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第3話「騎士の決意」

「これはロザリンドお嬢様。今日は一段とお美しい」


 テオドールはすっと目を細め、冷ややかな笑みを浮かべながら皮肉げにそう言った。

 ロザリンドはそんな神官騎士を睨み付ける。身体には疲労が蓄積しているし、全身のあちこちが痛い。髪だってろくに手入れはできなかった。見苦しい姿であることはロザリンド自身もよく分かっているのだろう。なまじプライドが高いだけに、美醜に言及されるのは我慢ならなかったようだった。


「やめなさい。今の私が美しく見えるなんて、性根だけではなく目まで腐っているようね」

「これは珍しい。ロザリンドお嬢様がご自分の美しさを否定なさるとは……」


 テオドールはずかずかとロザリンドに歩み寄り、少しだけ背を屈めて耳元に口を寄せる。

 癖のないプラチナブロンドがロザリンドの頬に触れた。

 テオドールの囁きは、ロザリンドのわきに控える二人のメイドには聞こえなかっただろう。


「……地下牢まで運んだ甲斐はあったな。なぁ、ロザリンド」


 下卑た声で言ってから、忍び笑いを漏らすテオドール。

 彼はすぐにロザリンドの耳元から顔を離した。次の瞬間、乾いた音が宙に響く。ロザリンドがテオドールの頬を平手で打ったのだった。忌々しげな表情を見せるテオドールを睨み付け、ロザリンドは毅然と言い放つ。


「無礼者。口の利き方に気を付けなさい」

「……失礼致しました。私の些細な発言がロザリンドお嬢様のご気分をここまで害してしまうとは思わず……」


 そんな言葉とは裏腹にテオドールの顔には愉しげな笑みが浮かんでいたし、その目はどこか冷ややかなまま、まるで値踏みするようにロザリンドを眺めていた。謝罪も言い訳も必要ないと分かっているからこそ、こうして口先だけで反省した振りをして見せるのだろう。ロザリンドの内心は私には知りようもないけれど、彼女が苛立っていることはその口調から窺えた。


「テオドール。私にそんな話をするためにわざわざ持ち場を離れたの? 違うでしょう? 用件を言いなさい。領主代理を務める者には報告する義務があるはずよ」

「……領主代理は私ではなく父ですよ、伯爵令嬢ロザリンド殿」


 テオドールは低い声で言った。彼らしからぬ声色だった。先程まで浮かんでいた笑みはすっかり消え失せて、鋭さを増した目つきには殺意が宿っているように見えた。それは彼が父の末路とその犯人を把握していることを意味している。でも、と私は怪訝に思う。彼は何故、ロザリンドを殺そうとしないのだろうか。ゲーム内ではメルヒオールに怒りと殺意を向けていたのに。死体すら残らずに消えたから死の実感がまだ湧いていない? 心身を病んで疲弊した父の姿に比べると理不尽さを感じない? 己の帰属する組織に裏切られたわけではないからプライドはさほど傷つかなかった? 理由は色々と思いつくけれど、確信は得られない。私に分かることはただ、ゲームとは違う流れになっているということだけ。それは私自身が望んだことだったけれど、行く宛のない闇の中に足を踏み入れてしまったような心細さに苛まれる。

 テオドールは一呼吸置くと、冷ややかに付け加えた。


「言葉にはご注意ください。私とて、折角手にした玩具を失いたくはないのですよ」

「──言葉遣いに気をつけねばならぬのは貴様の方だ、テオドール」


 思わぬ方向から声がした。ロザリンドとテオドールのやり取りに口を挟んだ者がいた。声に聞き覚えはあるけれど、口調がいつもと全く違う。流石に私も驚いた。リーゼロッテがこんな喋り方をするなんて、そんな場面はゲームにはなかった。まあ、彼女の設定を考えれば、十分有り得ることだけど。

 驚いたのは私だけでなくテオドールも同様のようで、彼はしばらく言葉に詰まり、口をもごもご動かしていた。一言で言うと、間抜けヅラ。想定外の方向から反撃を食らうと彼のような傲慢な男でもこのような反応を示すのか、と少し意外に思ったけれど、まあ、兄の作ったキャラだし。兄もすぐ間抜けヅラを晒すし。そう考えるとあっさり納得できる。

 無防備な表情のテオドールにリーゼロッテは一喝する。


「神の威光と自身の立場を混同するのもいい加減にしろ」

「だ……、黙れ。使用人風情が……この私に向かって……」

「聞く耳を持たぬと言うのならば剣で決着を付けても構わん」

「剣だと? 馬鹿を言うな、神官騎士とメイドでは勝負になどならん」

「私は帝国騎士リーゼロッテ・ツァイラー。ハインリヒ伯爵の命によりロザリンド様を護衛している。……シャルロッテ、神官騎士の遺品の中にある剣を持って来い」


 シャルロッテは頷くと、広間の向こうに消えてゆく。彼女だけは驚きを顔に出していなかった。リーゼロッテの素性について思うところがあったのだろうか。それとも己の内心を顔に出さないだけなのか。

 テオドールはリーゼロッテに「いいでしょう」と答えた。その顔には冷ややかで高慢な笑みが浮かんでおり、彼の精神状態が平常運転に戻ったことがありありと見て取れた。テオドールは再びロザリンドに顔を向け、「あなたは随分と大切に思われているようですね」と穏やかに言った。そしてまた、おもむろに私の耳元に口を寄せると、「いつまで続くだろうな?」──そう冷やかに言い捨てた。


 私はヘルムート司教で錬成したダイヤモンドを思い出す。

 そして首に残っているはずの歯形を思い出す。

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