王伝編集官 37話
「母が無理を言ってすまない」
開幕早々ばれてます。いっそ清々しい。エイドリアン様の馬車内で向かい合って座る己に思わずため息。決してお会いしてから今の今まででまったく表情が変わらないからではないですよ。しかしここで心が折れていてはいけない。後学のため聞いておかねば。
「どうしてわかったんですか?」
「強いて言うなら目が死んでいた。そんな女性は見たことがない」
「すみません・・・」
「気にすることはない。他は完璧だった。身を守るのに必要な事だろう」
なんだろう、この感じ。空気が重いというのか。肩書きのえらい人たちには慣れてるけど、威厳とか重厚さともちがう。ふと目に付く、馬車の動きに合わせたゆるふわに巻かれた蜜色の髪。そして元の姿では感じなかった落ち着かなさ。あることに気づき恐る恐る聞いてみる。
「過去に私みたいに反応のちがう女性っていました?」
「最近ならフェルメリア姫・・・後、そうだな肖像画の時にいた・・・」
そう言ってしばし考えをまとめていらっしゃるのか。この方、無自覚だなぁ。まじめで誠実なゆえに、きゃいきゃいしてるお嬢様方を「ひるませて」いるって。私も張り付いた笑顔のままでいるのがちょっと辛い。
「・・・メルエ氏の令嬢だったな。あのように真っすぐな眼で見つめられたことなどなかった」
すると今までの車内のうっとおしいほどの重苦しさが消え、エイドリアン様の表情が和らいだ。なんてたんじゅ・・・わかりやすい。初恋もまだな私でさえ一目瞭然。母君もこれを見つけられたのか。そして私にそれを自覚させろと。無理無理無理ー。トニーさんの時とは訳がちがいますぅ。
無情にも馬車はカルツ邸に到着。妹さん相手でエスコートにも慣れているようで、車外に出てすっと私に手を差しだす。「おかえりなさいませ」と扉を開けた人のどこか表情が・・あれ?こめかみがピクピク。扉をくぐると執事さんやメイドさんたちがお出迎えです。そこでもピシッと音がしそうな空間が生成。なんだろうプロがこれほど動揺するなんて。疑問を解消すべくそっとお隣を見上げると。やさしげな微笑みを浮かべてエイドリアン様はこちらを見ていました。
「ではまた夕食に」
コクリとうなずいた。というか返事ができなかった。頬に熱が集まるのがわかり、信じられない。うろたえた表情そのままで自分の客室に戻ったけど、その時の様子はまるで。
「とても初々しいカップルでしたよ」
なんて話が次の日の昼には街中でうわさになるという、セキュリティやプライバシーはどうしたと思うのでした。
---幕間--- エイドリアン様の事情
妹はまだいい。しかしまさか身内とはいえ王妃まで巻き込んだのか、あの人は。私の役職が近々変わることを父の兄である国王より非公式に告げられてから周囲が騒がしい。主に母一人の仕業だが。なにやらこそこそとしているが、部下が申し訳なさそうに「報告します?」な顔で問うので聞いてやらねばな。
明日はミア嬢が友人への土産を買うのに同行しろとメイに泣きつかれたが、そのくらいの時間はあるだろう。どうやらあれは最近母に似てきたな。ミア嬢が感化されたりしたら彼に申し訳なく思うくらいに。
主人公、ヒロイン兼任の図。