かれる日南。
……にわかに想像がつかない。これもYu-noのブラフの一つなのか。
俺は慎重に返事を打つ。
Keisuke『ただ授業の話をしただけだよ』
Keisuke『この前、授業に出られなかったからね』
……嘘だ。
彼女に電話をした理由は声を録音するためだ。
授業もノートも取って付けた言い訳に過ぎない。
俺の言葉をどう受け取ったのか。
Yu-noのアバターは、じっと黙り続ける。
Keisuke『Yu-no?』
Yu-no『Keisuke なんかさ』
Yu-no『ちょっと 違く ない?』
違う?
どういう意味だろう。
アプリを通じてのじれったいやり取り。
赤色に包まれたYu-noのアバター。
直接会って話が出来ないことが今回ばかりはじれったい。
Yu-no『学校生活 うまくいってて』
Yu-no『あの女への制裁とか どうでもよく なってない?』
Yu-noの言葉に一瞬息が止まる。
……制裁。
そう。
そのためにYu-noと今まで行動してきた。
例えハリボテだとしても、日南と向き合えるくらいの社会性の鎧を身に着けた。
息が詰まろうと心臓が止まろうと。
今の自分は日南と正面から向き合える。
後は日南と決別し、自分を取り戻せばそれで全てが終わるはず。
俺は大きく息を吸うと、想いを込めて言葉を紡ぐ。
Keisuke『Yu-no 君には感謝してる』
Keisuke『君のおかげで自分に自信が持てた。自分自身に足りない物にも気付けた』
Keisuke『そして自分の本当の願いにも気付けた』
Yu-no『本当の 願い?』
Keisuke『自信を持てる自分になって、Yu-noと向き合いたい』
Keisuke『Yu-noとこれからも一緒に居られる自分になりたい』
Keisuke『Yu-no これからも俺と一緒に居て欲しい』
全ての言葉を吐き出した。
Yu-noに伝えるべき全てを。
心臓の鼓動が身体を伝わり、耳の中に響いてくる。
Yu-noのアバターが赤い仮面を外す。
いつもの猫耳フードに変わったYu-noは、俺の前にちょこちょこと歩み寄る。
Yu-no『嬉しい』
Yu-no『嬉しい 嬉しい 嬉しい』
Yu-no『嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい』
Yu-no『ホント? ホントにこれからも 私と一緒に いてくれる?』
Yu-no『ホント? ホント? ホント?』
画面の中、次々とウィンドウが開き、部屋の様子が変わっていく。
赤い床が綺麗な薄緑のストライプ、壁が花柄のピンクに変わる。
次々と可愛らしい家具やベッドが置かれていく。
天蓋付きのベッド、猫足のタンス、二人掛けのソファ――
Keisuke『君さえよければ、一緒に居よう』
Yu-no『ホントだよ? 約束だからね?』
Yu-noは簡単な相手で無いのは確かだ。
年齢や素性すら分からない。
それでもこれから少しずつお互いのことを知っていき、いつかはちゃんと直接会って。
年齢や立場に隔たりがあるのなら、ゆっくりとそれを埋めていく。
その時、自分を満たしていた感情は―――安堵、喜び、希望。
そんな想いに包まれたのは思い出せないほど久しぶりで―――
Yu-no『じゃあ あの女』
Yu-no『早めに 片付けよう』
―――ほんの束の間だった。
Keisuke『え?』
身体の芯が凍ったように冷たくなる。
背中に汗がにじむ。
……まただ。
いつの間にか、落ちればただでは済まない綱渡りが始まっている。
そして今回は俺だけではない。
日南がそれと知らずに同じ綱の上に乗っている―――
Keisuke『日南とは距離を取る。それだけでもういいんだ』
Keisuke『君の想いは十分に受け取った。だからもうこれ以上、君に無茶はして欲しくない』
俺は綱の上で息を殺してYu-noの返事を待つ。
何が正解で、何が不正解なのか。
今となってはそこにどれほどの違いがあるのか分からなくなってきた。
Yu-no『私がどれだけ 準備してきたと思う?』
Yu-no『今まで ずっと あの女を消すために頑張って きたんだよ?』
その通りだ。
彼女が俺に対してしてきたこと。
その熱量、結果、決して小さなものではない。
Keisuke『ごめん。でも、そのおかげでクラスでも友達出来て。日南とちゃんと向き合って、過去を断ち切る覚悟ができたんだ』
Keisuke『感謝している。後は俺に任せてYu-noはこの先を見守ってくれないか?』
Yu-no『なに 言ってんの?』
Yu-no『主将さんと 仲良しにして あげたのも』
Yu-no『何が起きても クラスで孤立 しないよう』
Yu-no『Keisukeの ためを思って したんだよ?』
Yu-no『楽しい青春のため じゃないんだけど』
―――仲良しにしてあげた
今の会話で確信した。
絶望にも似た黒い感情がノイズのように思考を覆う。
……唐澤のことを学校に密告したのはYu-noだ。
三井の奴を雇って、唐澤を陥れた。
そして夜縁を利用して出来レースのようにそれを片付けた。
クラスカーストトップの唐澤を俺の味方にする、ただそれだけの為に。
Yu-noには目的以外の全てに価値がない。
唐澤と赤羽先生の苦しみも、もし失敗した時に二人が失う物の大きさも。
彼女には等しく意味は無い。
俺は思考の深みから足を引き出す。
……この話はこれ以上考えても仕方ない。
この先、Yu-noが唐澤に手を出す理由は無い。
Keisuke『ねえYu-no』
この先に継ぐ言葉に詰まる。
何を言ってもYu-noの心に届く気がしない。
……いや。最初からそんな言葉はありはしない。
Yu-noが自分の思い通りに動いてくれるような、そんな魔法の言葉は。
Yu-no『Keisuke 言ったよね』
俺の迷いに気付いたかのようにYu-noが言葉を重ねる。
Yu-no『覚悟 決めたって』
Yu-no『言ったよね?』
Yu-no『言っちゃったよね?』
Yu-no『覚悟 決めよ?』
そう言い残し、猫耳フードのアバターが姿を消した。
―――Yu-noはログアウトしました
可愛らしい部屋の中で立ち尽くす俺のアバター。
固まる俺が動き出すより早く、立て続けにスマホが震える。
ショートメールが届いている。
Yu-noからだ。
Yu-no『もう 私の手を 離れたし』
Yu-no『止まんないよ』
それを最後に。
Yu-noと連絡が取れなくなった。




