第18話 悪い子にしないで
Yu-noから送られてきたのは、着ぐるみと一緒に写っている俺と夜縁の写真。
……なぜYu-noがこれを?
混乱し始めた意識を繋ぎ留めると、俺は落ち着こうと大きく深呼吸をする。
まず考えられるのはSNSだが、夜縁は利用を家族から固く止められているはず。
彼女自身もSNSは使いたがらないはず。
残るはYu-noが夜縁から直接貰ったというところか。
Yu-noと夜縁はネット上の友人だ。
友達付き合いに不慣れな夜縁が、ネット友達に不用心に写真を送るのは不思議なことではない。
Keisuke『この写真 どうしてYu-noが?』
Yu-no『よすよすに もらったんだよ』
……予想通り。
ホッとするより、Yu-noと夜縁が思ったよりも近付いていることに不安を覚える。
Yu-no『よすよす 知り合いのお兄ちゃんと 遊びに行ったんだってね』
Yu-no『君のために 私がこんなに 忙しかったのに』
Yu-no『随分楽しそうに してたんだね?』
静かな怒りの気配。
こんな時は素直に謝るに限る。
……皮肉な話だが、日南との付き合いを通じて学んだ処世術だ。
Keisuke『ごめん 君との約束は 夜だと思って』
Yu-no『怒ってないよ? 夜縁は私の友達だから』
Yu-no『ただ 随分楽しそうだなー って思って』
指の先が無意識に机をコツコツ叩いているのに気付く。
……怒っていない。
そんなことを口にして、本当に怒ってなかった人を俺は今まで見たこと無い。
Keisuke『ねえ Yu-no』
慎重に言葉を選びつつ探りを入れる。
Keisuke『なんで俺の顔を知ってるの?』
俺は彼女と会ったこともなければ、画像のやり取りをしたこともない。
そして俺が知りたいのは答そのものではない。
彼女の反応だ。
Yu-no『勘だよ』
Keisuke『でも』
Yu-no『勘だって 言ってるでしょ?』
……引き時だ。これ以上聞いてはいけない。
俺はやたらと乾く口に水を流し込む。
Yu-no『夜縁の周りで 遊びに連れていってくれる年上のお兄ちゃん』
Yu-no『君の他 いないでしょ?』
……Yu-noの説明は筋が通っている。
確かに自分でもYu-noと同じ判断になるはずだ。
だけど、俺なら最初にこう聞くはずだ。
―――一緒に写ってるのって君だよね?
……って。
今のYu-noは“正解”を知っている人の口ぶりだ。
Keisuke『だよね 変なこと聞いてごめんね?』
Yu-no『分かれば いいの』
Keisuke『今起きたとこだから ご飯食べて シャワー浴びてきて いいかな?』
Yu-no『だね 私も お風呂入ろっかな ねえ?』
Keisuke『なに?』
Yu-no『のぞかないでね?』
Keisuke『窓の外に 気をつけて』
Yu-no『出歯亀だ! 逃げろ!』
―――Yu-noはログアウトしました。
俺は背中越しにスマホをベッドに放り投げると、背もたれに身体を預ける。
……軋む椅子の音を聞きながら、Yu-noと出会ってからの記憶を掘り起こす。
俺がこれまで彼女に知らせた個人情報は、秋野市在住の高校2年生ということくらいだ。
その他、リアルの世界で彼女と繋がったことと言ったら―――
―――先日の美容院と服屋だ。
俺は勢い良く身体を起こす。
美容院では確か、カルテ作成のために写真を撮られたはずだ。
個人情報が流出―――そんな言葉を思い浮かべて、俺は自嘲気味に首を振る。
出来上がりの写真をYu-noに送られるのは不思議じゃない。
美容院はYu-noが手配して、お金まで払ってるのだ。一般的には彼氏というよりヒモだ。
ノコノコと出向いておいて、まさか顔も知らない仲だとは思うまい。
Yu-noとしては勝手に俺の写真を入手したことを言い辛かったのだろう。
気持ちは分かる。むしろ、書類審査は合格と思えば朗報だ。
それより気になるのは、どうやら夜縁はYu-noに随分懐いているらしい。
俺とYu-noが知り合いだとばれたら、夜縁はどう思う……?
いつかは分かることだが、どのタイミングで言ったらいいのだろう。
……俺は物思いにふけりつつ、またも服の変わったアメピグのアバターを眺める。
ちゃんと今日の服装に合わせてお着替え済だ。こればかりは写真を見られたのだから仕方ない。
何気に部屋の調度品も増えている。掛け時計と姿見は前まで無かったはずだ。
さて、シャワーでも浴びて何か腹に入れようか。
立ち上がった俺は画面の中の光景に違和感を感じた。
……掛け時計と姿見。特に変哲の無い調度品だ。
俺の部屋と、置いてある場所まで一緒なのを除いては。
「……」
俺はアバターの部屋を改めて凝視する。
机、ベッド、タンスにパソコンまではまだ分かる。狭い部屋に詰め込めば、似たような配置になるのは当然だ。
ただ、時計や姿見、壁のカレンダーやポスターに至るまで俺の部屋と配置が同じだとか……
そんな事が有り得るのか?
偶然……? どうやって?
現実世界での彼女との接点。
俺はクローゼットを開けると、中から段ボールを引っ張り出す。
服屋から送られてきた荷物だ。
俺が宅配便の伝票を書いて控えも受け取った。
そのまま俺の家に送られただけで、何もおかしなところは無い。
段ボールに貼られた伝票を見てようやく気付く。
「俺の字じゃない……?」
自分で書いたはずなのに、他人に書き直されている。
更に記憶を呼び起こすと、書いたのは「着払い」の伝票のはず。
しかし、貼られているのは「元払い」伝票だ。
俺は店の番号に電話を掛ける。
『―――はい、ブランジェ・ディキュリェです』
「あの、先日そちらで洋服を見立てて頂いた南原と言います」
一瞬の間。
電話の向こう側から少し砕けたような声が聞こえる。
『ああ、あの時の。お洋服、いかがですか?』
「ええ、とても良いです。あの、それで一つ聞きたくて。買った時、宅配便の着払い伝票を書いたんですけど。届いたのが元払いだったので……代金を払ってないかと思って」
『えっと……少し待って下さいね』
保留音の“ジュピター”を聞きながら、頭の中を整理する。
あの場では宅配便の代金を支払っていない。
店の請求漏れかサービスでなければ……残りはあと一つ。
保留音が切れ、電話の向こう側に人の気配が戻る。
『思い出しました。あの直後、彼女さんから連絡を頂いて』
……残りの、あと一つ。
『運送代を自分で払いたいから、元払いにして請求書代わりに伝票の写しを送って欲しいと頼まれまして』
「……渡したんですね?」
『ええ。もちろん代金はすでに受け取っていますのでご安心ください』
……ご安心、か。
まあ、店の人は何も悪くない。
『冬モノの新作も入ってますから、是非また来てください』
「分かりました。また近い内に」
……顔に続いて住所もYu-noが掴んでいる。
バレて不味いわけではないが、問題は彼女が搦手を使って俺の個人情報を知ろうとしたことだ。
俺は窓から外を見る。
道路から覗いたんじゃ、部屋の全体は見渡せない。
向かいの家は……老夫婦が住むだけで、二階はいつも雨戸が閉め切られている。
いや、住所を掴んだからって近所の家に忍び込んで部屋を覗くのは非現実的だ。
そのくらいなら、家に直接忍び込んだ方が―――
俺は頭を振ってその考えを振り払うと、アバターの部屋をもう一度眺める。
家具の他、時計や姿見、カレンダー、いつ貼ったか忘れた雑誌の付録の小さなポスターまで再現してある。
俺は現実の自分の部屋を見回す。
デスクやパソコンももちろんあるが―――その裏の壁、いつか家族旅行に行った時に買った“ペナント”はアバターの部屋に貼られていない。
これもたまたまなのか、それとも……
俺は椅子に座り直すと画面を眺める。
モニターの上、いつだったか取り付けたWEBカメラが目に入る。
確か昔、日南に言われて取り付けたやつだ。
パソコンが苦手な彼女の勉強に付き合わされたのだが、早々に日南が飽きてしまい、ディスプレイの飾りと化している。
カメラに手を伸ばし―――思い留まる。
俺はいくつかのオンラインスキャンサイトを開くと、手当たり次第に走らせた。
――――――
―――
Yu-no『準備 できた?』
Keisuke『え? 準備?』
ログアウトからきっちり一時間後、『Re-liance』の世界に現れたYu-noは当然のようにそう言った。
……聞きたいことはたくさんある。
ただ同時に、今聞くべきでは無い気もする。
Keisuke『いまから? この装備で大丈夫かな』
俺はYu-noの作る流れに任せることに決めた。
ミスティガ鉱山は最近追加された新マップ。
毒や麻痺、沈黙などの状態異常を起こすモンスターが大量にいるエリアだ。
二人パーティーの致命的な欠点に、揃って状態異常になると手も足も出ないところがある。
ポン、と聞き慣れた通知音。
―――Yu-noから『全能神の加護』が贈られました
Yu-noから送られたのは聞き覚えのあるアイテム。確かこれは―――
Yu-no『ごめんね 君がモノ貰ったり 好きでないの 分かるけど』
Yu-no『呪符扱いで 全ジョブが装備できるから』
確かこのアイテムは、β版プレイ時にランク報酬で入手可能だったレアアイテムだ。
効果時間は限られるが、全ての状態異常を防ぐことが出来る。
一度使うと修復士に預ける必要があるため乱発はできないが、期間限定イベントではチートレベルで役に立つ。
あまりの性能に正式サービス開始以降、入手できたという話は聞かない。
RMT市場にもめったに出回らないレアアイテムのはず。
そして、俺が知る限りのプレイヤーでこれを持っていたのは―――SIGMA09-Z
アカウント停止になった旧フレだ。
Keisuke『これ どうやって入手したの?』
この呪符さえあれば二人パーティーでも鉱山を攻略できる。
今、俺達が一番欲しいアイテムだが、このタイミングで持ち主の手から離れたのは都合が良すぎやしないか……?
画面を食い入るように見つめる俺を尻目に、白魔術師はフラフラとクラゲの様に身体を揺らす。
Yu-no『高かったよー 素寒貧だよー』
Yu-no『RMT市場覗いてみそ? レアアイテムが大量に出回ってるよ?』
Yu-no『困るよねー 相場が下がるから うちら貴族としてはねー』
面白がって身体を揺らすYu-noを見ながら、キーボードに指を走らせる。
Keisuke『Yu-no 真面目に答えて?』
Yu-no『うん? いつも私は 真面目だよ?』
Yu-no『必要以上に 真面目だよ』
画面の端、走らせているオンラインスキャンが終了している。
俺はRe-lianceのウィンドウから目を離さず、一件ずつスキャン結果を確認する。
―――このコンピューターで脅威は検出されませんでした
Keisuke『今回の垢BANといい このアイテムといい』
―――スキャンを完了しました
―――お使いの端末ではマルウェアは検知されませんでした
Keisuke『なにも悪いこと してない?』
……しばしの沈黙。
画面のYu-noは踊りのモーションをキャンセルしては、冒頭部分の両手を差し出す仕草を繰り返す。
……暑い。
11月だというのに、汗が額ににじむ。
Yu-no『安心して?』
Yu-no『私はいい子 だよ?』
―――スキャン終了
―――検出された脅威は 0 件でした
……3件目のオンラインスキャンも問題なし。
常駐しているセキュリティソフトも入れれば、4つの検査が異常を検出していない。
やっぱり俺の考え過ぎだ。
きっとYu-noと会話の中で部屋の話が出たのだろう。
2年近い付き合いで、全部の会話を覚えているわけではない。
Yu-no『ねえ Keisuke』
Keisuke『なに?』
Yu-no『さっきから どうかしたの?』
Keisuke『なんでもないよ 今日はちょっとPCの調子が悪くて』
Yu-no『それはいけないね』
Yu-no『ウイルスとか』
Yu-no『ちゃんと対策 しないとね』
俺の不安を見抜いているかのようなYu-noの言葉。
苦笑しながら、4つめのスキャン結果をクリックする。
―――スキャンが完了しました
お使いのコンピューターからスパイウェアが検出されました。
検出された脅威:6
駆除:3 隔離:2 削除不能:1
1 件の脅威が駆除されませんでした。
通知画面の赤く染まった文字が、意識の表面を上滑りする。
その文字をどれだけ見つめていただろう。
チャットウィンドウにメッセージが積もっているのに気付く。
Yu-no『おーい』
Yu-no『おおーい』
Yu-no『どうしたの?』
Yu-no『寝落ちするには まだ早いぞ』
Yu-no『起きろー』
じんわりと頭に沁み込んでくるYu-noのメッセ。
俺はようやく我に返ると、キーボードに齧りついた。
Keisuke『ごめん ちょっと気になることが』
Keisuke『ちょっとだけ 抜けてもいいかな?』
Keisuke『30分だけ! お願い!』
白魔術師は杖を大きく振り上げる。
が、振り下ろすモーションをキャンセルして、その場でチョコンと体育座りをする。
Yu-no『仕方ないにゃー』
Yu-no『貸しだよ? でっかい貸しだよ?』
俺は大きく息を吐く。
Keisuke『ありがとう! すぐ戻る!』
ログアウトしようとした刹那、赤字のメッセがせり出してくる。
Yu-no『ちょっと 待って』
Keisuke『なに?』
Yu-no『君 なにか私に』
Yu-no『隠し事 してる?』
体育座りをしたYu-noは微動だにしない。
無意識につばを飲み込む音が耳に響く。
Keisuke『してないよ? ちょっと用事が出来ただけ』
時間をかけて答えた途端、待ち受けていたかのようにYu-noの返事が届く。
Yu-no『分かった』
Yu-no『いい子で 待ってるよ』
Yu-no『ねえ Keisuke』
Yu-no『私を悪い子に しないでね』




