第三話 値札のついた客
N‐74を出て三日目、クルトは自分の値段を見つけた。
探したわけではない。食堂の隅に置きっぱなしになっていた端末を、ラスに言われてブリッジへ届けようとしただけだ。
画面には会計表が開いたままだった。
燃料、食料、医療材料、修理部品。その下に、人名があった。
――クルト・レオン 身柄保全費用 暫定評価――
「……ラス」
『はい』
「これ、見ていいやつか」
『見てしまった後に聞く質問ではありませんね』
「オレに値段がついてる」
『そりゃついてますよ』
あまりに平然と言われ、腹が立つより先に呆れた。
「人間だぞ」
『船も人間も、運ぶには費用がかかります』
「そういう話じゃない」
『では隊長へどうぞ。値札担当です』
「そんな担当があるか」
『いま作りました』
*
ヘルは貨物区画にいた。床に座り込み、部品箱の内容と端末を照合している。
「何だ」
「オレの値段を見た」
「そうか」
「そうか、じゃない」
「じゃあ何て言えばいい。“おめでとう、意外と高い”?」
クルトは本気で腹が立った。
「王家の血か。逃げ鉱か。帝都と辺境の交渉材料としてか」
「全部だろ」
ヘルは部品箱から目を上げない。
「あと、生かして運ぶ手間。狙われる確率。保険。オマエが将来何かやらかしたときの面倒。そういうのを足した数字だ」
「人間をそうやって数字にするのか」
「する」
即答だった。
「しないと、もっと雑に捨てられる」
クルトは黙る。ヘルはようやく顔を上げた。
「オマエ、王宮で予算書を見たことあるだろ」
「ある」
「病院一棟、兵士一人、難民百人。全部数字になってたはずだ」
「だから正しいとは言っていない」
「俺も正しいとは言ってねえよ」
ヘルは端末を床へ置いた。
「数字にしなきゃ、金も船も動かない。数字にしたら、今度は人間のほうを忘れる。どっちもろくでもねえ。だから俺らは、両方見てるしかない」
「……オレの数字は、何を意味してる」
「いまのオマエだけなら、もっと安い」
「喧嘩を売ってるのか」
「事実だ」
ヘルは少し笑った。
「高いのは、まだ決まってない先の分だ。冬の惑星へ戻るかもしれない。戻らないかもしれない。逃げ鉱を抱えて帝都と喧嘩するかもしれない。全部捨てて辺境で農家になるかもしれない。ファンドは、その未定分にも金を出してる」
「農家になる可能性まで、誰が計算した」
「テルミン。あいつは人の嫌がる将来を十通りくらい並べて、三つ残れば上出来だと思ってる」
クルトは画面の暫定という文字を見直した。
「あなたも値段をつけられたのか」
「この船でついてねえ奴はいない」
ヘルは床の端末を拾い、画面を二度払った。クルトの欄の下に、乗員の評価項目が並んでいる。金額は伏せられていたが、何を買われているかは読めた。
ドギーは航路設計、交渉、旧科学技術庁との連絡。マリエンは医療と融合種への対応。カイは機関保守。マーサは食料管理と船内生活。レオには「成長見込み」とあり、ラスには金額の代わりに、船体から切り離せないという注意書きがついている。
ヘルの項目だけは長い。旧軍認証、辺境諸勢力との交渉、緊急時指揮。その下に赤字で、帝都に発見された場合の損失が書かれている。価値と危険が同じ欄だ。
「あなたの値段は」
「最初はマイナスだった」
貨物区画のスピーカーが先に答えた。
『いまも油断するとマイナスです』
貨物区画のスピーカーからラスが割り込む。
「聞いてたのか」
『船内ですから』
ヘルが天井をにらむ。
「便利な言葉だな、それ」
『便利で危ないものほど長く残る船ですので』
クルトはもう一度、自分の数字を見た。王家の血だけでついた値段なら、腹を立てたままでいられた。だが、N‐74で読んだ古いコードまで、すでに評価の端へ加えられている。
気に入らない。けれど、初めから決められていた額でもなかった。
「馬鹿みたいだ」
「金出す奴はだいたい馬鹿だ」
そこで会話は終わった。少なくとも、ヘルはそう思ったらしい。
クルトは終われなかった。
*
夕食の席で、クルトは不機嫌だった。
マーサが置いた豆の煮込みにも手をつけない。焼いた根菜と黒パンが大皿に盛られ、その横ではマリエンが、N‐74でもらった最後の葡萄を一人で半分近く食べている。
「食べないなら片づけるよ」
「食べます」
反射的に皿を引き寄せる。向かいのマリエンがくすくす笑った。
「ちゃんと生きたい人の反応ですねぇ」
「何ですか、それ」
「死にたい人は、お皿を取られても怒らないことがありますから」
クルトは言葉を失った。
マリエンは何事もなかったように葡萄を食べている。
「先生、そういう話は食事中にするもんじゃない」
ドギーが言う。
「その葡萄も一人で食べる量じゃないですよ」
「患者さんへ出す分は、ちゃんと別にしてありますぅ」
ドギーは空いた枝を一本持ち上げた。
「患者、いま誰もいないでしょう」
「次の患者さんの分です」
レオが空になりかけた籠を持ち上げた。
「次の患者さん、早く来ないと葡萄なくなりますよ」
「では保存性の確認を急ぎますねぇ」
マリエンの指が次の一粒へ伸びる。
「食べたいだけだろ」
ヘルの一言で、マリエンは葡萄の皿を自分のほうへ引いた。
「じゃあ、値札の話にします?」
「それもやめろ」
ヘルが即座に返し、クルトは思わず笑ってしまった。
腹が立っていたはずなのに、少し馬鹿らしくなる。
ミハエルが小声で言った。
「殿下。数字が気に入らないなら、気に入らないままでいいのでは」
「ヘルさんにも似たようなことを言われた」
「では珍しく意見が合いました」
「オレの値段について?」
「いいえ。殿下が、何でも納得しなくていいということについてです」
クルトは皿を見た。
値札はまだ気に入らない。人を数字にする理屈も、全部は飲み込めない。
でも、今夜の煮込みが冷める前に食べることとは、別の問題だった。
「……うまいな」
「そりゃそうだよ」
マーサが奥から言った。
「値段つけるなら高いよ、その豆」
今度こそ、食堂中が笑った。




