第1話 出立の日 (3) オバマ、星の海へ ③
鳴り響く警報。
穏やかに流れていた午後の時間、弛みきった艦内の空気が一変する。
「敵襲…艦長!」
シホが緊張した声色でツバサの背に呼び掛ける。
「ッ…!!」
弾かれたように振り返り、脇に立つイソジニール少佐をギッと睨み付けるツバサ。少佐はフフン?と、それ見たことかと言いたげな笑みを浮かべている。
「てめェッ!!」
今にも少佐に掴みかかりかねないツバサの異様な様子。後ろではシホがおろおろと胸を左右に揺らしている。
「邪魔だ!!」
少佐を突き飛ばすようにしてツバサはモニターの前に出た。
「全オバマ搭乗員告ぐ!敵襲!敵襲!総員ただちに戦闘態勢に移行!pai第1小隊は発射台へ向かえ!ペンギンどもソッコーで発射準備しろ!準備が出来次第順次発進、敵機の迎撃にあたれ!4号機はタコとゴリラで砲撃フレームに換装、甲板上から対空砲火、とにかくブッぱなせ!!残りの手の空いてるペンギンどもで港の野次馬連中の避難誘導、2秒で終わらせろ!!」
イライラと怒りの感情を叩きつけるが如く、次々とツバサは指示を出していく。
「…ヒゲ。テメーはそこを一歩も動くな。動いたら殺すぞ。シホちん!」
「はい!!」
初韻と床からせり出してくる指揮官席。軽やかな跳躍でシホが飛び乗り、その後方、さらに一段高い艦長席にツバサが着座する。
1人モニターの脇に立たされているイソジニール少佐は。
「(動いたら殺されてしまいますからなあ…。)」
ベスト・ポジションからシホのタイトスカートの中を見上げ、「(白ですか。)」とその目を細めるのであった。
「3号機、前衛!会敵後は即、戦闘に移行!出来得る限り敵機の数を減らしてください!前回同様の増援による不意討ちを受ける可能性も考えられます、最大限の注意を!」
操縦席のタツミに向け。画面の中のシホが呼び掛ける。
「了解!任されたァ!」
タツミは嬉しそうに口角をニィと吊り上げ、その牙のようの尖った犬歯を剥き出しにする。
「2号機、中継!敵機とは中距離を保ちタツミさんのサポートをしつつ残敵の掃討!1号機のフォローもお願いします!」
「了解。」
青白い画面の光を反射し。アキノの眼鏡が白く光る。
「1号機は後衛!3号機、2号機の防衛ラインを抜けた敵機が本艦に接近するのを防いでください!4号機も換装が終了次第、艦上から支援にあたりますので絶対に無理はしないように!!」
「しゃけ!!」
ハルカの緊張した声が密閉された操縦席に響く。とりあえず返答はしたものの、座席に座るハルカはそわそわと落ち着きがなく。心ここにあらずといった様子である。
「あー、言うの忘れてた。諸君、これは訓練ではない!繰り返す!諸君、これは訓練ではない!」
「うるせえ!3号機、出撃るぜ!パイスライドォ!!」
例によって例のセリフをツバサが連呼する中、タツミの3号機が射出される。暴怨と発射台の轟音。揺れる艦内。「訓練じゃないぞ!ないんだってば!」としつこいツバサの艦内放送。
「(訓練じゃない…実戦…『戦い』、なんだ…?)」
ハルカの頭の中で思考がグルグルと渦を巻く。ロボットに乗っての、2度めの『戦い』。この2日のあいだに繰り返し見てきたアキノとイソジニール少佐のお約束のやりとりから、自分が何の為にこの艦に呼ばれたのか。なんとなく察してはいたのだが。平穏な午後に突然、目の前に降ってきたこの状況。ハルカは混乱を隠せないでいる。
「大丈夫。落ち着いて。あなたはひとりじゃない、私が守る。」
画面から語りかけるアキノの声。「え?」と目を上げたハルカが返事をする間もなく、目の前の2号機は発射台にセッティングされていく。
「2号機、出ます!パイスライド!!」
儚遠と轟音、ふたたび艦内が揺れる。
「(委員長…。)」
意外な相手から掛けられた意外な言葉。ハルカにとってアキノの存在は常になんだかツンケンしていて、よそよそしい眼鏡委員長のイメージしかなかったのだが。
<ヒュゥー。激ラブじゃあん。>
冷やかす黒ひよこの声なぞ耳に入らず。ハルカは1号機の右前腕。アキノの2号機から移植された青い腕を見つめている。
「ハルカさん、発射準備完了です!お願いします!」
画面からシホの声が響く。
「しゃけ!!」
顔を上げたハルカは、強い眼差しで太陽輝く空を見上げる。
「1号機、いきます!パイスライドォ!!」
望音と轟音。純白の1号機が、青く拡がる天宙に吸い込まれていく。美少女たちと謎の外敵。第2ラウンドの開始を告げるゴングが鳴った。
たなびく雲海を抜け。一面の青の世界へ躍り出たタツミの3号機。待ち構えていたかのように、上空から無数の光点が迫る。
ニィと嬉しげな笑みを浮かべ、脇の操縦棹を握り締めるタツミ。その意表をついて、警報が後方から急速接近する物体の存在を告げる。
「なぁっ!?後ろ!?」
タツミが振り返るより速く。加速機を全開にした1号機が、とてつもないスピードで3号機を追い越し上空へスッ飛んでいく。
「にゃああああああああああああああぁあああああああ!?」
<イーィヤッホゥーウイィーッ!!!>
ハルカの悲鳴と黒ひよこの奇声。先ほどまでの流れが色々と台無しな雑音を発しながら敵機の群れに突っ込むハルカの1号機。タツミはあまりの予想外の事態に追うのも忘れ、ポカーンとその後ろ姿を眺めている。
<ヒャッハー!ここは通さないぜー!!>
完全にアーメンご機嫌ヒァウィーゴーといった状態の黒いひよこ。一直線に急接近してくる卵型のロボットに向け、不快害虫を思わせるデザインの「敵機」の集団がわらわらと襲い掛かってくる。
「きゃぁあああああ!!」
思わず画面から目を背け、座席に丸くなるハルカ。画面いっぱいに迫りクワと牙を剥いてた敵機が、突如横殴りに吹き飛ばされ、画面の外へと消えていった。
<セグンデ…。>
黒いひよこが不敵に嗤う。その嘴は悪魔のように、がぱりと大きく裂けている。
<新兵器、俺様ステッキ!俺様ステッキ!俺様ステッキィーッ!!>
純白の1号機に我先にと襲い掛かる敵機、その一機一機が。1号機の振り回す棒状の武器に、一撃のもとに叩き墜とされていく。
<うーん俺様ちゃんてば超無敵…いやむしろ、素敵…?>
蚊蚊蚊と振り回していた棒状の武器を、ピタリと止める卵型の機体。それは中国拳法の棒術の如く、まさしく「様になる」構えであったが。残念ながらその手に持っているのは先ほど甲板の掃除をしていたモップである。
「へ…やるじゃねえかハルカの奴!だがなあ!私にケツ見せるなァ頂けないぜ!!」
負けじとこちらも突っ込んでいくタツミの3号機。雄叫びとともに縦に、横に、振り回される巨大な右拳が。群がる敵機をただの鉄屑へと粉砕していく。
<ほら、ほら、ハルカちゃんも!!>
獣の如き咆哮を上げ荒れ狂う3号機を横目に黒いひよこが促す。「え?え?」と意味もなく左右をキョロキョロ見回すハルカに、新たな敵機の一機が迫る。
「え、えぇと、えぇと…!!」
戸惑いつつ、唯一知っている操縦方法で操縦棹を前に押し込むハルカ。
「押して!!」
愚者。前方に押し出された1号機の両拳が、接近してきた敵機を潰す。
「引く!!」
愚者。両掌に掴んだ敵機の頭を、1号機が膝へと叩きつける。
「押して!!引く!!押して!!引く!!押して!!引く!!押して!引く!!」
夢中で操縦棹を前後させるハルカ。その動きは偶然ながら、格闘技の連弾膝蹴りに似て、愚者、愚者と繰り返し、哀れな敵機を粉々にしていく。
<ヒョー!ハルカちゃんてば案外、容赦ないねえ!!>
さも嬉しそうにヘラヘラヘラと嗤う黒ひよこ。その前ではハッ、ハッ、ハッ、と肩で荒い息をするハルカが、ようやく操縦棹から手を離した。原型を留めないほど必要以上にボコボコにされた哀れな敵機は、力なく雲の海へと滑り落ちていく。
「やっつけた…の…?」
呆然と画面を見つめるハルカがそれを見送る。
「1号機!!」
アキノの叫び、唸る銃声。
死角から1号機に迫っていた敵機を、2号機の銃撃が牽制する。
<ナイスフォロー、眼鏡ちゃん!しかもボイン!!>
黒いひよこの軽薄な台詞。アキノは無言で1号機を撃つ。
<へッヘ!>
ひょいと軽やかに身を翻す1号機。宙返りしたその右腕が、動きの止まっている敵機へ狙いを定める。画面に重なる赤い十字、LOCK ON!の表示が光る。
<新兵器、俺様ロケットパーンチ!改!!>
黒いひよこの叫びとともに。1号機の青い右前腕が、勢いよく射出された。前回の戦闘で損失した1号機の右腕。その替わりに移植された新兵器。本来、2号機で試験運用される筈だった予備部品。古式ゆかしき、スーパーロボット伝統の必殺技である。
敵機を貫いた青い右拳が、軌引と弧を描いて飛び。誘導光線に導かれ、静かに1号機の腕へと戻る。
<か、か、か…カッコイイ…!!>
黒いひよこはぶるぶると。感動にその身を震わせていた。
「オバマよりpai各機!暗号C!8秒後に対空砲撃を行います!範囲外へ待避してください!!」
シホの指示とともに、ALERT!の文字で真っ赤に埋め尽くされる各paiの画面。その中央で、6、5、とカウントの数字が減り続けていく。弾けるように散開する3機のpai。一瞬の後、地上から立ち上る白い光の柱が眼下の雲海を貫いた。群れをなす敵機の一団はその光の中、溶け込むように消滅していく。
雲の下。海上のオバマの甲板。湯気を上げる4号機の右肩に設置された巨大な砲塔が呀孔とその砲身を横に外し、罵琉琉琉琉琉琉琉と高速で回転させる。
「4号機、チェストバスターカノン冷却開始!次弾発射可能まで180秒!戦闘は継続しています、4号機は戦闘態勢を続行!」
「おぅ、やるなァ!さすがゴリラ!!」
シホの指示が飛び、タツミが歓声を上げる。モニターに映る美少女2人。ゴリラはモジモジと俯いている。
<あの野郎…ゴリラのくせに目立ちやがって…!!>
ギリと歯を鳴らす黒いひよこ。画面に円形のゲージが浮かび、あっという間にそのパーセンテージが埋まっていく。
<俺様だってそのくらい出来るモンね!>
「え…!?ちょ…!?」と慌てるハルカ。その前で、100%となった真円に/が重なる。
<フィーバー!>
1号機の胸部装甲が呀禁と移動。露出した2問の砲塔から、溢れだす懃太ビームの光の奔流。
<くらえぃ俺様超必殺!!おっぱいビィー
「ブレストファイヤァアアアアアアアアアッ!!」
ムッ!!>
黒いひよこの叫びに被さる、ハルカの絶叫に近い必殺シャウト。1号機から放たれた必殺の光は、瞬く間に敵機を呑み込み光の中へと溶かしていく。
<お、おい、ハルカちゃん…。今のは相当にまずいぞ?『ロケットパンチ』だけでも既に怒られそうなのに…。>
珍しくおろおろと狼狽する様子を見せる黒いひよこ。
「『おっぱいビーム』じゃないもん!!」
ハルカは最低限、ここだけは絶対に譲れないという部分を声高に主張した。
4号機と1号機。2機のpaiによる超必殺技の十字砲火。paiを駆る者たちと謎の敵機の一群、その戦闘の趨勢はほぼほぼに決したかのように見えたが。
無究の青空に訪れる暗雲。言外の圧力、圧倒的質量の重圧感。戦闘中に幾分か高度が下がっているとは言え、太陽を遮るものなきはずの雲海の上に、みるみると巨大な陰が拡がっていく。
それは惑星が降るかの如く。きわめて緩慢に天宙の果てから、美少女たちの頭上に降下りてきていた。
「へ…ついに母艦のご登場ってワケか…!」
タツミの声に若干の緊張が走る。謎の外敵、その母艦と思しき巨大な船影。今までの敵機とは明らかにその強大きさと強重さを異にする球体が、ゆっくり、ゆっくり、3機のpaiに迫ってきている。
「上等!!」
タツミの口角が上がり、その鋭い牙を剥き出しにした。




