第2話 暮しゅうしています。 (4) 黒の騎士、強襲 ③
宇宙を進む虎縞の砲弾。タツミの3号機の行く先に、赤く小さな星が並ぶ。凶々しき殺意を湛えた敵機の、冷たく無機質な眼光である。
「なんだぁ?今度は鍬形虫さんかよ!!」
タツミがその姿を視認できるまでに近づいたそれらの敵機はなるほどいつもの不快害虫型ではなく、ちょうど地球の生物で言うとクワガタムシが如く、敵意を具現化したかのような大顎を前に突き出させ、これ見よがしにギチギチ鳴らしている。
「上等ォ!」
タツミの唇がにィと捲れる。振り上げられた3号機の巨大な右拳。暴風のような一撃が、この戦端の幕を開いた。
<お?やっとるねえ!じゃあ俺様ちゃんも…イヤッホゥイ!>
右拳を振り上げ、振り下ろし、思いのままに暴れ回る3号機の宙域へ。右肩にモップを担いだ白い1号機が全速前進で突っ込んでくる。
<カッキーン!>
全力振りされたモップが手近な一機を弾き飛ばした。
<必殺、俺様ホームラン!やったねパパ!明日はハンバーグだ!!>
宇宙の彼方に吹っ飛んでいく敵機のひとつを満足気に見送る1号機。新たに加わったこの標的へ、攻撃目標を変更えた敵機が各方位から迫り来る。
「1号機!くじらおおかみ!」
座席脇の小画面から呼び掛ける2号機の声。ハルカは迷いなく操縦棹を回し、機体をくじらおおかみの方位へ向ける。
「ロケットパンチ!!」
昴矛。pai1号機の右腕、純白の機体の中でそこだけが青く塗られたままの、一回り太い右腕が射出され、突出した敵機の一機を撲打る。
「良好!」
叩叩叩叩叩弾。1号機のロケットパンチに殴り飛ばされ、宙を流れてきた敵機をすかさず、2号機の機関銃が蜂の巣にする。
「次々来るわ!順にペンギンとら、おおかみペンギン、もう一度くじらおおかみ!」
「ロケットパンチ!ロケットパンチ!ロケットパンチ!!」
2号機からの指示は大分サックリとした、16方位だけを示すものであったが。深夜に及ぶ特訓の成果。アキノの言わんとするニュアンスを完璧に掴めているハルカ、そして、ハルカ自身の持つ天性の直感。2機の連携は面白いように敵機を撃墜とし、その数を確実に減らしていく。
「あいつら…空間戦闘、初心者だよなぁ…?」
迫り来る敵機を作業的に撃退しつつ。3号機のタツミは「ほへー」と感心半分、呆れ半分の気の抜けた声を上げる。
「若さゆえの柔軟な順応性かねえ?ま、そういうことなら私も遠慮なく…新人共のことは気にせず暴れさせてもらうけど、な!!」
タツミの唇がにィィと捲れ、尖った犬歯が露になった。タツミの3号機は巨大な右拳を盾がわりに、まだまだ数多く残る敵機の一群へと一直線に飛び込んでいく。
牙危機危機危機危機危機。3号機に浴びせられる集中砲火。
「しゃらくせえ!!」
機体の前に構えた右拳に被弾る銃弾を振り払うかの如く縦回転する腕。1回転して振り下ろす動きがそのまま、その重量を以て敵機を潰す。
逅留凛。
巨大な右拳の重さに引かれたかのように、3号機の機体がゆっくりと縦に回転する。それまでの単純に殴り、叩き、潰すだけの戦い方とは異なる機動。拳を支点とした倒立回転、無重力の前方宙返り。
「私もいいトコ見せねーとな!」
X軸、Y軸、Z軸。まさに縦横無尽。巨大な拳を原点に、縦へ横への回転軌道。戦況を卜う踊巫女、不格好な黄色い卵型の機体が、逅留凛逅留凛とステップを踏む。
武闘というより舞踏。一見緩慢な円の動きにはその実一切の無駄がなく、振り舞わされる拳の回転力、敵機を巻き込み叩き壊し、1回転ごとにその数が減る。天宙に竜巻く回転の暴力。宇宙時代の印怒羅の権化。
「サン・クヮイ・ランド。」
タツミの唇から漏れた囁き。彼女の故郷、スリランカの古語で「戦場の舞い」の意味である。
「きれい…。」
1号機の操縦席の中。ハルカは自身も戦闘中であることをしばし忘却れ、3号機の機動きに呆と見惚れる。その僅かに生じた隙が、彼女にとって最も危険な相手に対する反応を一瞬遅れさせることになった。
<俺様ちゃんより目立ちやがって…!!>
1号機の画面の中、黒いひよこがギリと歯を噛む。
<俺様だってそのくらい出来るもんね!!>
突然動き出した機体、「きゃ!?」とハルカが悲鳴を上げた時には既に遅く。ハルカの隙をついて操縦を奪った黒いひよこは、1号機を一気に高速で大回転させる。
<俺様超奥義!必殺俺様ロケットパーンチ改スペシャル!!>
暴懣。無意味に横回転する機体から射出された右腕はガイドレーザーに導かれ、鞭のように大きくしなり、周囲の敵機を薙ぎ倒していく。
「ちょっ…やめっ…きゃああああああああああああああああ!!」
機内にいる搭乗者のことなぞ一切意に介さない無茶苦茶な機動。遠心分離機にかけられたハルカの意識はその肉体から離れまいと、必死の叫びでしがみつき抵抗をしている。
<オラオラオラーァ!俺様最強!俺様無敵!俺様素敵!俺様ァ………………。>
<…………………………。>
やかましく騒いでいた黒いひよこが言葉を途切らせ、不意に静まり返る機内。
「…?」
既にpaiは静止しているが。ハルカの脳には横回転の慣性が残り、未だ身体が回っているかのような錯覚をおぼえる。グラつく頭を左右に振り、ようやく顔を上げるハルカ。沁と音一つ立てない画面。ひと時代昔の深夜放送終了後のテレビのように、ざらつく砂嵐だけの映っているそれを見て、ハルカは状況を理解できずにいる。
「え…なに、これ…。ひよこさん…?え?え?…え!?」
おろおろと機内を見回すハルカ。操縦席の中に所狭しと並んだ計器、装置の類。そのすべての灯が消え、唯一、芒と光る砂嵐の画面。機能停止。機能の止まったpaiの中に、彼女は放置されていた。
「えっと…?」
初めての経験、予想もしない戦闘中の機能停止。ハルカは戸惑い、どうすること出来ないでいる。これまで数週間の「研修」の間に、「こういった場合」の対処を彼女が何も聞いていなかったはずはないのであるが。人間というのは不意に直面した予想外の事態に、自身の知識、経験をフルに生かして冷静に対処が出来るほど柔軟に作られてはいない。ましてや現在は生命の危険すらある空間戦闘の真っ最中である。彼女がまったく対応できないでいることをだれが責められるだろうか。決してハルカの頭が特別に悪いという訳ではないのだ。
何積。不意にpaiに衝撃が走る。動きの止まった1号機へ向け、敵機が攻撃を開始したのだ。
「ひっ!?」
短い悲鳴を上げるハルカ。己の置かれている状況は未だに把握できないながららも、本能的に感じる生命の危機。そんな彼女の怯えに惹かれたように、一機、一機、また一機。何も行動ないハルカのpaiへ、鍬形虫が集まってくる。
鍬と開く大顎。殺意に満ちた最大の武器が、次々と1号機にその牙を立てる。滅棄、滅棄、滅棄。鍬形虫の顎に挟まれて、卵型の機体が歪む。操縦席に直に伝導わるリアルな最期の迫る音。ハルカの脳に恐慌が疾る。
「うっわああぁああああああああああああああああああああっ!!!!」
パニックに陥ったハルカはガチャガチャと両脇の操縦桿を振り回し、ボタンを滅茶苦茶に乱打する。だが非情にも彼女のpaiはピクリともしない。滅棄、滅棄、滅棄。死の足音が彼女に迫る。
「1号機…?」
1号機の異変に最初に気が付いたのは2号機のアキノであった。完全に沈黙し、いいように敵機に取りつかれている1号機。機関銃を構えたアキノが首を振り、その銃を下す。ここまで密着されてしまっては、下手に撃てば1号機ごと破壊してしまいかねないのだ。
「何をやっているの!?」
青の2号機が背中の加速器を噴かし、一直線に1号機のもとへと駆ける。その間にも1号機に取りついた鍬形虫はその数を増し、7機、8機、9機、お構いなしに次々と、純白の機体に噛みついていく。
「この!!」
眼鏡のアキノが声を荒らげ、1号機に取りついた敵機を盾で殴り飛ばした。
「離れなさい!!」
1号機に群がる鍬形虫を一機一機、引き剥がし、蹴り飛ばし、機関銃で滅多撃ちにする。冷静なアキノには今まで見られなかった、荒っぽい戦闘機動である。
「1号機!応答しなさい!1号機!!」
ようやく鍬形虫から解放された1号機を、抱きかかえるように2号機が支える。接触通話。直接的に音の振動を伝えることで機能の落ちた機体にも意思の疎通をはかることができる、緊急時の通信方法。宇宙時代の初期の初期から存在する、小型艇乗りの常識
である。
「うわ!うわあ!うわああ!!」
2号機の通信が聴こえていないのか。1号機からはハルカの悲鳴と、暴れまわる騒音だけが伝導わってくる。
「ハルカ!!」
絆。2号機が1号機を平手打つ音が、無音の宇宙空間に音高く響いた。
「え…あ、あれ?委員長?私…?」
操縦席の中のハルカはまるで自分が撲たれたように、左の頬に手を添える。
「ベルト!!早くベルトを直しなさい!!死にたいの!?」
委員長の珍しい怒鳴り声。一切の反論を許さぬ体の彼女の言葉に気圧されて、考える前にハルカはその言葉に従い座席の円環を探す。黒ひよこの起こした無茶な横回転によってずり上がってしまっていた円環。それがハルカの僅かにある胸の谷間に襷掛けられた瞬間、摩訶不思議。1号機はその息を吹き返した。
「え?」
なんとなく今までの緊張感溢れるシリアスな展開が台無しになったような、微妙な雰囲気を直感的に感じ取るハルカ。追い討ちをかけるかの如く聴きなれた、お馬鹿な音声も再起動する。
<おーいハルカちゃんよぉ。マジいまオマエ死ぬとこだったぞ?ハルカちゃんてばベルトがズレやすい体型なんだからさあ、もうチッと気を付けて操縦してくれや。>
そもそもの原因はこの黒いひよこの無茶な操縦にあるのだが。そして、言外に自分の貧乳を弄られていることを敏感に感じ取ったハルカは、「どういう意味!?」と疑問をぶつける。
<ったくよぉ…俺様ちゃんの美しい機体にここぞとばかりに好き放題してくれてしてくれて、してくれてしてくれて、してくれてしてくれて、してくれしてくれしてくれやがって…!!>
ハルカの質問をとりあえず無視し、イライラと文句を垂れ続けている黒いひよこ。寄り添うように動きを止めたままの2機のpai。2機へ向けて、ふたたび敵機の集団が接近づく。
<離け!!>
青の2号機を邪険に突き飛ばす純白の1号機、その胸部装甲が呀禁と、上部に大きくスライドする。耳まで裂けた悪魔の貌。その口腔より放たれる閃光。必殺のごん太ビームが天宙を疾駆ける。
<虫ケラどもが…塵ひとつ残さん!!>
凄味の効いた黒ひよこの声。ペンタゴン星の衛星軌道上に展開していた鍬形虫の群れは、暴力的な光の流れに跡形もなく、その機影を溶かしていった。




