第1話 出立の日 (3) オバマ、星の海へ ④
「艦長!!」
指揮官席のシホが思わず斜め後方を振り返る。画面に映るあからさまに巨大な敵影。敵機の襲撃の時点で増援の想定はしてはいたが、さすがにこれは予想外である。
「ほう。」
頬杖をついて画面を見ていた艦長席のツバサが、いかにも面白そうにニヤニヤと笑う。
「当艦に船底見せながらトロトロ降りてくるたァ…己様もずいぶんと舐められたモンだなァー?おいシホちん。この世の中舐め腐ってるアホゥに一丁、モノホンの地獄ってやつを見せてやろうぜ!」
指先を所在なげにクルクル回し、なんという事もないかのように話しかけるツバサ。その意図するところに気づいたシホが、顔色を変えて席から立ち上がる。身を翻す勢いでその豊満な胸部が大きく揺れる。
「艦長ッッ!!」
「己様権限。」
諌めるシホの機先を制し、魔法の言葉を発するツバサ。STOP!と拡げたツバサの掌を前に、シホは反論の言葉を失ってしまう。
「…shake it.。」
「応よ。己様の艦に喧嘩売ってきやがったその罪の異常な重さ。とくと思い知らせてやるぜ。」
従順に席に座り直したシホの後頭部へ。ツバサは楽しそうに台詞を投げた。
「(監査役権限で止めることも可能ですが。)」
さて、どうしたものでしょうなあ。画面脇のイソジニール少佐はどうしたものでしょうなあ?と首を捻り、とりあえずのところシホのタイトスカートの中を凝視するのだった。
指揮官席に座るシホが座席の右後ろに手を回し、1本の円環を掴み出す。左腰下まで素早く引き下ろした円環を頑鎮とロック。襷掛けに装着された円環に押さえられ、大きく盛り上がったシホの胸が双つの丘に別けられる。
瞬間、火花が走り、シホの身体が青白く帯電した。美しいブロンドの長髪が重力を喪ったように大きく浮かび上がり、パチパチと静電気をスパークさせている。シホの透き通るような水色の瞳の中で、真黒の虹彩がグググググとその面積を拡げていった。その真黒い円の中で、徐々に上昇していく円グラフの充填率。やがて100%に充たされた両眼に、切り裂くように/が重なる。
<SYSTEM ALL GREEN.>
<"π/s'RIDER" No.5 ACCEPTED.>
指揮官席前の画面にビコビコッ、ビコビコッと打ち出される文字列。それを読み上げる音声は、いつもの穏やかなシホの声ではなかった。言葉こそ彼女の母国語ではあるが。およそ人間という生物の発する声とは思えない、無機質な、機械的な音声。聴く者によっては不快感すら感じるであろう早口で、機械のようにシホは淡々と画面を読み上げていく。
<PAISRIDE.>
指揮官席のシホが。抑揚のない声でその言葉を呟いた。
宇宙探査艦プレジデント・オバマ、その、船体深く。艦内、艦外の喧騒を他所にひっそりと鎮まり返るヒミツの第2☆格納庫。
向かい合う黒と灰色、2機のpai。その1機、灰色の5号機が、暗闇の中にヴンと起動の咆哮を上げる。
「おい!いきなり着艦指示とか、一体どういう事なんだよ!?」
喧騒でごった返す第1格納庫。帰艦した3号機から飛び降りるなり、タツミはタコの教授・リーに詰め寄った。同様に戻ってきた1号機・2号機。その頭頂の搭乗口からぴょこりと顔を出し、ハルカとアキノが様子を伺っている。
「せっかくブン殴り甲斐のありそうな艦が降ってきやがったってのによお!返答次第じゃタダじゃおかねーぞ!?」
タツミがタコの白衣の襟首に掴みかからんとしたまさにその時。プレジデント・オバマの艦体が、ぐらりと横に大きく揺らいだ。バランスを失って倒れかかるタツミの身体をタコの触手が素早く支える。
「お。悪ぃ…。」
自分が怒っていたことも忘れ、タコに謝意を告げるタツミ。言いかけたその言葉が小刻みに揺れている艦体のオォオオオオオオオオオオオオオオオオンという遠吠えのような駆動音に遮られ、タツミはギョッと動きを止める。
2号機のアキノは何かに気がついたようにハッと顔を上げ、1号機のハルカは唯一状況を理解出来ずにキョロキョロとあたりを見回している。
「あンの艦長、まさか…!!」
タツミは最悪の事態を想定し、ひきつった笑みをその顔に浮かべた。
<WATER BALLAST EXHAUSTING…56%…34%…11%…COMPLETED.LEFT SIDE,ANCHOR No.1 - 3 - 5 -7,ALL RELEASED.RIGHT SIDE,ANCHOR No.2 - 4 - 6 -8,ALL RELEASED.MAIN ENGINE AWAKEN,TO FULL DRIVE REQUIRED 240SECONDS.SINGLE "GOGGLES" CALLED GLASSES in ENGLISH,DOUBLE "GOGGLES" is TWO GLASSES,TRIPLE "GLASSES" BECOME SUN GLASSES. GOOD DOG is WONDERFUL and THE TIME DOG FACES THE WEST,HIS TAIL FACES THE EAST….>
1.2倍速で再生された動画のように。耳障りな機械音声でシホが次々とオバマの発艦作業を進めていく。その様子を後方の艦長席から、偉そうに頬杖をつき自慢気な表情で見下ろすツバサ。正面の画面にビコビコッ、ビコビコッと、英字が飛ぶように流れては消える。
<"DADDY" is FATHER,"MAMMY" is MOTHER,"Bro." is BROTHER,"BRASSIERE" is SISTER.DID YOUR REMEMBER?Yes,I REMEMBER!GOOD,NEVER NEVER FORGET!Yeah,I FORGET YET!ALL PROCESS in COMPLETED…Sir,CAPTAIN!>
「応ッ!」
シホが後方に着座するツバサを促し、待ってました!とばかりにツバサが応える。
「メインブースター点火ァ!プレジデント・オバマ、発…ッ、進ッ!!」
眼下の画面に向け号令一閃。開いた右手をツバサが大きく振り下ろした。
港に聳える外宇宙探査艦プレジデント・オバマ。その黒い小山のような巨体が徐々に傾き、あたかも背面跳びする前のクジラの如く立ち上がっていく。その船体から滝のように流れ落ちる海水。弾ける飛沫が辺り一面に薄霧を造り出す。
弩膨。
オバマの最後部。メイン・ブースターが爆音を立て噴火した。大きく抉られ穴の空いた海面、その容積と同じだけの海水が球珠となって空中に巻き上げられ、一瞬の後に花火と爆ぜて港に突然の騒雨を降らせる。
この夏の2週間ほど、港の風景の動かぬ一部として波止場に鎮座し続けてきたプレジデント・オバマ。その威容が90°縦に角度を変え、ロケットの様に尻から火を噴きつつ垂直に上空へと翔び上がっていく冗談のような光景。それに対し、上空からは明らかに浮いていること自体が不自然な超質量の塊、謎の巨大な球体が。ゆっくり、ゆっくりと白い雲の中からその姿を現しつつある。俄には現実のものとして受け容れがたい、超常的にシュールな光景。夏の終わりの港の景色は一変し、穏やかな日常というものの終焉を伝える。
「艦首特装砲、スタンバイ!」
<SHAKE IT.CHEST BUSTER CANON,STAND BY.>
ツバサの指揮に応えるシホの両眼、その拡大された黒い虹彩にふたたび円グラフの充填率が浮かび、充たされた100%の真円を切り裂くように/が重なる。同時にオバマの艦首、4機の砲蓋が破瓜と開き、必殺の砲門がその姿を露した。
「全砲門一斉射の後、防御幕全開にて全速前進!ぶちかませえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
<Sir,CAPTAIN.FEVER!>
ツバサの、シホの叫びとともに。4門の砲頭から放たれた4筋の光条は渦を巻き伸びてやがて混わり、1本の厳太い閃光へと束ねられたそれが迫る球体を一瞬に貫く。地球の大気の中へと散って徐々に根元から減衰していく光の粒子。薔薇薔薇薔薇と降り注ぐ焼け焦げた残骸を掻き分け、光を追いかけるようにオバマは進む。
ペンギンたちに誘導され、港の展望室に避難した人々は見た。海面より大空へ、垂直に伸びた光の旅路を。それを真っ直ぐ、どこまでも昇っていく黒の宇宙船を。戦乱、波乱、嵐の幕開け。無限の天宙はただただ静かに、美少女たちの出立を受け容れている。
宇宙の旅がはじまる。




