第2話 暮しゅうしています。 (2) 店長・こま鳥あきおの災難 ③
「な、なあ…なんか…、やばい雰囲気じゃねえか、コレ?」
ひきつった笑みを顔に浮かべつつ、タツミは広場を見渡している。
駅前広場を埋め尽くす、人、人、人、もとい。鳥、鳥、鳥の、文字通り黒山の人だかり。時間の経過とともに加速度的に数を殖やしたそれは、地球人より大分背の低い鳥人の集まりとはいえ。今やその中心にいるタツミたちが身の危険を感じるに十分なほどその規模を巨大化させている。そもそもここはこの星第一の主要都市、オハコンバンシティのさらに中心。電車に乗るため駅に向かうもの、電車から降りて駅から去るもの。その双方が交差しあい、何もせずとも人の集まる駅前広場である。
まして今日はそれに加えて、露出度の高いチアガール衣装に身を包んだ美少女三人が、お願いします、お願いしますと、なにやらビラを配っている。この惑星の原住生物である鳥人たちの、悪意のない好奇心はこの一点に集中し、群衆はさらに群衆を呼び、その群衆がさらに群衆を呼ぶ。
ビラをほぼほぼ配り終え、「うーし!帰んべ!」とタツミが顔を上げた時には、既に身動きすらままならぬ程。周囲は鳥人で満ち溢れていた。
タツミの隣では既に配るビラのなくなったアキノが興味なさげに立ち尽くし、その逆隣りでは唯一まだビラを持っているハルカが集団に狙われ、埋もれて悲鳴を上げている。
駅舎からプァーと音が鳴り、新たな下り電車の到着が伝わる。ここへ来て遂に第一小隊隊長、タツミ・ウシトラゥは。「…逃げるぞ。」という判断を下した。
「(なんだか今日はヒマだなあ…?)」
レジスターの前に頬杖を突き。廻恵生は無自覚のままに、いつもとは違う今日を過ごす。気まぐれに店外を覗いてみたのは、偶然か、それとも運命の為す必然だったか。
ドドドドドドドという足音とともに、砂煙を上げ駅方向から向かって来る謎の集団。先頭を走る肌も露わなチアガール姿の、健康的な褐色美少女。続いて眼鏡の美少女が胸を揺らし、少し遅れて「隊長どのぉ~!!」と、情けない悲鳴を上げる美少女が続く。そして彼女たちの後方には、凶悪な集団と化した鳥人たちが。黒い一つの塊となって、現在進行形でその数を殖やしつつ追いかけてきている。
その非日常の光景は何故か、廻恵生にはとても眩しく輝いて視え。遂に彼女の前に姿をなして現れた、何かが変わる気配の足音を前に。店の扉を閉めるのも忘れ、茫然と足を止め固まってしまう。
「ついてくんなよぉおおおおお!!!!」
泣きそうな声で叫ぶタツミ、つまらなそうに走るアキノ。「隊…長…どのぉ~。」と息絶え絶えに、よろよろと2人を追うハルカ。目の前でそのハルカが黒い集団に呑み込まれ、ハッと我に返ったその時。
悲鳴を上げる暇もなく、この惑星唯一のコンビニエンスストア・ヘブンダイブンの店員、廻恵生、彼女もまた。凶暴な運命という名の津波の中に、儚くその身を呑まれていった。
「…で。いったいテメーは何を連れ帰ってきてくれちゃって、くれちゃってくれちゃってくれちゃって、くれちゃってくれちゃってくれちゃってるンだ。」
白い氷の港に浮かぶ外宇宙探査艦プレジデント・オバマ、その戦橋。ドゥンドゥンと重低音を鳴らすレコードの盤面を揺らしながら、ターンテーブルの前のツバサがDJ口調で問い掛ける。その口調からはあからさまな不満と、怒りの感情が漏れ出している。
「しょーがねえだろ?ついてきちまったモンはさあ…いいじゃん、どっちにしろペンギンも補充するつもりだったんだろ?」
言葉の内に目の前でふざけた出迎え方をしている上司への釈然としない気持ちを交えつつ、それでもタツミは一応、気まずそうな顔をする。戦橋のなかでは彼女の連れてきてしまった大量の鳥人たちが、興味津々。艦内モニターや火器管制パネル、通信設備などをその嘴でつついている。
「…ナンパで気さくなキザ野郎のイケメン操舵士。」
「はいよ。」
タツミは睫毛の長い鳥人を差し出す。
「筋肉モリモリゴリマッチョな兄貴分タイプの熱血角刈り砲撃手。」
「はい。」
タツミは近くの鳥人におざなりに太い眉毛を描き、ツバサの前に差し出す。
「うし太郎。己様は今日ほど、人間の事を憎いと思った事はねーぞ。」
ツバサはギリリと歯ぎしりの音を立て、下からタツミを睨め上げる。
「えー、皆さん。雇用契約書を書いて頂きますのでこちらに並んでください。法定書類ですので書き方のわからない方は、書き始める前に質問して下さ…おっと、もう書き始めてしまいましたか。」
殺意のオーラを発しているツバサを余所に、有能なイソジニール少佐は既に、鳥人たちの就業手続きを始めている。一人が変わったことを始めると全員がそれに倣う習性。この場に集まった鳥人たちは次々と、一も二もなく太陽系外宇宙探査機構のテキトーな雇用契約にサインをしてしまう。
「気弱でかわいい引っ込み思案の隠れ巨乳オペレーター…気弱でかわいい引っ込み思案の隠れ巨乳オペレーター…巨乳オペレーター…巨乳オペレーター…巨乳…。」
未だ諦めがつかないらしく、暗い瞳でブツブツブツと同じ言葉を呟き続けるツバサの前で。ハルカやアキノら、彼女の部下たちがテキパキと、鳥人の列をさばいている。地球人より遥かに優れた倫理観を持ち争う事を知らない彼らは特に混乱することもなく、時間とともに順調に、その長い列を減らしていく。
その列の最後尾、わけもわからないまま流されるまま、仕方なく列に並んでいた一人の女性。コンビニエンスストア・ヘブンダイブンの制服を着た廻恵生が巨乳巨乳と、呟き続けるツバサの視界に入る。その揺れる胸を目にした瞬間。「巨乳オペレータァアアアアアアアア!!」と頭の悪い咆哮を上げ、野生の獣のような俊敏さで、ツバサは彼女に襲い掛かった。
「うーん…いいじゃないか?いい、いい、いい。」
顎を人差し指と親指で支え、「芸術家先生のポーズ」を取り。乳、尻、ふとももと、ツバサは執拗に廻恵生の全身を眺め回す。その視線に貞操の危機を感じながらも、未だ状況の理解できない彼女は「は、はあ…。」と、困惑した笑みを返している。
「き、きみ、名前!お名前は?」
荒い息を吐きながら問い掛けるツバサ。困惑しながらも廻恵生は、「あ、その、めぐり…」と小さめの声で答えを返す。
「めぐりん!!」
一声叫び、ビクンビクンと震えるツバサ。例によって廻は苗字なのであるが。目の前で「何か」に達してしまっているツバサに、めぐりんはツッコミを返す勇気を持てない。
「これ読んでみて?」
ツバサはワクワクと目を輝かせ、二つ折りの紙片を彼女に渡す。戸惑いながらもめぐりんは渡された紙片を丁寧に開き、書いてある言葉をそのままに読む。
「わ、私…ッ!感じてなんか…、いません…、…???」
めぐりんの脳が自分が何を読まされたのか、理解の及ぶその前に。ツバサは力強い右腕で、めぐりんの腕を高々と挙げる。
「優勝!!」
宣言するツバサ。周囲をかこむ鳥人たちが、パチパチパチと拍手する。
「あ、あの…?私、いったい…?これ、どういう…?」
かわいそうなめぐりんはキョロキョロキョロと、助けを求めてあたりを見回す。ハルカが申し訳なさそうに頭を下げ、アキノの眼鏡が興味なさげに白く曇り、イソジニール少佐はアーメンと胸の前で十字架を切る。
「採用…決定だな…。」
完全に哀れみの目でめぐりんを見ているタツミ。当のめぐりんだけは自分の置かれている状況が未だサッパリ理解できずに、おろおろと胸を揺らしている。
「ま!そーいうわけであるから!今日からよろしく頼むよめぐりん!!OMNKOは親方ヒノマルだから、安心して倒れて死ぬまで、ぼろ雑巾のようにバリバリ働いてくれたまへ!!」
ツバサはらんらんと目を輝かせ、雇用契約書にサインを迫ってくる。
「さあ!さあ!さあ!」とツバサが掲げた、雇用契約書という五文字が視界いっぱいに広がった時。
めぐりんの中の何かが切れ、考える前に叫びは生まれた。
「ダメですっ!!!」
めぐりんの精いっぱいの叫びは戦橋に満ち、巨山のようなオバマを揺らす。
予想外の反撃に遭い、ツバサはキョトンと立ち尽くしている。
「ダメです…ダメです…ダメです…。だって私、今、バイトの途中だし…、お店開けたまま来ちゃったし、私がいなくなったら店長倒れちゃうし、お店だってなくなっちゃうし…。」
えぐっ、えぐっとわけもわからず泣きながら。めぐりんは切に訴えかける。「やりたくないこと」がいつの間にか「やるしかないこと」に変わり、「やりたくないこと」を続けていくしかない日常。心の底で待ち焦がれていた、そんな日常が変わる兆し。突然に、しかしようやくと目の前に訪れたそれに対してめぐりんのとった選択は、本人にとっても意外なことに。あれほど抜け出したいと願っていた「やるしかないこと」を続ける日常、その生活を守ることであった。しかしそれは。流されるまま生きてきた彼女にとって生まれて初めて、自らの意思で「やりたくないこと」。それを跳ね除け、拒絶した瞬間であった。
「バイトの途中だから…。帰してください、ごめんなさい。」
深々と頭を下げるめぐりん。消え入りそうな声ではあるが。彼女にとって譲れない、何があっても折れない主張であることがその口調から伝わる。そんな強い意志の籠った一言であった。ツバサはしばし固まっていたが、やがてめぐりんに歩み寄り、やさしくその肩に手をかける。
「そうか…。いや、正直すまんかっためぐりん。己様つい嬉しくて、ちょっち舞い上がっちまったようだな。いや、すまんかった。そうだよな、めぐりんの事情とか。めぐりんの気持ちも考えてやらんとイカンかった。すまんこ、すまんこ。真面目にすまんかった、ウンウン。」
先程の強引さがウソのように、めぐりんの主張に理解を示して見せるツバサ。めぐりんは小さな声で、「すいません…。」と再び、精一杯の謝意を伝える。
タツミ、ハルカ、アキノ。戦橋に集まった美少女たちはそんな二人を暖かく見守り、鳥人たちは拍手する。イソジニール少佐はただ一人、めぐりんの乳に注目している。
「失礼します…。」
エレベーターの扉の前で、めぐりんは深々とお辞儀をする。
「おぅ。悪かったなめぐりん。ま、悪いようにはしないから後のことは己様に任せて、今日は気をつけて帰ってな!!」
ザッハッハッハッハと笑いつつ、右手を挙げて見送るツバサ。その笑顔はこれまでのツバサの数々の愚行を知る者であれば、完全に嫌な予感しかしないモノであるが。残念なことに今日ツバサに出会ったばかりのめぐりんは、ツバサという人間をまだよく識らない。
チン、とエレベーターの音が鳴り、左右に開いた扉の前で、降りるシホと乗るめぐりんがすれ違う。一瞬の交錯を遂げた二人は互いに短く会釈を交わし、言葉もないまま別れていった。
「これは…。どういう状況なんですか?」
所狭しと並ぶ大量の鳥人に出迎えらえた外宇宙探査艦プレジデント・オバマ、その艦長代理である金髪の美女は。気絶していた間に自分がセクシーなチアガール衣装に着替えさせられていることにも気づかず、こめかみをピクピクと痙攣させていた。
その晩。
店内のバックヤードに設けた仮眠スペースで定刻通りに目を覚ましたコンビニエンスストア・ヘブンダイブンの店長。こま鳥あきおは妙な空気の違和感を感じ、無人の店内、開いたままの扉から首を傾げて店外に出るが。そこがいつもの駅前通りではなく、卵型のロボットが立ち並ぶ外宇宙探査艦プレジデント・オバマ、その第一格納庫である突拍子もない事実。それに頭が追い付かず、変な笑いをその顔に浮かべる。
同時刻。
そこにあったはずの店舗がマルっと4号機のクレーンに拉致られ、「移てんしました。」とぞんざいな看板だけが遺された空き地の前で。
めぐりんこと廻恵生はハハハ、ハハッと、乾いた笑い声をただ立てていた。




