王伝編集官 34話
どうしてわたしじゃないの
なぜわたしじゃだめなの
自ら生み出した真っ暗な場所で
いつからか思い出せない時を
ただ泣いているだけ
なにも変わらない
だれにも変えられない
流した涙だけが彼の地に引き寄せられる
「それでは、南部大森林における変異種の発生状況と暴走した際の討伐を依頼します。」
「あぁ、明日から2日ほど見てくる。入手した素材はどうする?」
「魔核と素材の一部以外はそちらにお任せします。お一人で行かれるので?」
「どうしても来たいと言ったあれに後を任せる。あなたのおかげで多少の忍耐は身に着くだろう。」
くつろいだ様子のベルデミン王子は、グラスを揺らし黄金色の酒をながめ目を細める。甘く立ち上る香りを楽しんでいる。ティンの実は香りを楽しむものだとつくづく思う。リノリスが飲んでいるのは同じ実の果実水だが楽しむというか、ただ普通に飲んでいるが。
(このマスとサーモンのテリーヌおいしー。串焼きもよかったけど養殖でマスは年中食べられるけどサーモンは遡上時期しか取れないから高価だもんね。こういうおもてなしに同伴できるのはお仕事とはいえうれしいなぁ)
おもてなし、と称されるこの場にいるのは4名。ベルデミン王子とフェルメリア姫、そしてラディアス王子とリノリス。普段の席位置とちがいリノリスはフェルメリア姫の向かい席、ラディ王子はベルデミン王子の向かい席だ。断定しないのはリノリス一人がおいしそうにもくもく食べてることにあるとは本人にはわかっているのやら。
(どのお料理にもティンがアクセントになってるけど使い方がちがうから同じだと思わないし。特産品の紹介だけならここまで使わないんだけどねぇ。)
「次は鹿肉のハンバーグ、ティンソース添えです。ここまででどうです?」
どう、という何がと思う問いだが、ラディ王子はしれっと通常営業。むしろ向かいのフェルメリア姫が最初に変化していた。非公式な上、お世辞にも広くない会議室だろう部屋での昼食会。社交的な姫だが料理を食べだしてからなぜか口数が少ない。おいしく召し上がってるのはわかるが。なにかゴフマンがあるのかと心配になってきたが、グラスの酒を一口飲み「ふぅ」と淑女らしからぬため息を扇で隠してしまわれた。その目は潤みなんとも色っぽい視線でラディ王子で射貫く。
「なんという罪作りなものをお作りになられたのです?我らのみ酔わせるとは。冷めるのも早く依存性もない。媚薬とは真逆の効果、へたをすれば魔族も獣人族も滅びてしまいますわ」
「あくまで過剰な部分を押さえるだけですよ。男女の2人きりを覆す効果はないと思いますよ。試していませんが。」
その辺の人体実験はしてないというのか・・。「婚姻予定者への贈り物に使ってみますわ。」と、さほど深刻でもないご様子。ちらりと横を見て機嫌はよさげだが参考にならない男を忌々しく感じ、またため息。姫の心情としては、目の前でおいしそうに料理を食べる少年に起きるだろう災難を、減らそうとして本当は煽っているのではないかと疑う。
リノリスを含め誰も深刻に考えてなかった部分に、食べるという行為には食べたものが血肉となり人にその効果をもたらすということ。彼の実は食べられた後、またたびのような効果を全員に付与した。体からかぐわしい香りをかもし出して。中でもリノリスはまだ体も小さく、より濃く出るということ。大人なお2人は自制できても・・・
(ふゎぁ、デザートはチョコムースで山並み、青く色付けしたティンソースで湖、緑で森を表してる。食べるのもったいないくらいきれー)
気が付いてなければいいか。多分。会わなければいいんだ。きっと。