第2話 暮しゅうしています。 (4) 黒の騎士、強襲 ④
黒く閑かな宇宙区間。その無限の黒の中に、黒の艦の巨体が浮かぶ。
「どうやら全滅ったよーだなあ?ほい、シホちん戦闘態勢解除、解除。搭乗者の皆ちんお疲れちん、4号機ももう引っ込んでいーよ。」
〈shake it.sir,captain.〉
ツバサのお気楽な指令を受けて、シホが襷掛けていた円環を外す。黒一色に塗り潰されていた彼女の瞳は夜が明けるように徐々に本来の水色へと替わり、重力の戻った長い金髪がふわりと背中に降りていく。
「搭乗者の皆さん、戦闘態勢解除です。速やかに帰艦してください、お疲れさまでした。」
めぐりんの声が宇宙に拡がる。この戦闘の間、出番がなくとりあえず甲板に突っ立っていた4号機のゴリラはその頬を赤らめ、気まずそうにすごすごと艦内に引っ込んでいく。
「ちょいヒヤッとさせられたが…ま、初の宇宙戦にしちゃ上出来すぎるといったトコ、ですかねえ?」
虎縞の3号機からタツミは、戦闘を終えた二人の背中を眺めている。
「委員長…。あの、その、私…!」
「何?話なら帰艦ってから聴くわ。」
言いづらそうに口を開いたハルカ、素気ないアキノ。二人はそれ以上は無言のまま、ゆっくりと帰るべき艦を目指す。
無風の筈の天宙に、瞬に轟と、風が吹く。
空間が歪み、小さく渦巻く漆黒の旋風。
「何だぁ?」
首を傾げるタツミの視線、その先に、在り得ない者が姿を現す。
「勇敢なる地球の戦士諸君。お初お目に掛かる。我が名は銀河を美と力で支配する超帝国、美帝国が七星騎士の一騎。暗黒騎士ダークネス・黒崎である。」
微風にそよぐ風鈴のような。涼やかな声が名乗りを上げる。漆黒のマントに漆黒の鎧、同じく黒く長い髪。まるで中世ファンタジーの世界から抜け出てきたような美男子が、生身のまま宇宙の黒に浮かんでいる。
<美帝国の七星騎士、暗黒騎士ダークネス・黒崎だとぅ!?>
1号機の操縦席。画面の中の黒いひよこが、いち早くその名乗りに反応する。
<なんてカッコいい名前なんだ…!!>
「(そうかなぁ?)」と首を傾げるハルカ。何故宇宙空間で生身の人間が平気でいるのか。そもそも、彼はどこから涌いて出たのか。そういった常識的なツッコミは、入るタイミングを失ってしまう。
「なんだあの変態は。何か知らんがいいや、シホちん、特装砲ぶっぱなしちゃえ。」
「駄目ですよ!!何か知りませんけど相手は変態とはいえ人間ですよ!?」
あくまでテキトーなツバサの指示。有能な艦長代理はこの非常識な状況の中で、それでも常識的な判断を失っていない。とりあえず共通の認識として、目の前の相手が変態であるということはハッキリと彼女たちに伝わっているようである。
「優秀な地球の戦士諸君。無限に永き生涯の中で、諸君のような強敵に廻り逢えたことを幸運に思う。さあ、我が宿命の仇敵よ。雌雄をここに決しようではないか。」
変態。もとい暗黒騎士ダークネス・黒崎はあくまで紳士的な態度を崩さず、芝居がかった口上を続ける。
「よくわからんが…どうやら私たちの前に宇宙人の親玉自ら、単身で乗り込んできたってワケかい。上等…ッ!!」
暗黒騎士ダークネス・黒崎の台詞は彼女には少々難しい、だいぶん古風な言い回しではあったが。彼が敵の頭目であり、この戦闘の決着をつけに現れたという骨子の部分はそのニュアンスから理解されたようだ。タツミは白い犬歯を剥き、敵の元へとひとり駆ける。
「あいや待たれい。」
暗黒騎士ダークネス・黒崎が遮るように掌を向ける。
「なんだァ?怖気づいたか?」
命乞いとも思える挙動。拍子抜けしたタツミは3号機の直進を停める。
「この私が臆した…とはまた。愉快な冗談であるな、地球の戦士よ。永久にも長き生命の中でようやく出逢えた宿敵同士、ただ殺し合うのも無粋ではないか?ここはひとつ、双方が最強の者を代表に出し、我が美帝国に伝わる古式ゆかしき決闘法にて決着を付けようではないか。」
暗黒騎士ダークネス・黒崎は謳い上げるように朗々と、自らの希望を主張する。
「一騎討ちで決着つけようってハラか…面白れぇ、気に入ったぜ!おい、ハルカ、アキノ、シホにゴリラも、あと艦長のアホ!絶対手ぇだすんじゃねーぞ!!」
いかにも彼女好みの脳味噌が筋肉でできたような提案。一も二もなくタツミは承諾る。
「フ…見事受けてみせるか地球の戦士よ。我が美帝国に伝わる伝統の決闘法…ベースボールファイトを!!」
弩穹云。突如、純白の1号機が暗黒騎士ダークネス・黒崎の前に躍り出た。ベースボールファイト。その言葉を聴いた瞬間、黒いひよこが最高速で、1号機を突進させたのだ。
「お、おい!?1号機…!毎回毎回、私の出番を奪いやがって…!!」
すっかり「やる気」になっていたタツミは突然に獲物をかっさらわれ、悔しそうに歯噛みする。
「ほう…後方の虎縞の御仁が来るかとばかり思っていたが、貴公が私の対手であるか?」
意外そうに尋ねる暗黒騎士ダークネス・黒崎。
<いいから早く始めようぜ!美帝国伝統のベースボールファイトってぇやつを、え?暗黒騎士ダークネス・黒崎さんよ!>
いつになくやる気に満ち溢れた黒いひよこ。画面の前のハルカはひとり、嵐のように湧き上がる嫌な予感を禁じ得ずにいた。
「我が宿命の好敵手よ。先づはその名をお聞かせ願おう。」
宇宙空間に生身で浮かぶ変態。暗黒騎士ダークネス・黒崎はあくまで紳士的に要求を伝える。
「え?わ、私は…遥日…。」
「ハルカか。良い名だ、我が好敵手に相応しい。」
先程からの意味の分からない展開にだいぶん動揺しながらも健気に答えを返すハルカ。その返答の終わらぬ内に、暗黒騎士ダークネス・黒崎は何やら満足してしまう。
「(遥日は苗字なんだけどなあ…。)」
納得のいかないものを感じるハルカ。少女の感情にはお構いなしに、宇宙の変態は話を進める。
「貴公、ベースボールファイトの経験は…?あるまいな。では、僭越ながら不肖この私、暗黒騎士ダークネス・黒崎からその概要を説明させて頂こう。」
暗黒騎士ダークネス・黒崎がその腰の長剣に手を伸ばし、目にもとまらぬ速さで一閃、敵からの斬撃を防御するように頭上に構える。
「これが遇の型…。」
次いで暗黒騎士ダークネス・黒崎は長剣を振り、横薙ぎに切り払う動きを見せる。
「これが発の型。」
最後に暗黒騎士ダークネス・黒崎は長剣を構え、一直線に突き出して見せた。
「これが突の型だ。」
宇宙空間で行われる模範演武。暗黒騎士ダークネス・黒崎の一分の無駄もない流麗な動きをポケーと眺めつつ、「(あ、けっこうイケメンかも。)」とハルカはどうでもいい感想を抱く。
「既にお分かりかな?聡明なる地球の戦士よ。この三つの構えにはそれぞれ強弱があり、いわゆる三竦みの関係になっている…即ち遇は突に強く、発は遇に強く、突は発に強い。ベースボールファイトとはお互いにこの三つの構えを出し合い、その強弱によって雌雄を決す…!」
品のある言葉遣いの端々から伝わる強者の凄味。ハルカはごくりと唾を飲み次の言葉を待つ。
「そして…その結果に従い衣服を脱ぐ。」
「…は?」
大真面目な顔の美男子からさも当たり前のように飛び出た変態発言。なにもかもぶち壊しな一言に、ハルカは思わず素で反応する。
「さあ!我が宿命の好敵手、ハルカよ!正々堂々、最後まで共に戦い抜こうではないか!!」
地球と美帝国。時空を遙か彼方に超えた両陣営の激突が、この上なくくだらない方法で決着をつけられようとする中、両者を見守るタツミ・ウシトラゥは。
「(私がやらねーで良かったわ。)」
3号機の操縦席の中、安堵の溜息を吐くのであった。




