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宇宙の帳尻合わせ屋 ルーシッドリ・ラスタ号  作者: さんけい


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3/12

第三話 値札のついた客

 N‐74を出て三日目、クルトは自分の値段を見つけた。


 探したわけではない。食堂の隅に置きっぱなしになっていた端末を、ラスに言われてブリッジへ届けようとしただけだ。

 画面には会計表が開いたままだった。

 燃料、食料、医療材料、修理部品。その下に、人名があった。


 ――クルト・レオン 身柄保全費用 暫定評価――


「……ラス」

『はい』

「これ、見ていいやつか」

『見てしまった後に聞く質問ではありませんね』

「オレに値段がついてる」

『そりゃついてますよ』


 あまりに平然と言われ、腹が立つより先に呆れた。


「人間だぞ」

『船も人間も、運ぶには費用がかかります』

「そういう話じゃない」

『では隊長へどうぞ。値札担当です』

「そんな担当があるか」

『いま作りました』


     *


 ヘルは貨物区画にいた。床に座り込み、部品箱の内容と端末を照合している。


「何だ」

「オレの値段を見た」

「そうか」

「そうか、じゃない」

「じゃあ何て言えばいい。“おめでとう、意外と高い”?」


 クルトは本気で腹が立った。


「王家の血か。逃げ鉱か。帝都と辺境の交渉材料としてか」

「全部だろ」


 ヘルは部品箱から目を上げない。


「あと、生かして運ぶ手間。狙われる確率。保険。オマエが将来何かやらかしたときの面倒。そういうのを足した数字だ」

「人間をそうやって数字にするのか」

「する」


 即答だった。


「しないと、もっと雑に捨てられる」


 クルトは黙る。ヘルはようやく顔を上げた。


「オマエ、王宮で予算書を見たことあるだろ」

「ある」

「病院一棟、兵士一人、難民百人。全部数字になってたはずだ」

「だから正しいとは言っていない」

「俺も正しいとは言ってねえよ」


 ヘルは端末を床へ置いた。


「数字にしなきゃ、金も船も動かない。数字にしたら、今度は人間のほうを忘れる。どっちもろくでもねえ。だから俺らは、両方見てるしかない」

「……オレの数字は、何を意味してる」

「いまのオマエだけなら、もっと安い」

「喧嘩を売ってるのか」

「事実だ」


 ヘルは少し笑った。


「高いのは、まだ決まってない先の分だ。冬の惑星へ戻るかもしれない。戻らないかもしれない。逃げ鉱を抱えて帝都と喧嘩するかもしれない。全部捨てて辺境で農家になるかもしれない。ファンドは、その未定分にも金を出してる」

「農家になる可能性まで、誰が計算した」

「テルミン。あいつは人の嫌がる将来を十通りくらい並べて、三つ残れば上出来だと思ってる」


 クルトは画面の暫定という文字を見直した。


「あなたも値段をつけられたのか」

「この船でついてねえ奴はいない」


 ヘルは床の端末を拾い、画面を二度払った。クルトの欄の下に、乗員の評価項目が並んでいる。金額は伏せられていたが、何を買われているかは読めた。

 ドギーは航路設計、交渉、旧科学技術庁との連絡。マリエンは医療と融合種への対応。カイは機関保守。マーサは食料管理と船内生活。レオには「成長見込み」とあり、ラスには金額の代わりに、船体から切り離せないという注意書きがついている。

 ヘルの項目だけは長い。旧軍認証、辺境諸勢力との交渉、緊急時指揮。その下に赤字で、帝都に発見された場合の損失が書かれている。価値と危険が同じ欄だ。


「あなたの値段は」

「最初はマイナスだった」


 貨物区画のスピーカーが先に答えた。


『いまも油断するとマイナスです』


 貨物区画のスピーカーからラスが割り込む。


「聞いてたのか」

『船内ですから』


 ヘルが天井をにらむ。


「便利な言葉だな、それ」

『便利で危ないものほど長く残る船ですので』


 クルトはもう一度、自分の数字を見た。王家の血だけでついた値段なら、腹を立てたままでいられた。だが、N‐74で読んだ古いコードまで、すでに評価の端へ加えられている。

 気に入らない。けれど、初めから決められていた額でもなかった。


「馬鹿みたいだ」

「金出す奴はだいたい馬鹿だ」


 そこで会話は終わった。少なくとも、ヘルはそう思ったらしい。

 クルトは終われなかった。


     *


 夕食の席で、クルトは不機嫌だった。

 マーサが置いた豆の煮込みにも手をつけない。焼いた根菜と黒パンが大皿に盛られ、その横ではマリエンが、N‐74でもらった最後の葡萄を一人で半分近く食べている。


「食べないなら片づけるよ」

「食べます」


 反射的に皿を引き寄せる。向かいのマリエンがくすくす笑った。


「ちゃんと生きたい人の反応ですねぇ」

「何ですか、それ」

「死にたい人は、お皿を取られても怒らないことがありますから」


 クルトは言葉を失った。

 マリエンは何事もなかったように葡萄を食べている。


「先生、そういう話は食事中にするもんじゃない」


 ドギーが言う。


「その葡萄も一人で食べる量じゃないですよ」

「患者さんへ出す分は、ちゃんと別にしてありますぅ」


 ドギーは空いた枝を一本持ち上げた。


「患者、いま誰もいないでしょう」

「次の患者さんの分です」


 レオが空になりかけた籠を持ち上げた。


「次の患者さん、早く来ないと葡萄なくなりますよ」

「では保存性の確認を急ぎますねぇ」


 マリエンの指が次の一粒へ伸びる。


「食べたいだけだろ」


 ヘルの一言で、マリエンは葡萄の皿を自分のほうへ引いた。


「じゃあ、値札の話にします?」

「それもやめろ」


 ヘルが即座に返し、クルトは思わず笑ってしまった。

 腹が立っていたはずなのに、少し馬鹿らしくなる。

 ミハエルが小声で言った。


「殿下。数字が気に入らないなら、気に入らないままでいいのでは」

「ヘルさんにも似たようなことを言われた」

「では珍しく意見が合いました」

「オレの値段について?」

「いいえ。殿下が、何でも納得しなくていいということについてです」


 クルトは皿を見た。

 値札はまだ気に入らない。人を数字にする理屈も、全部は飲み込めない。

 でも、今夜の煮込みが冷める前に食べることとは、別の問題だった。


「……うまいな」


「そりゃそうだよ」


 マーサが奥から言った。


「値段つけるなら高いよ、その豆」


 今度こそ、食堂中が笑った。



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