王伝編集官 32話
小鳥のさえずりは心地よく心にあった違和感をこぼしてしまった。マルグロー家の正門をくぐれば赤レンガの壁に緑の蔦のコントラストが朝日にきらめいている。んー、きもちいいー。さっきのことは後回しにしてしまったリノリスは玄関前で声を掛けられた。またも察知遅れだよ。
「あの、ちょっといいかしら」
「はい?」
「さっきはごめんなさいね、弟たちがご迷惑をかけて」
「あ、お気になさらず。僕も逃げちゃいましたし」
「そうだ、ちょっと待っててね」
そう言って白いワンピースのお姉さんは家の裏手に行った。ほんと、僕が逃げなければあのお姉さんも困らなかったのに。隣りとの垣根にとぼとぼ向かう。怒ってた顔からは想像つかなかったが今見た彼女は上品で可憐だ。さらさらのミルク色の髪は、落ち着いた後整えたのだろう。潤んだハチミツ色の目と合わせて全体にスィーツ的な甘さが漂う。しょんぼり反省顔は自分の姉よりうんと年上なのになぜかかわいいと思った。あんな姉ならとつい思ってしまったのも無理なかろう。息を弾ませて戻ってきたお姉さんの手には白い布をかぶせた籠。
「よかったらこれ食べてね。」
「わぁ、イチゴ。ありがとうございます。僕、大好きです」
「それじゃぁ、またね」
手を振り戻っていったお姉さん、そのまなざしに思い出した。姉もずっとそのまなざしを向けてくれてたんだと。急に恥ずかしくなってしまった。甘やかされなかったことに。自分がいかに信頼され愛されていたかと。リノリスは頬がゆるんでしまわないようぺしぺしたたきながら帰った。
「おかえりなさい。あら、イチゴね。」
「はい、アンナさん、お隣さんからいただきました。朝食にみんなで食べましょう。」
「ユジーね、私たち幼なじみなの。昔からよくもらってたわ。」
アンナさんは懐かしそうに目を細め話してくれた。ユジーことユジーナリ、彼女の弟たちポールとエンデ。キセも含めた5人で遊んだというか、やんちゃな2人をユジー一人では手が足りないので手伝っていたというべきだろう。ユジーの家はお母さんが早くに亡くなったので子守にご近所の年配のご婦人が来てくれていた。彼女たちの父は高名な画家ニクス・メルエといい、アラスティの城でも彼の絵を見たことがあった。なので家を空けることが多く、必然的にユジーは弟たちの母でもあり父でもあった。本来の彼女はおっとりとして絵を描くのが好きな少女だったとアンナさんは言った。
---幕間--- ユジーナリ・メルエ 忘れてほしいと切に願う
どうしましょう。いまいち反省してない弟たちが戻ると、お隣の庭で水やりをしていた少年は無実だったなんて。その子が戻ってきたので急いであやまったら、とても礼儀正しく気にしないでと言ってくれたわ。どうしましょう。弟たちくらいの年なのになんだかドキドキする。顔も赤くなってないかとお詫びのイチゴを急いて取りに行くついでに鏡で確認。やっぱり赤いし。ますます急いで戻り、走ったから赤いのだとごまかしたわ。そうしたらイチゴが大好きですと笑顔で答えてくれた。さすが王子さま付きを務めていらっしゃるわね、弟たちとは別の生き物。でも思い返せば私、ほうき振り回してどなったんだっけ。あぁ、恥ずかしい、お願い忘れて―
そういえばヒロインいなかったっけと思ったり。




