さよなら地球
俺の名前は鈴木良雄。どこにでもいる普通のサラリーマンだ、たぶん。
今日という日をこれほど後悔したことは無い。
何故いつもの外回りルートを変更したのか? その時のちょっとした冒険心がとんでもないことになったのだから──
──昼下がりの閑静な住宅街で在宅の家を回り営業をかけるが全て空回りに終わる。
……まだ時間はある。
いつものルートを外れ、広い庭付きの高級そうな住宅街へ足を向ける。なんとなくイケそうな予感があったからだ。
しかし、そんな予感を鼻で笑うように飛び込み営業は失敗続きで気力が失せた。
初夏の日差しがジリジリと肌を照りつける中、両側に立派な塀のある人の気配すらない路地を歩く。
こちら側にきたのは失敗だったなと思い、カフェで休もうかと考えていると身体が突然軽くなった。
はぁ!? いきなりやる気出てきたのか? とか思っていると両足が道路から離れていく……。
焦って上を見ると巨大な白く丸い皿の真ん中から薄い光が俺を捕らえている。徐々に丸い皿に引き寄せられているようだ。
パニックになり手足をバタバタさせるがどんどん引っ張られていく。
「助けて~~~~!!」と叫ぶが何故か声がでない! 口だけパクパクして、まるで餌を欲しがるコイのよう。
やがて白い皿に飲み込まれていく。
ぶつかると思い目をつぶると柔らかいものに当たった感触の後、下に落ちる。
「痛て!」
尻が硬い地面に当たり声が出た。一体ここは何処だ?
……白い空間にいるようで、ふと前をみると“それ”はいた。
マンガとかでよく目にするタコ型の宇宙人……。
背は小さく四〇センチ程で丸い頭の下側に目が二つ、触手のような手足がついている。ちなみに吸盤は無い。
不思議な事に二本足で立ち、手が三本あるようだ。しかもテレビのリモコンのようなものをこちらに向けている。ひょっとして武器なのか?
「□□△△△□。〇〇〇□□△△□〇〇」
何か言葉を発したが全然わからん。
状況が飲み込めず固まったままいると宇宙人がリモコンのボタンを押す。
ヒィイイイイイ!! 恐怖におののくと、淡い光線が身体を包む。な、なんだ!?
と、身体が動かない! どうがんばっても無理だ! 謎の光線は体を固定するみたいでピクリとも動かせない。
眼球は動くようなので視線を宇宙人に向けるとリモコンを後ろに隠しているところだった。
「〇〇△□〇□△〇〇〇△△□。□□△△□□□△△□」
相変わらず言葉が理解できない。
宇宙人なんだから超科学で作った翻訳機とかはないのか? マンガだと日本語をしゃべってたぞ。
俺が目で訴えているのを華麗にスルーした宇宙人は背を向けると白い壁に一本の手を上げる。
「□〇〇」
すると壁一杯に外の景色が映し出される。ってことは、ここは宇宙船の中か……するとあの皿は円盤そのものだったのか。
ちょうどそこは俺が連れ去られた高級住宅街の上空あたりのようだ。見覚えのある通りに、庭の広い家々が軒を連ねている。
「△△△△□〇〇□△□△△」
また何か言っているようだ。しかしこの宇宙人は独り言が多いのか?
突然、円盤がガクガクと揺れる!
映った景色に突如、赤く発光しているリング状の模様が現れ回転し始める。
あまりのことでパニックになるが眼球しか動かせないのでどうしょうもない。そのおかげか、わりと冷静になれた。
発光しているリングはこの円盤を中心に回っているようで、よく見ると文字のような記号が浮かんでいる。
これはあれか? 魔法?
「△△□□△!? △□〇□△□△〇!!」
慌てた宇宙人がリモコンを突きつけてくる。動けない俺にどうしろというのか?
「〇△□〇△!!」
何か叫んでから気がついた宇宙人がリモコンのボタンを押すと、固定されていた体が動くようになったので体勢を楽にする。
「はぁ~~。良かった…」
「△〇〇△□!! △□〇□△□△〇!!」
一息つく間もなく宇宙人が叫んでいる。顔を向けると怒りの目をしているのが分かった。
振動が大きくなり円盤全体が激しく揺れ始める。
宇宙人は大きな揺れでずっこけるとそのまま左右にゴロゴロと転がっていく。俺も手足を踏ん張って揺れに耐える。
視界が猛烈に揺さぶられる中、壁に映っているリングの発光が強くなり白くまぶしくなってきた!
激しく強い揺れと強烈な閃光でたまらなく目を閉じた俺と宇宙人は同時に叫ぶ!
「うわぁーーー!!」
「□△〇ーーーーーー!!」
そして記憶が途切れた──……
……──ふと目が覚める。
体を起こし見渡すと例の白い空間だ。まだ円盤の中にいるらしい。目を向けると少し離れた所にカバンと上着が落ちていた。
一体どうなったのだろうか? 墜落したのか?
立ち上がろうとしたが、途中で頭をぶつける。天井が低いみたいだ。しかたがないので前屈みの状態になる。
ふと見ると例のタコ型宇宙人が転がっていた。気絶しているようだ。
近づき頭をひっぱたく! まるで低反発枕のような感触。思ったよりも柔らかく無かった。
「う……うぅ。ううぅ」
「おい!? 生きてるか?」
二、三度頭を叩くと気がついたようだ。
「ううっ。こ、ここは!?」
丸い頭を振って起き上がり顔を上げると俺と目が合う。
「……」「……」
宇宙人の顔が青くなり俺から素早く離れるとリモコンを突きつけて叫ぶ。
「ち、地球人!! キサマがやったのか!? どんな兵器を持っているんだ!?」
「いや、いや。俺じゃ無いって!」
慌てて否定するがまるで聞いてない! カタカタ震える手でリモコンを握っている。
「バカにしやがって! イプシロン星人をなめるなよ!!」
逆ギレか!? なんなんだコイツは!
「おい! よく考えろ! お前が俺をさらったんだろ!?」
「嘘だ!! きっと演技だろ!?」
宇宙人はつばを飛ばしながら怒ってる。なんか俺が悪くなってるぞ!?
あれ? 気がついて両手を前に出し慌てて止める。
「ち、ちょっと待て!!」
「何を待つんだ、地球人!? 話しをそらすな!」
「違う!! 何で言葉が通じるんだ?」
「あ!?」
やっと宇宙人も気がついたようだ。リモコンを持っていない手を頭につける。ハテナのポーズか?
一瞬の静寂にガン…ガン…ガンと何かが金属を叩く音が聞こえる。
宇宙人は俺をひと睨みすると背を向け「映せ」と一言。
すると壁一面に外の景色が飛び込んできた。
そこには甲冑を着た騎士が剣でこの円盤を叩いているのが映し出されている。
どうやら広い室内のようで、騎士の後ろにはいかにも魔法使いみたいなローブを着た白髭のおっさんが先端が赤く輝く杖を握って警戒していて、その横には王冠を頭につけ豪華な衣装を着た髭もじゃのじいさんが、凄い吊り目でこちらを指差し怒鳴っている。
「……どこだ、ここ?」
宇宙人が呆然としている。当然、俺もその光景に頭が真っ白になっていた。
いつの間にか騎士が五、六人ぐらい集まって円盤に剣を振るっている。
叩く音だけが響き渡るが俺達は微動だにできない。というか、考えがまとまらない。
魔法使いが手を掲げると火の玉が出現して円盤にぶつけ破裂する。さらに巨大なハンマーを騎士が二人がかりで振るって打ち付ける姿が映っている。
爆発と叩く音が鳴り響く中、俺達のいる空間が赤く染まると点滅しはじめた。
「な、なんだ!?」
なんかヤバい気がする。
『機体の損傷が七六%を超えました。これより自爆モードに入ります。乗務員は脱出ポッドの位置へ移動してください』
突然アナウンスが流れる。じ、自爆!? どうすりゃいいんだよ!? このまま死ぬのか?
「そこをどけ! 地球人!」
血相を抱えた宇宙人がリモコンを向けながら慌てて俺のところに来る。
「じゃまだ! そこにいるとオレが逃げられないだろ! 今度は本気だ! 撃つぞ!!」
「嫌だね!! じゃあ撃てよ! どうせ死ぬならお前も道連れだ!!」
中腰で叫ぶ! こっちも必死だ。こんなわけがわからん所で死ねるか!
対峙していると無常にもアナウンスが再び流れる。
『あと一五秒くらいで爆発します。位置につきましたか? 装置を作動します』
よくわからないがその場に座ると必死の形相で宇宙人が俺の腹に飛び込んできた!
『搭乗を確認しました。サヨウナラ』
変なアナウンスと共に突然現れた透明なボールに閉じ込められると回りが光に包まれる。
と、すごい勢いで上空に飛ばされる。
うおおおぉぉ、球体に沿って体が張り付けられる。
加速に負けじと首を回すとヨーロッパにあるような中世の城が爆発で吹っ飛ばされて、モクモクと黒い煙を吐いているところが見えた。
……間違いない。ここはファンタジーの世界だ。
ということは先ほどの王冠を頭に乗せたじいさんは王様? ……死んだな、きっと。
宇宙人は俺の腹に頭をうずめシャツをつかんで離さない。しかもプルプルしてるし、怖いのはこっちだ!




