第2話 暮しゅうしています。 (4) 黒の騎士、強襲 ⑤
「(ひよこさん…絶対どんな対決なのか知ってたでしょ!?)」
一号機の操縦席。憎々しげにハルカは画面を睨む。
<(まあまあ…ハルカちゃん、そう怒るなって。俺様が何者なのか忘れてないかい?)>
意味ありげにこそこそ囁く黒ひよこ。要領を得ないハルカは「?」と首を傾げる。
<(俺様ちゃんは地球文明の誇る最新鋭のスーパーコンピューターを駆使したAIシステムぞよ?やっこさん、ご丁寧にも一通りの動きを実演してくださったからな。奴の動きは既に俺様ちゃんが記憶済み、目線や表情、筋肉の収縮を分析しまして、野郎がどの構えを出すか、俺様には完璧な予測が可能。つまりだ。俺様ちゃんの指示ある限り、ハルカちゃんは絶対負けっこないってコトだ!)>
ザッハッハッハと黒ひよこが笑う。今ひとつ信頼のおけないハルカは「(…本当に大丈夫かなあ?)」とその眉をへの字に下げる。
「では参るぞ、我が好敵手ハルカよ!あ野球ぅ、すぅるならぁ、こーゆう具合にしやシャンソン♪」
宇宙の変態なりに持ち合わせていた先程までの威厳を吹き飛ばし、頭の悪い歌を歌う美男子。ハルカはなんだか既にもう、この対決がイヤになりつつある。
<(読めたぜハルカちゃん!グーだ!グー出せ!!)>
小声で伝える黒いひよこ。ハルカは1号機の手にしたモップを頭上に構える。
「あアウト!あセーフ!ハンター・チャンス!」
暗黒騎士ダークネス・黒崎、発。
ハルカのpai1号機、遇。
「ひよこさん!?」
敗けである。ハルカは信じられない事態を前に、画面のひよこに思わず叫ぶ。
<あっりゃー、敗けちゃったかあ。勝負の世界に絶対は無いんだなあ、厳しいんだなあ。ま、しょうがないか、次に生かそうぜハルカちゃん。さあ早く脱げ。>
ニヤニヤと笑みを浮かべる黒ひよこ。
「(駄目だコイツ…!!)」
自分のすぐ傍らに現れた伏兵。絶望的な状況を前に、ハルカの顔色が青ざめる。
「1戦目は私の勝ちか、良い勝負であったぞハルカ!」
<おうそうだ!惜しかったなあハルカちゃん!さあ早く脱げ、早く脱げ!>
暗黒騎士ダークネス・黒崎に被せ、早く脱げと迫る黒ひよこ。ハルカはギリリと歯軋りをする。
婆娑羅。天宙に黒いマントが舞った。暗黒騎士ダークネス・黒崎が、その身に着けた漆黒のマントを投げ捨てたのだ。
「え、待って。あなたが脱ぐの?」
予想外の展開。ハルカはきょとんとした顔で訊く。
「何がおかしいか?勝者にこそ敗れし者にその美しい鍛えぬいた肉体を魅せつける権利がある、当然のことであろう。」
当たり前のように答える暗黒騎士ダークネス・黒崎。
<な…何を言ってやがるんだこの変態!着ろ!今脱いだモノを今すぐ着ろ!!>
自分のことは棚に上げ、黒いひよこがおろおろと叫ぶ。
「(この人…けっこうイケメンだけどなんていうか!ひょっとして色々と…残念!?)」
宇宙空間を流れ去るマント。ハルカは目の前にいる変態の本質を、急速に理解し始めていた。
「では2戦目と参ろう、我が好敵手ハルカよ!あ野球ぅ、すぅるならぁ、こーゆう具合にしやシャンソン♪」
ひとりの少女の想いを余所に、宇宙規模の壮大なる決闘は粛々と進行していく。
<(ハルカちゃん今度はパーだ!パー出せ!!)>
「(う…えっと?ひよこさんの言うとおりにすると敗けるんだよね?でも私が負けたらあの人が脱いで、ひよこさんは私を脱がせたいわけで、グーに勝てるのはパーだから…!?)」
ハルカの容量を超えた複雑な思考。目の前に二人の変態。これほどの非常識かつ非日常的な事態に突然直面し、冷静な判断力を保てというのはあまりにも酷な話である。ハルカは直感的に1号機の手に持つモップを突き出したが、決して、ハルカの頭が特別に悪いということではない。
「あアウト!あセーフ!ハンター・チャンス!」
暗黒騎士ダークネス・黒崎、遇。
ハルカのpai1号機、突。
敗けである。画面の中の黒いひよこが、<チィ!>と憎々しげに舌打ちをする。
「私の勝ちのようだな。2戦目も良い勝負であった。」
当然のようにいそいそと、上半身の鎧を脱ぎだす美男子。そのギリシア彫刻のように鍛えられた肉体がキラキラと、宇宙の暗闇に怪しく輝く。
「キャー!キャー!」
真近に視る男の裸身。ハルカは思わず目を覆い、心の底から悲鳴を上げる。
<て、テメー!それ以上脱ぐな、ぶっ殺すぞ!!>
身に迫った危険を察し、荒い言葉をぶつけるひよこ。そう、ベースボールとは古来より三球勝負。暗黒騎士ダークネス・黒崎がその身に纏うのは、もはや下半身の鎧それだけなのだ。
年頃の美少女の悲鳴を浴び、マッスルなポーズを自慢げに披露する宇宙の変態。暗黒騎士ダークネス・黒崎、彼の胸中は。
「(なんだ?この感覚は…何故だかわからないが、ものすごく、楽しいぞ!?)」
勝負の高揚とはまた別の、未知の快感に充たされつつあった。
「さあ我が好敵手ハルカよ、3戦目だ!貴公との心躍る対決、名残惜しいがこれも武に生きる騎士の定め…決着と参ろう!あ野球ぅ、すぅるならぁ、こーゆう具合にしやシャンソン♪」
変態が勝負を非情に迫る。
<ハ、ハルカちゃんチョキ!チョキ出して!!>
悲鳴に近い黒ひよこの叫び。考える間もなく直感に従い、ハルカは1号機のモップを横薙ぎに振る。
「あアウト!あセーフ!ハンター・チャンス!」
暗黒騎士ダークネス・黒崎、突。
ハルカのpai1号機、発。
敗けである。ハルカの心を絶望が覆う。
「勝負は決まったな。我が好敵手ハルカよ、さらばだ。貴公との勝負この暗黒騎士ダークネス・黒崎、生涯忘れることはあるまい。」
一切の迷いなく下半身の鎧に手を掛ける変態。その手が勢い良く下がった瞬間。
「イヤぁああああああーッ!!!」
pai1号機の胸部装甲は呀禁と大きく上にスライド、必殺のチェストバスターカノンが放たれ、哀れ美帝国が七星騎士の一騎、暗黒騎士ダークネス・黒崎は。「何かをやり遂げた」微笑みを浮かべたまま、天宙の涯てに飛ばされていった。
七星騎士、暗黒騎士ダークネス・黒崎、撃破。
「いよーぅ!本日のヒーローの御帰還だぜ!みんな拍手で讃えよう!」
遠く離れた二つの宇宙、お互いの存亡を賭け合った、おそろしくも低俗な対決を制した(?)ハルカを、からかうようにツバサが迎える。
「ったく…毎回いいトコ持ってきやがって!しかし完全に相手を油断させての最大火力で不意討ちとはな、可愛い顔して容赦ねーのな、お前。」
感心半分、呆れ半分といった感想を述べるタツミ。
「いや、その…。」
「(ワザとやったんじゃないもん。)」そう思いつつ、実際にやってしまった手前、ハルカはタツミの言葉を否定できずにいる。
「あ…!」
ハルカの視界の端。皆の輪には加わらずに、さっさと去っていく黒髪の背中を彼女は捉える。
「待って!」
タツミやツバサ、彼女の上官たちには目もくれず、アキノの背中を追うハルカ。
「青春だねえ。」
実に嬉しそうに目を細め、ツバサは駆け出したハルカを見送る。
「委員長…!あ、あの!その…!!」
息せき切らせて追いついてきたハルカを、不思議そうにアキノは見つめる。
「そういえばさっき、何か言いかけてたかしら…何?」
あくまで素気ないアキノの対応。気まずそうに顔を歪めながら、ハルカはゆっくりとその想いを言葉に換える。
「委員長…その、あの。さっきは…助けてくれてありがとう。私、すごく怖かった。暗くて狭くて、こんな所で本当に死んじゃうんだって、何も考えられなくなって。せっかく練習、あんなに付き合ってもらったのに何もできなくなっちゃって…ごめんなさい!ごめんなさい…!」
何度も何度も、ぶんぶんと勢いよく頭を下げて見せるハルカ。眼鏡のアキノは困ったように、彼女の前に立ち尽くしている。
「別に。部隊ならフォローし合うのは当たり前だし、私は戦力が減ったら困るからそうしただけだわ。謝られるようなことも、感謝されるようなこともしていない。」
戸惑いつつも冷然と、言いたいことだけを的確に伝え、アキノはハルカに背を向けてしまう。
「委員長…。」
シュンとしょげ返るハルカには、それ以上の言葉を返すことはできない。一歩、一歩、アキノの背中は、ハルカから無情に遠ざかってしまう。
「…アキノ、でいい。」
何歩めかの足音の後、項垂れたハルカに投げられた言葉。
「え?」
ハルカは思わずその顔を上げる。
一歩、一歩、遠ざかる背中、長い黒髪が左右に揺れる。
「アキノちゃん!!」
だしぬけに叫んだハルカの一言。アキノがビクッとその足を止める。
「さっき委員長、私のこと初めて『ハルカ』って呼んでくれたよね?だから、お返し!今日はありがとう!アキノちゃん!!」
満面の笑みで見送るハルカ。その背中は最後まで、振り返ることはなかったが。
「(秋野は名字なんだけど。)」
そう思いつつも眼鏡の少女は、必要以上に革靴の足音をコツコツと立て。
微妙に急ぎ足で自室へと、まっすぐ戻っていくのであった。
宇宙の旅は続く。




