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境界を越えた六人

第一巻 沼地の子どもたち

第一話 六人分のテーブル


家族が姿を消したあの夜、私は十九時三十分に店の席を予約していた。


私たちは七分遅れていた。


長い間、そのことが頭から離れなかった。娘の靴をもう少し早く見つけていれば。息子が携帯電話を忘れなければ。私が時間どおりに病院を出ていれば……。


だが、外科医をしていると、そうした考えには用心するようになる。


すべてを変えられたかもしれない一瞬を探すことに、一生を費やすことだってできる。


それでも、誰かが戻ってくるわけではない。


けれど、あの夜の私は、まだ誰も失っていなかった。


そして、誰一人失わないためなら、何をする覚悟もあった。


* * *


私の名前はユウマ・アキヤマ。四十五歳。私の嘘をすべて見抜く妻と、私が謎めいた男になる隙を一切与えてくれない四人の子どもがいる。


「また、お昼を食べ忘れたでしょう」


ユキが私の前に小さな容器を置いた。


「食べたよ」


彼女は容器を見てから、私の顔を見た。


「コーヒーは食事じゃありません」


「ミルクは入っていた」


「すばらしいわね。それで栄養は全部そろったというわけ」


玄関から長男の笑い声が聞こえた。


言い返すこともできた。手術室では、教授や院長、それに金で出血の具合まで変えられると思っているような富豪を相手に、一歩も引かないことがある。


家では、おとなしくおにぎりを食べた。


ユキは四十二歳だった。実際よりずっと若く見られることが多く、本人も面白がっていた。ただし、子どもたちの姉かと尋ねられると、さすがにそうでもなかった。


彼女の名前は、雪を意味する。


私は長いこと彼女を、何も生きられそうにない場所で咲く花にたとえていた。一度目はロマンチックだと言われた。二度目は大げさだと言われた。そして家事を忘れたあとでまた同じことを言うと、かなり怪しまれるようになった。


彼女は構造設計の技術者だった。地震に対して建物がどう持ちこたえるかを調べていた。


私は人の体を治す。


彼女は、その人たちの上に壁が崩れ落ちないようにする。


私たちが出会ったのは、ある地震のあとだった。私は医療班の応援として避難所に入り、彼女は建物の安全確認で二晩を過ごした末に、ようやく足首の診察を受けに来た。


休むように言うと、彼女は私が何時間寝たのかを尋ねてきた。


だから、最初の会話は口論になった。


次も同じだった。


三度目には、一緒に食事をした。


「父さん、聞いてる?」


レンが片耳にイヤホンをつけたまま、私の前に立っていた。


十四歳。もうすぐ母親の身長に追いつく。私の黒髪と彼女の目を受け継ぎ、さらに音を立てずにため息をつくという見事な技を身につけていた。


「何の話だった?」


「もう行くの? それとも、また電話で誰かを助けないといけない?」


口調は軽かった。


問いは、そうではなかった。


私は携帯電話を上着の内ポケットにしまった。


「今夜は、みんなと一緒だ」


「日曜日もそう言ってた」


ユキが小さい子たちのバッグを整理する手を止めた。


私は息子を見た。


「そのとおりだ。日曜日は、約束を守れなかった」


レンは少し目を伏せた。言い訳への返しは用意していたが、それ以外の答えは考えていなかったようだった。


「今夜は、ちゃんとできるようにするよ」


「じゃあ、まずこれを持って」


彼はおむつバッグを差し出した。


八歳の妹、ハナには、そんな遠慮はなかった。


黄色い髪留めを斜めにし、ウサギのぬいぐるみを脇に抱えて、兄の後ろから飛び出してきた。


「わたし、ずっと前からおなかすいてる」


「いつから?」


「ママがレストランって言ってから」


二人乗りのベビーカーでは、双子が翻訳不能な言葉で賛同した。


ソラは一歳半で、目に入るものは何でも登るべき山だと思っていた。妹のメイは、行動する前に観察するほうだった。たいていは、兄が見つけたものをどうすれば奪えるかが分かるまで。


四人の子ども。


細切れの眠り。終わらない洗濯。想像もしなかった心配事。


それでも、ほかのどんな人生とも取り替えたくはなかった。


* * *


エレベーターの中で、母からビデオ通話がかかってきた。


「小さい子たちを見せて」


「こんばんは、母さん。僕にも挨拶してくれていいんだけど」


「あなたは昨日見たわ。あの子たちは毎日変わるの」


母の後ろで、父が片手を上げた。


父は日本人だった。母はセネガル出身の黒人女性で、私が生まれるずっと前にダカールを離れた。幼いころの私は、どの家でも食卓ではいくつかの言語が入り交じるものだと思っていた。


そうではないと知ったのは、学校に入ってからだった。


そして、いろいろな質問を知った。


日本人なのに、なぜそんなに肌が黒いのか。本当はどこから来たのか。あの人は本当に父親なのか。


残酷な子どももいた。


けれど、何も尋ねず隣に座ってくれる友人もいた。気にかけてくれる先生もいた。私がいつもより黙り込んで帰ると、何か食べさせてくれる近所の人もいた。


両親は、傷つくことなどないふりはしなかった。


ただ、その傷に私の生き方を決めさせようとはしなかった。


父はある日、こう言った。


「おまえは、自分のどちらの半分を残すべきか選ばなくていいんだ」


母は、こう付け加えた。


「それに、尊重されるために特別な人間になる必要はないのよ」


それでも私は、何かを証明しなければならないかのように働いた。


二十歳のころは、成功したかった。


三十歳のころは、私を疑ったすべての人より優れていたかった。


四十五歳になり、何千件もの手術を経験した今は、何よりも子どもたちが眠る前に家へ帰りたかった。


新聞は、ときどき私を東京で最も名高い外科医と紹介した。記者は順位をつけるのが好きだった。


患者たちは、たいていの場合、私の手が震えないことのほうを望んでいた。


「疲れているようだな」と、画面越しに父が言った。


「パパ、お昼を食べ忘れたんだよ」とハナが報告した。


即座の裏切りだった。


母は、私が四十五年間よく知っているあの目を向けた。


それから、表情を和らげた。


「みんなとの時間を大切にね、ユウマ」


「そのつもりだよ」


母はほほえんだ。


「私たちは、あなたを誇りに思っているわ」


父は、ただうなずいた。


あの小さなうなずきを、その後どれほど思い返すことになるのか。私はまだ知らなかった。


* * *


店は細い路地の突き当たりにあった。正面は濃い色の木材でできていた。


温かな光が入口を照らしていた。ガラス越しに、予約台へ歩いてくる女性の店員が見えた。


レンが扉を開けた。


だしの香りが流れてきた。


そこで、ベビーカーの車輪が止まった。


敷居に引っかかったのだと思った。


「待って、今――」


空間が折れ曲がった。


ほかに、うまい言い方が見つからない。


歩道と店内の間に、ガラスに入った傷のように細い、縦の線が現れた。光がその線に引き延ばされた。映り込んでいたユキの姿が二重になった。


通りの音が消えた。


少しずつではない。


一瞬で。


レンが振り返った。


唇が、言葉を形づくった。


「父さん?」


線が開いた。


歯の奥を、激しい冷たさが貫いた。


私は息子の袖をつかみ、ユキはハナを抱き寄せた。ベビーカーが前へ滑った。一秒前には存在しなかった坂に、引かれていくように。


私たちは、一緒に落ちた。


* * *


東京では、扉の鈴が鳴った。


女性の店員が顔を上げた。


入口には誰もいなかった。


「いらっしゃいませ……?」


予約台を回り込み、外をのぞいた。


誰もいない。


同僚が近づいてきた。


「どうかした?」


「ご家族がいたんだけど」


「帰ったの?」


「帰るところは、見てない」


予約画面には、同じ名前が残っていた。


アキヤマ。


六名。


* * *


太ももまである水の中に落ちた。


衝撃で息が詰まった。足が柔らかな泥へ沈み込み、恐ろしい一瞬、ベビーカーがどこにあるのか分からなくなった。


「ユキ!」


「ここ!」


「小さい子たちは!」


「こっちにいる! 横をつかんで!」


ベビーカーは片方の車輪を下にして傾いていた。ソラは泣き叫んでいた。メイはあまりにも静かで、私の心臓が止まりそうになった。


ユキと一緒にベビーカーを起こした。


ようやくメイが息を吸い、泣き出した。


これほど安心できる音を、私は知らなかった。


「レン! ハナ!」


「ハナはつかまえてる!」


息子は二メートルほど先にいた。妹はその首に腕を回していた。


息子の手には血が流れていた。


近づこうとすると、靴が泥に取り残された。


そのまま捨てた。


周囲では、黒い葦が私の頭よりはるかに高く伸びていた。根の間で泡がはじけていた。よどんだ水の臭いと、覚えのない金属のような臭いが空気に混じっていた。


木々の上には、淡い月が輝いていた。


その後ろから、もう一つ、小さな月が顔を出していた。


私は月を見た。


それから、視線を下げた。


あとだ。


正気を失うのは、あとでもできる。


「この水は誰も飲まないで。レン、そのまま動くな。ユキ、メイを渡してくれ」


手は、やるべきことを知っていた。


呼吸。意識。体温。出血。


ソラは元気に泣いていた。メイの目は私の顔を追っていた。ハナは震えていたが、呼びかけに答えた。レンの手のひらの傷は浅かった。


ユキが私を見据えた。


「水から出ないと」


右手では、森に向かって地面が高くなっていた。


彼女は近くの木々を指した。


「あそこ。根が水面に出ている。地面が高いわ」


双子のベルトを外した。抱っこひもは下のかごに入っていた。ぬれてはいたが、使えた。


ベビーカーは置いていった。


レンが抗議した。


「まだ荷物が――」


「人が先だ」


息子は私を見て、それからハナの手を取った。


ゆっくりと岸へ向かった。


足を動かすたび、泥が吸いつく音がした。


背後の水の中で、何かが動いた。


* * *


私たちは、巨大な木の根元に身を寄せた。幹の一部が地面から持ち上がり、その下に空間ができていた。


ユキは、私たちを近づける前に全体を調べた。


「下には入らないで」


彼女は暗いくぼみを指した。


「あの根が、重さを全部支えている。横にいましょう」


異論はなかった。


落ち葉の上に、比較的ぬれていない服を広げた。私はレンの手を、ガーゼと双子のバッグに入っていた生理食塩水で洗った。


携帯電話は圏外だった。


表示時刻が、理由もなく変わった。


方位磁針は回り続けた。


「テレビの企画だって言ってよ」と、レンがつぶやいた。


私は包帯を結んだ。


「分からない」


「月、見た?」


「見た」


レンは手を引いた。


「父さんが昔見てた物語だと……」


続きは分かった。


十代のころ、私は夜になると漫画や冒険もののアニメに夢中になっていた。自分でも漫画を描こうとしたことがある。主人公が強すぎて、せりふが長すぎる作品だった。


けれど、知らない森の中で二人の赤ん坊を温める方法は、どの物語にも載っていなかった。


「物語から思いつくことはある」と私は答えた。「でも、信じる前に確かめよう」


目の前に、何かが現れた。


白い一行。


私は勢いよくのけぞり、後頭部を根にぶつけた。


適応完了。


意識保有個体:照会可能。


「ユキ……」


「私にも見えてる」


レンが立ち上がった。


「僕にも」


ハナは眉を寄せて、目の前を見つめていた。


「顔を動かすと、字も動く」


私は手を上げた。


指は文字をすり抜けた。


「照会」と、つぶやいた。


一行が広がった。


ユウマ・アキヤマ/異界出身の人間/45歳

レベル:1/経験値:0/100

クラス:未設定

HP:120/120/スタミナ:68/100

MP:80/80

筋力:11/敏捷:10/生命力:12

知覚:16/知力:19/意志:18

物理攻撃力:11/魔法攻撃力:8/防御力:7

能力ポイント:0/スキルポイント:0

認定済みの習熟:解剖学、外科手術、精密動作、チーム連携。

覚醒能力:不均衡の知覚、ランクI。

使用可能技術:診察眼/消費MP:4。


私は三度読み返した。


小さな記号に意識を向けると、説明が現れた。


MPは、使用できる魔力の量を示していた。魔法攻撃力は潜在的な威力であって、魔法を覚えているという意味ではなかった。習熟の欄にあるのは、すでに身につけていた技術だった。


この仕組みが、私を優秀な外科医に変えたわけではない。


私の知識に名前をつける方法を見つけたようだった。


「何も使わないで」と私は言った。「相談するまで、何かを承認するのも待ってくれ」


「小さい子たちにもあるの?」とユキが尋ねた。


その問いに、自分の表示を見たときより背筋が冷えた。


新しい説明が現れた。


ステータス共有には本人の同意が必要です。

保護を必要とする子どもについては、保護者による照会が可能です。


私たちは、時間をかけてすべて読んだ。


ユキが自分の情報を読み上げ、私は圏外でも使える携帯電話のメモに書き留めた。


ユキ・アキヤマ/42歳/レベル:1

HP:105/105/スタミナ:72/90/MP:110/110

筋力:9/敏捷:12/生命力:11

知覚:17/知力:18/意志:17

物理攻撃力:9/魔法攻撃力:12/防御力:6

能力ポイント:0/スキルポイント:0

習熟:構造解析、荷重の推定、工事の段取り。

能力:応力把握、ランクI。

技術:補強/小さな無生物の素材を一時的に強化する。最低消費MP:6。


「小さな素材ね」と、ユキは繰り返した。「家を丸ごとじゃない」


説明を都合よく解釈しすぎる危険を、彼女はすでに理解していた。


レンは自分の情報を共有することに同意した。


レン・アキヤマ/14歳/レベル:1

HP:88/90/スタミナ:58/85/MP:65/65

筋力:8/敏捷:14/生命力:9

知覚:14/知力:12/意志:12

物理攻撃力:8/魔法攻撃力:7/防御力:5

能力ポイント:0/スキルポイント:0

習熟:室内クライミング、平衡感覚、軌道観察。

能力:動体察知、ランクI。

技術:瞬足/短時間の加速。消費MP:5。スタミナ消費は可変。


「速く走れるってこと?」


「かもしれない」と私は答えた。「まずは歩くところから試そう」


ハナが、おずおずと手を上げた。


「わたしのも、見せていい?」


ハナ・アキヤマ/8歳/レベル:1

HP:65/65/スタミナ:38/60/MP:95/95

筋力:4/敏捷:8/生命力:7

知覚:15/知力:10/意志:11

物理攻撃力:4/魔法攻撃力:10/防御力:3

能力ポイント:0/スキルポイント:0

習熟:音の記憶、生き物への注意。

能力:気配感知、ランクI。

技術:ともしび/弱い光を浮かべる。毎分消費MP:1。


ハナは唇を結んだ。


「戦うのには、役に立たないね」


「暗くなっても、みんなの顔が見えるわ」とユキが答えた。「とても役に立つのよ」


次は双子だった。


ソラ・アキヤマ/1歳6か月/レベル:1

HP:32/32/スタミナ:18/30/MP:40/40

筋力:2/敏捷:3/生命力:4

知覚:5/知力:3/意志:4

物理攻撃力:1/魔法攻撃力:2/防御力:1

能力ポイント:0/スキルポイント:0

潜在能力:振動への親和性。制御可能な技術なし。


メイ・アキヤマ/1歳6か月/レベル:1

HP:30/30/スタミナ:16/28/MP:50/50

筋力:2/敏捷:3/生命力:3

知覚:6/知力:3/意志:4

物理攻撃力:1/魔法攻撃力:3/防御力:1

能力ポイント:0/スキルポイント:0

潜在能力:絆への親和性。制御可能な技術なし。


二人の情報には、最後に注記があった。


発達未成熟:任意の能力発動およびポイント配分はロックされています。


私は息を吐いた。


少なくとも、赤ん坊たちに武器を選べと言われることはなさそうだった。


「この子たちにも攻撃力があるの、嫌だな」とレンが言った。


「父さんもだ」


私たちは顔を見合わせた。


珍しく、それ以上の説明は必要なかった。


* * *


ユキは枝に二本の指を添えた。


「補強」


薄い線が、樹皮に網の目のように広がった。


曲げようとすると、枝は抵抗した。それからしばらくして、元のしなやかさに戻った。


ユキは魔力の残量を確かめた。


「六ポイント。二十秒くらいね。それに、腕が疲れる感じがする」


私はレンの手で診察眼を試した。


皮膚に、ぼんやりした像が重なった。熱、血流、傷の周囲の炎症。


完全な診断ではない。


何を問えばいいか分からないことにまで、答えが出るわけでもない。


それでも、言葉を失うには十分だった。


「父さん?」


私はまばたきした。


「傷は浅いようだ」


「それ、もう分かってたでしょ」


「ああ」


今のところは。


手元には、ほぼ満杯の水のペットボトルが一本、子ども用の水筒、ビスケット、離乳食が二食分、それに着替えが少しあった。バッグには小さな救急セットも入っていた。


心もとない物資だった。


それでも、もたせなければならない。


ユキはベビーカーから回収できたベルトで、最初のひもを編んだ。レンは遠くへ行かずに乾いた枝を集めた。ハナはメイの手を握り、これから住む家の説明をしていた。どうやら屋根はピンク色で、とても大きな浴槽があるらしい。


水を沸かす方法を探していると、娘の言葉が途切れた。


「何かいる」


レンが顔を上げた。


「どこ?」


ハナはシダの茂みを指した。


「あそこ。なんだか……誰かに見られているみたい」


葉が動いた。


低い姿勢の生き物が出てきた。


サンショウウオと毛のない犬を混ぜたような姿だった。額は骨の板に覆われていた。脚の先には曲がった爪があった。


私はその獣を見据えた。


泥噛み/レベル:2。


診察眼:未知の解剖構造。解析不完全。


四ポイントの魔力が消えた。


都合のいい弱点が現れることはなかった。


一匹目の後ろから、二匹目が出てきた。


続いて、三匹目。


「ユキ。子どもたちを根の後ろへ」


彼女はもう動いていた。


「レン、一緒に来て」


「僕も手伝える――」


「だから、小さい子たちを守って」


息子はためらい、それから下がった。


私は長い枝を握った。


自分の眠気以外の何かと戦ったことなど、一度もなかった。


最初の泥噛みが跳んだ。


早く振りすぎた。


枝は額の骨板を滑り、獣が膝にぶつかった。鋭い痛みが太ももへ走った。


HP:109/120。


私は叫んだ。


不格好な声だった。十代のころの記憶にある英雄たちの叫びとは、似ても似つかなかった。


「左!」とレンが叫んだ。


私は枝を回した。


二匹目が、木に噛みついた。


ユキがその方向へ土を一握り投げた。


「根と根の間に下がって! 一緒には入れない!」


そのとおりだった。


私は彼女が示す狭い場所へ後退した。追いかけようとした獣たちは、互いに邪魔をした。


枝が肩に触れた。


「こっちを!」とユキが叫んだ。


私は割れた木を捨て、彼女が補強した枝を受け取った。


最初の獣がよじ登ろうとした。


今度は、口を開けるまで待った。


押し出した。


枝が下顎を打った。獣は転がり、すぐに起き上がった。そして、もう一度隙間を越えようとして、枝に突き刺さった。


その重みで、両腕が引かれた。


私は押さえつけなければならなかった。


体が崩れる感触が伝わった。


枝を抜こうとしている最中に、通知が現れた。


防衛への貢献を認定。


私は頭を振って追い払った。


三匹目が根を回り込んだ。


「ママ!」


レンがハナを後ろへ引いた。


ほんの一秒前まで娘の足首があった場所を、獣が通り過ぎた。レンは自分自身の加速に驚き、足をもつれさせた。


瞬足だ。


考えるより先に使っていた。


ユキが補強した枝を、通り道をふさぐように突き立てた。獣がそこへぶつかった。私は駆け寄り、動かなくなるまで打ちつけた。


残った一匹は後退した。


二つの死骸の臭いを嗅いだ。


それから、逃げた。


私は追いかけそうになった。


恐怖とアドレナリンから生まれた、愚かな考えだった。


危険を仕留める。


戻ってこさせない。


「ユウマ」


ユキの声が私を引き止めた。


その後ろでは、ソラが息を詰まらせるほど激しく泣いていた。


私は枝を手放した。


* * *


しばらく、誰も話さなかった。


私は震える手で脚を洗った。噛み傷は布を貫いていたが、深くはなかった。


診察眼では、唾液が危険でないと断言できなかった。


その限界が、腹立たしかった。


レベルが上がれば、その限界も消えるのではないかと信じたくなる自分が、もっと腹立たしかった。


レンが隣に座った。


「あんなふうに走るつもりじゃなかった」


「止まれたか?」


「滑った」


「じゃあ、転ばずに使えるよう練習しよう」


息子は私の袖についた黒ずんだ跡を見た。


「殺したんだね」


私はその視線を追った。


「ああ」


「大丈夫?」


数秒、考えた。


「大丈夫じゃない。でも、まだ動ける」


息子はうなずいた。


ユキが、それぞれの通知を確認しようと言った。


成長は、私たちの行動に応じていた。


ユウマ:レベル2。能力ポイント3、スキルポイント1。

ユキ:レベル2。能力ポイント3、スキルポイント1。

レン:レベル2。能力ポイント3、スキルポイント1。


ハナはレベル1のままだったが、警告をしたことで経験値が増えていた。


双子には何も入っていなかった。


説明には、戦闘の近くにいただけでは経験値を獲得できないとあった。


「ポイントは取っておきましょう」とユキが言った。


私はうなずいた。


レベルが上がり、私の能力値の上限は少し増えた。


だが、噛み傷がふさがったわけでも、服が乾いたわけでもなかった。


* * *


空が紫色に染まった。


死骸のそばで眠るわけにはいかなかった。


ユキが抱っこひもを整えた。レンがバッグを拾った。ハナが初めて、ともしびを生み出した。


小さな金色の光の玉が、娘の手の間に現れた。


ハナは口を開けたまま見つめた。


それから笑った。


その笑顔は、三秒だけ続いた。


木々の間で、鋭い音がした。


私の足の前に、矢が突き刺さっていた。


「動くな」


音としては、理解できなかった。


それでも、意味は分かった。


シダの茂みから、三つの人影が現れた。


二本の脚で歩いていた。


暗い色の鱗が顔を覆っていた。顎は長く、足は幅広かった。動くたびに尾が釣り合いを取り、地面のすぐ上を動いていた。


リザードマン。


中央の男は槍を持ち、繊維を編んだ外套を着ていた。左腕は革の帯で胴に固定されていた。


その後ろで、女の弓使いが私の胸を狙っていた。


私はゆっくり枝を地面に置いた。


「子どもがいるんです」


槍を持つ男が、私の後ろを見た。


その目が双子に止まった。


弓使いは武器を下ろさなかった。


「略奪者の子も、子どもだ」と彼女は言った。


ユキが顎を引き締めた。


私は両手を上げた。


「ここがどこなのか分かりません。沼に落ちてきたんです。安全な場所を探しています」


「堤を越えずに、ここへ来られる者はいない」


「私たちは、来ました」


男は私たちの服、靴のない片足、ズボンについた血を見た。


「〈境界〉から来たのか?」


額を短い痛みが走った。


共通理解:安定化処理中。


「その言葉の意味が分かりません」と私は答えた。


二人の後ろで、三人目のリザードマンがよろめいた。


若かった。


折れた柄が脇腹から突き出していた。


仲間が支えた。


私は一歩踏み出した。


弓使いが、さらに弦を引いた。


動きを止めた。


「その方には治療が必要です」


「見るな」


「私は医者です」


言葉がうまく伝わらなかったようだった。


私は両手を示した。


「傷を治します」


若いリザードマンが苦しそうに息を吸った。


胸が懸命に動き、首がこわばっていた。包帯はぬれていた。呼吸のたび、柄の近くで薄い色の血が少し泡立った。


一瞬、恐怖が消えた。


そこにいるのは、患者だった。


未知の体。あまりにも足りない道具。そして、悪化し続ける負傷者。


「傷を負ってから、どのくらいたっていますか?」


槍を持つ男は答えなかった。


「長く歩かせると、命を落とすかもしれません」


弓使いが歯をむいた。


「脅す気か?」


「見えていることを説明しています」


負傷者がおぼつかない動きで手を上げた。


仲間がかがみ込んだ。


短い言葉を交わした。


やがて、隊長らしい男が槍先を数センチ下げた。


「見てもいい。少しでも怪しい動きをすれば、ここで死ぬことになる」


私が進む前に、ユキが腕に手を置いた。


「人間じゃないのよ」


「分かってる」


「だったら、何でも分かっているように振る舞わないで」


その瞬間、私は彼女をますます愛したのだと思う。


私は距離を取って膝をついた。


「手を近づけます。いいですか?」


負傷者は驚いたように私を見た。


それから、うなずいた。


診察眼を使った。


今度の感覚は、受け止めるのがもっと難しかった。


鱗の下に、見慣れない血流が浮かんだ。一つの拍動に、もう一つの拍動が応じていた。一つ一つの器官に、すぐ名前をつけようとはしなかった。


動きを比べた。


傷のある側は、呼吸の動きが小さかった。


柄は深く刺さっていた。


ここで引き抜けば、命に関わりかねなかった。


「運ぶ必要があります。木は抜かないでください。清潔な場所と明かり、それから、この方の体のことを知っている人が必要です。治療する人がいるなら、その方も」


「うちの治療師は村にいる」と隊長が答えた。


「では、会わせてください」


男の視線が私の家族へ移った。


口を開かれる前に、私は続けた。


「私たちは一緒に行きます」


沈黙が落ちた。


それから男は、沼のほうを指した。


「村は、壊れた堤の向こうにある。けが人がいる。畑も水に沈んだ。あと三日で、穀倉にまで水が届く」


ユキが顔を上げた。


「堤は、どう壊れているんですか?」


男が初めて、彼女をしっかり見た。


「石はまだ持ちこたえている。その下の地面から水が抜ける」


ユキは、男の外套についた泥の跡が見えるところまで近づいた。


「上に重しを載せようとしましたか?」


男の鼻孔が動いた。


「なぜ分かる?」


「肩に土の袋を担いだ跡があって、手には縄の跡があります」


男は答えなかった。


ユキは息を吸った。


「何かを約束する前に、現場を見ないといけません」


隊長は、私たちを順番に見た。


医者。


技術者。


ずぶぬれの四人の子ども。


それから、弓使いに合図をした。


ようやく彼女が武器を下ろした。


「私は三つの岸の集落のサレスだ。私の前を歩いてもらう」


私は苦労して立ち上がった。


「ユウマ・アキヤマです。妻のユキ。レン、ハナ、ソラ、メイです」


男は、私たちの名前を繰り返した。


全員分。


赤ん坊たちの名前まで。


彼についていくと決めるうえで、そのことは大きかった。


* * *


彼らは二本の柄と運搬用の網で担架を作った。


レンは片側を持ちたがった。私は最初は断ったが、その代わり負傷者の荷物を持つことは認めた。息子は文句を言わず、荷物を抱えた。


私たちは木々の間へ入っていった。


ハナのともしびが、前を漂っていた。


やがて枝の向こう、水の上に明かりが見えた。


高床の家々を、渡り廊下がつないでいた。


傾いている家もあった。


さらに向こうでは、土手の上で人影が働いていた。何かを打つ音、呼び声、速すぎる水の流れが絶えず響いていた。


私は自宅の部屋を思った。


テーブルに置いたままの容器。


きっとレストランの写真を待っている両親。


ユキが隣を歩いた。


「何を考えてるの?」


私は子どもたちを見た。


「この子たちを連れて帰ること」


彼女はうなずいた。


それから村を見た。


「そのためには、今夜を越えないと」


視界の端に、窓が現れた。


家族の絆を認定:構成員六名。


共同成長条件が解放されました:持続可能な避難所の確立。


避難所に必要なもの:飲用可能な水、住まい、安全、居住権の承認。


いかなる報酬も、満たされていない条件の代わりにはなりません。


私は最後の一文を読み返した。


それから、窓を閉じた。


堤の向こうで、若い負傷者がうめいた。


「ユウマ!」とサレスが呼んだ。


私は足を速めた。


病院も、医療チームも、適切な器具もなかった。


ユキにも、図面も、機械も、指示を出せる作業員もいなかった。


そして子どもたちには、私たち二人が必要だった。


渡り廊下の先で、灰色の鱗を持つ老女が家の入口の垂れ幕を持ち上げた。


「入りな。早く」


私は担架を支えながら、敷居をまたいだ。


今度は、世界はそのままだった。

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