第2話 暮しゅうしています。 (4) 黒の騎士、強襲②
「発進準備、発進準備。当艦は間もなく離陸します。paiは大気圏離脱後に部隊展開。搭乗者は各機体にて戦闘状態で待機!」
ドタバタバタンと多数の足音。人・タコ・ペンギン・ゴリラの右往左往する外宇宙探査艦プレジデント・オバマの船内に、やや緊張ぎみのめぐりんの声が響く。
「んンー。やっぱりオペレーターの女の子がいるってのはいいねェ。己様やる気出ちゃうよ。」
戦橋中央の床からせり出した二段重ねの戦闘指揮席。その上段、艦長席からオペレーター席のめぐりんを見下ろし、ツバサは満足げに感想を述べる。
「戦闘配備中に…なんて格好…!!」
ツバサの艦長席の下段、指揮官席のシホは眉をしかめる。オペレーター席に座すめぐりんはGパンの上にパステルカラーのコンビニエンスストア・「ヘブンダイブン」の制服を羽織った、いつもの姿のままなのだ。
「なんだよシホちん。妬いてんの?」
ツバサがニヤニヤとシホをからかう。
「違います!!私はただ…!!」
あくまでも納得いかないといった体のシホが斜め後ろのツバサを見上げる。
「シホちんだってセクシーチアガール衣装じゃん。」
「いい加減私の制服返してください!!」
真っ赤になったシホは動揺を隠すように額の上に手をやるが、そこには引き下げるべき制帽の庇は存在しない。
例によって中央モニターの前で立たされているイソジニール少佐はひとり、眩しそうにセクシーチアガール衣装のミニスカート内部を見上げている。
「まあいいってことよ!さあシホちん!頼むぜェ!!」
促すツバサの指令に応え。
「SHAKE IT.」
シホが右肩の後ろから1本の円環を取り出す。
シホの胸に襷掛けられる円環が彼女の胸の膨らみをはっきりと双つに大きく区切る。彼女の美しく済んだ水色の瞳の中で黒い虹彩がグググと拡がりその眼に浮かぶ円周率。100%に充たされた真円を引き裂くように/が重なる。
<PAISRIDE.>
シホの唇から無機質な音声が零れた。重力を失ったように宙に拡がるシホの髪が、蒼白くバチバチと静電気の火花を散らす。黽と張った円環が座席に柔らかい肉体を固定する。真黒い虹彩に次々流れて消える英字を、同じ速度で機械的にシホが読み上げる。
<none of terevisions,none of radiosondes,and a little automobiles they go,none of pianos,none of bars,policemen spinnig everyday.awake in the morninng,about 2 - hours walking with cow,none of the electricity,none of the gass,only one time bus comes at the day….>
オバマの発艦行程。常人には把握不能なスピードで飛び交う音声と、常人には理解不能な言葉の羅列。モニターの前のめぐりんは先ほどからおろおろと泣きそうな顔で周囲を見回している。
<thrust,thrust,push,push,brush,brush,and at-last-slash!thrust,thrust,push,push,brush,brush,and at-last-slash!>
「えぇい…面倒くせえ、各行程マルっと省略!全部オッケーで安全、ヨシ!」
〈shake it.sir,captain!〉
「オッシャァ!プレジデント・オバマ、発進ッ!!」
身も蓋もない艦長の指示により、本当にマルっと省略された発艦行程。安全の確認も艦体の状況確認もおざなりのまま、黒のオバマは尻からズモーッと業火を噴き出し、オーロラの揺れる白い空へときらめきの軌跡を残して飛び立っていく。
氷の大地から忙しなく旅立っていく客人を手を挙げ見送る鳥人たち。予告もなく突然90°垂直になった艦内では、天宙の美少女たちの「にぎゃー!」「のわー!」という面白い悲鳴が格納庫の壁にぶつかり木霊し続けていた。
蒼白の天空を抜け、漆黒の天宙へ。一瞬に反転する白と黒。外宇宙探査艦プレジデント・オバマは氷の惑星ペンタゴンを背に、ふたたび星の海に浮かんでいる。
「痛てて…ったく、毎回、毎回…。」
pai3号機の操縦席の中。張りのあるヒップを上に見事にひっくり返っていたタツミがようやく上下の感覚を取り戻し、頭を押さえながら身体を起こす。
「よう、起きたか?ケツ太郎。」
画面から半笑いの震える声でツバサが呼び掛ける。
「ウシトラゥだ。」
タツミはチ、と舌打ちし短く返す。
「大気圏離脱完了。依然、敵機接近中!pai各機は順次発進、部隊展開!迎撃を急いでください!」
めぐりんの声が艦内に響いた。
「ほら、早く発進尻…もとい。発進しろよケツ太郎隊長。」
小画面でニヤニヤと嘲笑うツバサ。
「テメー後で覚えてろよ…?3号機!タツミ出撃るぜェ!パイスライドォ!!」
衛星軌道上での迎撃戦。先陣を切るタツミ、虎縞の3号機が、暴吽と砲弾のように飛び出して行った。
「2号機出ます。パイスライド!」
甲板から跳び発つアキノの2号機。その背中を見送ったハルカは、第一格納庫の外へと1号機の歩を進める。
見慣れたオバマの飛行甲板、その先にあるのは無穹に拡がる天宙の海。ハルカはあたりのぐるりを見回し、地球からここまでの旅の上では「窓の外の黒」としか認識していなかった宇宙の中に自分がいることに息を飲む。
「オゥ、ハルカァ。この期に及んでビビってんじゃねーだろーな。」
ハルカの躊躇を察したかのようにツバサの声が画面から響く。
「背後見てみろ。何がある?テメーの背負ってるモンは何だ。見てきたはずだよな?背後に住んでんのは争う事も知らず、仲良く楽しく皆平等に、日々を静かに生きているペンギンさんたちだ。そんな連中のところにあのワケわからん害虫みてー敵が降りてったらどうなる?連中好奇心が強いからなあ。ワラワラ集まってきて、逃げることもせずにアッという間に皆殺しだろうな。外敵に抵抗するという発想すらない、なんの罪もないペンギンさんたちがだ。たまたま己様たちがこの星に寄港たせいで、情け容赦なくぶっ殺される。己様たちが来たせいで、だぞ。それでいいなら勝手にそこで震えてろ。突っ立ったままそこで死ね。だがもしちょっとでもお前がそこに責任を感じているなら。それが嫌ならさっさと敵前へ出撃て、一機遺らずブチ殺してこい!!」
「……!!」
ツバサの厳しい言葉を受け、操縦棹を握るハルカの右手にグッと力が篭る。
<へーぇ。いい感じで盛り上げてくれるじゃねーの。>
ヘラヘラヘラと茶化す様子で黒ひよこが言う。
<こうまで言われちゃーなあ?こいつはいっちょ、やってやるしかねーんじゃねーの?ハルカちゃん。>
画面の中の黒いひよこに小さく頷くハルカ。返す言葉の替わりに彼女は、両手に握る操縦棹を力いっぱい前に押し込む。
「1号機いきます!パイスライドォ!!」




