王伝編集官 30話
「僕の名前は?」
「ハンス」
「君の名前は?」
「ミア」
「僕と君の関係は?」
「恋人」
「うん、いいよ。じゃぁ行こうか」
夕暮れ時の酒場は外の明るさと反比例して賑やかになる。少女は笑顔を振りまきながらお客の注文を取る。まだ務めて3日目だが地元客ばかりの店でもう慣れた様子。テーブルの間をくるくる踊るように通り過ぎる。
「ミアちゃん~おかわり~」
「こっちも~」
「はーい」
まるで看板娘かのように空いた皿を回収しつつ厨房に戻っていけば、そこいらからため息がもれる。酔っぱらっているだけでなく。1ヶ月。それじゃぁ短いよ。ずっといてくれないかなぁ。そんな声がだだ漏れ。ゆるふわな蜜色の髪をオレンジ色のリボンでくるっとまとめて結い上げ、動くたびにいい匂いをふりまく。酒臭い店内でその匂いにつられた者にはもれなく誰かが蹴りを入れるのだ。もちろん同じ蜜色の瞳の笑顔に見とれたバカにも同様。
「かけおちなんだって?」
「使用人との仲を反対されたんだって?」
お客のほとんどが同情しているが、一部の言はというと。あんな色男がいるんだから諦めろとか。おまえにゃもったいないとか。まぁもっと飲めとか。いいネタ提供もしてるようだ。
(これはお仕事、お仕事・・)
「おまたせしましたー」
16でまだ体つきも大人になりきっていないが、テーブルに皿を置く動作程度でも少しはありそうな感じはする。それを目ざとく見つめる視線に恥じらう動作を見せると、それはまちがっているんだよと言いたくなる。彼らはそれを喜ぶのだから。
(みーなーいーでー)
そういった喧噪の中すみっこのテーブルでは終始小声で別の話題をしていた。主に年若い少年がジュースを飲みつつ、相談というか愚痴。年上のお兄さんはうなずいて聞き役になっている。若い方がトニー。お兄さんはベンジャミンという。一通りしゃべった後トニーは黙ってしまった。そこだけ明かりが足りないんじゃないかと思うほど薄暗い。
「僕じゃだめなんです・・・」
「そんなことはない、彼女を見て見なさい。あれが未来を諦めた者の顔かい?」
きらきらまぶしいミアを虚ろな眼で見つめるトニー。その動作は友人を模倣したものだが笑顔は自前。ベンジャミンは食事の追加を頼むと「はーい」と元気よく厨房に戻る。料理を持って戻ると一瞬動作が止まった。2人が「?」な顔をするとなんでもない笑顔で「ごゆっくり~」
(あぶないあぶない。つい音を立てずに置くとこだった。こういうのって歓迎会のときみたいに悪目立ちするからなぁ。)
ベンジャミンはトニーに目線を戻しながら伝える。君の才能なら必ず道は開けると。
「君さえ諦めなければ彼女は待っていてくれるよ」
トニーが後にある国の宰相(雑用係)として活躍(苦労)するとかの話は以下省略。
静かになった店内で店主に今日の労いと賃金を受け取り、帰宅する。店を出ようとするハンスの後ろに立つと彼は振り返った。それはもう甘い甘い笑顔で腕を差し出しミアの手を取る。
「さぁ、帰りましょう。お姫様」
店主もおかみさんも不思議だったのだ。紹介状は城からでなにもこんな下町の酒場でなくてもよかっただろうにと思ったが、目立ちたくないのならここが適任だろう。「お忍び」という言葉が2人の頭を過った。そしてこれはとても都合のいい誤解でもある。
「疲れたかい?」
「いえ、大丈夫です。ラ」(むにゅ)
「僕の名前は?」
「ハンス」
鼻を摘ままれたが、夜道でだれも見てはいなかった。
「家に帰るまでが遠足だよ」
そろそろ偽装とかする人たちが登場します。
正しく言えば「偽装」できる人たちですね。
そうするとラディ君以外は見破れないと思うでしょうが、名前や肩書なんてものは所作には勝てないのです。
そのための訓練なのです。




