第17話 基本いい子 時々悪い子
二人が多目的トイレに入るのを見届けると、俺はピザの残りに齧りつく。
堅くなったピザの耳を噛みしめながら、何とはなしにスマホをチェックする。
アプリの更新通知に混じったアメピグの通知に気付いた。
慌てる指先でアメピグを立ち上げると、メッセージが届いている。
―――Yu-noからだ。
『久しぶり! いい子にしてた?』
一瞬の内に心拍数が上がり、思わず口元に笑みがこぼれる。
自分の“部屋”にログインすると、ベッドに寝転がる猫耳フードのアバター。
相変わらず我が物顔だ。
Keisuke『いい子にしてたよ Yu-noもいい子だった?』
Yu-no『基本いい子 時々悪い子』
Keisuke『あれ いつもは逆じゃない?』
Yu-no『基本悪い子 時々もっと悪い子?』
Keisuke『当たりwwww』
たった数日だというのに、何気ないやり取りが懐かしい。
もっと話していたかったが、今日は夜縁の相手がある。
ちらりと視線を向けるが、トイレのドアはまだ開かない。
Yu-no『そんな悪い子から 重大発表です!』
猫耳フードのアバターが、サングラスをかけて悪そうな顔をする。
Keisuke『重大発表?』
Yu-no『今晩くらいかな Re-lianceの公式ページ 見てみそ?』
公式ページ?
Yu-noが前に言っていたシークレットイベントに関することだろうか。
ただ、公式ページで見られる秘密というのはどういうことだろう。
Keisuke『分かった 見てみる』
Keisuke『ねえ Yu-noがしてた準備ってのと 関係してるの?』
Yu-no『どうだろうね そうかもね 違うかもね』
Keisuke『それも シークレット?』
猫耳フードからくノ一姿に早変わりすると、Yu-noは足元に何かを投げつける。
途端にあがった白い煙がYu-noの姿を包み込む。
Yu-no『細工は流々 仕上げを御覧じろ ってね?』
煙が消えると一緒にYu-noの姿も消えている。
―――Yu-noはログアウトしました。
俺はその文字を名残惜しく見つめる。
……今晩、一体何があるのだろう。
不思議に思いながら、俺はスマホをポケットに突っ込んだ。
ここは大人しく夜を待とう。
Yu-noの考えることは、いつだって俺の予想を超えて来る。
多目的トイレの扉が開き、車椅子に乗った夜縁が姿を見せる。
俺に手を振りかけて、ちょっと恥ずかしそうに顔を逸らす夜縁。
思わず苦笑い。
トイレの介助は良くても、出てくるところは見られるのは恥ずかしいらしい。
俺はわざとらしく、今初めて気付いたかのように夜縁に手を振った。
夜縁も照れ隠しに口を尖らせながら、手を振り返す。
わざとらしくだってなんだって。
何度だってやり直せばいい。
俺は夜縁に向かって急ぎ足で駆け寄った。
―――
――――――
帰宅した俺は、身体を投げ出すようにベッドに仰向けに倒れ込んだ。
今日は少し疲れたが、夜縁が最後まで楽しそうにしてくれていたからそれでいい。
俺は窓から差し込む夕方の陽の光を見ながら眠りに落ち込んだ―――
―――微睡の中、瞼の隙間から白い光が入り込む。
陽は沈み、辺りはすっかり暗くなっている。
俺は眠気で靄のかかった頭を振りながら、暗いの部屋の中で光るスマホを手にする。
……メールが届いている。夜縁からだ。
―――
よすよすこと夜縁です。
今日はとっても楽しかったです!
だっこして観覧車に乗せてくれた時、お兄ちゃん少し照れてましたよね?
実は夜縁も照れてました!
今度また一緒に遊んでくれたら嬉しいです
―――
俺はくすりと笑うと、お礼の返事を送る。
……さて、今晩何かあるんだっけ。
時間は19時を回ったところだ。
のろのろとパソコンを立ち上げると、『Re-liance』の公式ページを開く。
今晩、ここを見ろとのことだが。さて何があるのだろう。
ホームページのNEWS欄には、いつも通りの定期情報。
ネット廃人の“今晩”ってのは幅が広い。
世間が寝静まって夜が明けるまでが本番で、19時やそこらは寝ぼけ眼で掲示板でも巡回するアイドリングタイムだ。
昔の癖で思わずクリックしたのは、サーバーのプレイヤーランキングだ。
10000以上のプレイヤーを有する所属サーバーの内、上位100人までがずらりと並ぶ。
アカウントが削除される直前、俺の名前も一番下あたりに表示されていたのが嘘のようだ。
かつてのフレ達はその中でも上位に名を連ね、一時期はYu-noも20位以内に入っていた。
最近は俺とのプレイでどんどんランキングが下がっている。
Yu-noの名前を探して画面をスクロールしていると、78位のところに名前を見付けた。
つい先日は彼女のランキングは80位だった。
少しとはいえ、この数日ろくにログインしていない彼女のランキングが上がっている……?
上位陣に何かがあったのだろうか。
マウスのホイールを回して見慣れた名前を下に送っていくと、1位まで辿り着く。
聖騎士の『Eternal Master’s』はサービス開始時からの古参で、この数か月は不動の一位だ。
旧パーティーメンバーのSIGMA09-Zを筆頭とした上位プレイヤーが、その下の一桁ランキング争いを繰り広げているのだが―――
ついにSIGMA09-ZもTOP10から陥落したようだ。
やはりYu-noの離脱が影響しているのか。
そういえばかつてのフレ達の名前が見当たらない。
見逃したのだろうか。
画面をスクロールさせていくが、SIGMA09-Z、Eater Goro、Mrs Craper、Ares Abot、
Death Shooter――――――
かつてのフレ達を見つけられないまま、78位のYu-noの所にたどり着く。
全員まとめてサーバー移転?
いや、ランカー達がそんなことする訳ない。
現在のYu-noが78位なのに、全員がランキング外になることなんてあり得るのか……?
答の出ないまま、トップページに戻る。
NEWS欄に付いた赤字の『更新』マーク。
『ペナルティユーザーの公表』
……定期的に行われる違反ユーザーの公表だ。
非難中傷などの問題行動を起こした者の他、違反プログラムやバグの不正使用等、違反の重さに応じた処分が下される。
今回は一番重い処分の「アカウント永久利用停止」のユーザーが沢山いる。
ずらりと並んだユーザー名の中、いくつかの名前が目に留まる。
……
…………
SIGMA09-Z
……
Eater Goro
……
……
Mrs Craper
Ares Abot
……
Death Shooter
…………
……
マウスを握る指が止まる。
俺を捨てた旧フレたちが、一斉にアカウント停止……
何が起こっているんだ?
画面の隅、走らせておいた通知プログラムのウィンドウが上がってくる。
―――Yu-noがログインしました。
慌てて『Re-liance』を立ち上げると、間髪入れずにチャットウィンドウが上がってくる。
Yu-no『乙~ 乙乙~』
広場を突っ切り、白魔術士Yu-noが走り寄ってくる。
Yu-noは戦士「Keisuke8567」の前で急ブレーキで立ち止まる。
Keisuke『乙 見た? HPの掲示板』
Yu-no『見た! 始まりましたな~ 秋の垢BAN祭!』
白魔術士が衣装をヒラヒラさせながら喜びのステップを刻む。
Yu-no『10個BANされたら白い大皿プレゼント!』
Yu-no『いやー 悪いことはするもんじゃないねー』
高いYu-noのテンションに不安を覚える。
俺はまだいい。
MMOにおいては巻き添えBANと呼ばれる、グレーにも関わらずアカウント停止に追い込まれるケースが少なからずある。
旧フレと一緒にいたYu-noも、要注意リストに載っている可能性があるのだ。
Keisuke『SIGMAさんとか 昔のパーティーの人たち BANされてなかった?!』
Yu-no『ごっそり行ったねー 私の世界ランクも また上がったよー 敗北が知りたい!』
『Re-liance』の中のYu-noはご機嫌な踊りモーションを次々と繰りだしている。
俺はそれを眺めながら、却って落ち着いてキーボードを叩く。
Keisuke『あの人達 何やったの?』
―――アカウントの永久利用停止。
仲間内でまとめて適用されるなんて、そうそうあることではない。
あるとしたら犯罪予告か不正プログラムの導入くらいだ。
画面のYu-noは立ちポーズに戻ると、指をチッチッチと振るモーションを繰り返す。
Yu-no『悪いこと だよ』
Yu-no『悪い 悪い 悪い ことだよ』
Yu-no『だから 消されちゃったの』
……悪いこと? だからアカウントを停止させられた?
Keisuke『悪いことって 何をしたか 知ってるの?』
Yu-no『あいつら 裏で君に何を 言ってたと思う?』
Yu-no『報い だよ』
画面の中、白魔術師が空に向かって大きく両手を上げる。
Yu-no『君を傷付けたんだよ? 裏切ったんだよ? ディスったんだよ?』
Yu-no『万死に 値するよね?』
Yu-noの言葉を何度も読み返す。
……Yu-noは何かを知っている。
確信にも似た思いが心に浮かぶが、彼女が何を知っているのかが分からない。
俺は慎重に言葉を紡ぐ。
Keisuke『ひょっとして』
Keisuke『Yu-noがやったの?』
Enterを叩き、Yu-noの返事を待つ。
……中々返事が返ってこない。
飲み物を探して机の上を手探りしていると、ウィンドウにメッセージが上がってくる。
Yu-no『違うよ?』
Yu-no『バチがあたったんだよ 当然だよね?』
白魔術師は手をぶらりと下げた立ちモーションのまま動かなくなる。
俺は飲みかけのペットボトルの蓋を開けると、中身を大きくあおった。
Yu-no『嬉しく ないの?』
Yu-no『あいつら君を 見捨てたんだよ?』
……嬉しい?
確かに俺を捨てた連中だ。
自業自得で垢BANになったのなら、同情する気もない。
ただ正直、連中のことはどうでもいいというのが本音だ。
ランキング上位を目指す連中が初期アカウントに構ってくれないことくらい、冷静になれば分かる話だ。
だが、『何かを知っている』Yu-noに迂闊な返事はできない。
俺は慎重にキーボードを叩く。
Keisuke『君が巻き添えで BAN喰らったら いやだな』
Keisuke『だから 心配なんだ』
BESTではないかもしれないがBETTERな回答だ。
Yu-noもこの答に納得してくれたのか。
白魔術師は後ろ手に指を組み、機嫌良さそうに左右に身体を揺らす。
Yu-no『やっぱ君は 優しいな』
Yu-no『でもKeisuke 誰にでも』
Yu-no『優しいよね?』
何気ない言葉。
しかし、そこに含まれる棘が、ガラスの小さな破片の様にチリチリと突き刺さる。
Keisuke『? どういうこと?』
……この言葉、どう捉えればいい?
戸惑う俺の視界の端、スマホが光る。
見ればアメピグの通知が来ている。
立ち上げると、Yu-noからメッセージが届いている。
一枚の画像だ。
「……写真?」
サムネイルをタップすると、画面に写真が大写しになる。
俺は一瞬息を呑む。
―――着ぐるみと一緒に写っている、俺と夜縁の写真だ。




