Vol.3 太客、本性を現す
「……どうぞ」
あたしは扉を開けて、中に入った。
透夜さんがあたしの後に続く。
扉が閉まった瞬間、空気が少し変わった気がした。
「それで?何を聞きたいんだ?」
突然のタメ口にあたしは驚いた。
「……何?急にタメ口?」
「あーごめんごめん。ご両親の前では、ちゃんとしてた方がいいだろ?君のご両親、僕を誠実な婚約者だと思いたがっているみたいだったし」
「じゃあ、今まで好青年を演じてたってこと?」
「……はぁ。めんどくさいな」
透夜は、不敵に笑った。
あたしはなんだか背中が、ぞわっとしたけれど、こっちの方が素なんだろうなと思った。
「とにかく、君が現役アイドルであることを考慮して、外部への婚約発表は控えるし、君の活動に不利益が出ないよう、こっちで調整するつもり。君はただ、僕と婚約するだけでいいんだ」
普通、こういう場面では「君が好きだ」とか「幸せにするから」とか、そういう甘い言葉を言うもんじゃないの?
「いや……婚約するだけでって……それが一番嫌なんだけど」
あたしは腕を組んだ。
ギャルは、ナメられたら負けだ。
「RINRIさ……じゃなくて、透夜さん」
「ん?」
「あたしはアイドルなの」
「ああ、うん。もちろん、知ってる」
「知ってるじゃなくて、ちゃんと聞いて」
あたしは、彼を睨んだ。
「あたしーー天瀬璃々花は、ホリハニのセンターで、ファンからリリぴって呼ばれてる。ステージで笑って、歌って、踊って、みんなに夢見せるのが仕事なの」
「うん、そうだね。それで?」
「……そもそもさ」
あたしは、じっと透夜さんを睨んだ。
「なんで、あたしなわけ?こんな廃れかけの芸能事務所の娘と結婚して、そっちになんの得があるってのよ」
透夜は少しだけ首を傾けた。
「ああ、それはね、君を選んだというより、天瀬家を選んだと言った方が正しいかな」
「天瀬家?」
「うちは今、エンタメ事業ーー特にライブアイドル・配信・ファンコミュニティ・推し活市場に本格参入しようとしている。でも、大手芸能事務所を買うと反発が大きい。そこで、廃れかけている中小事務所を救済する形で入り込むのが最適だという結論に至ってね。でも天瀬事務所なら、資金難で、交渉しやすい上に、テレビ局、制作会社、作曲家、舞台関係者など、古い人脈が残っているし、失敗したとしてもうちに大きな損害は出ない。実験台にするにはもってこいだと思ったんだよ」
「今、ウチらのこと、実験台って言った?」
「言ったよ」
透夜は悪びれもなく頷いた。
「事業として見れば、そういう位置づけになる。小規模で、失敗しても損害が限定的で、なおかつ成長余地がある。投資対象としては悪くない」
「……最低」
声が、自分でもびっくりするくらい低くなった。
透夜は表情を変えない。
「そうかな?悪い条件ではないと思うけど。夢だけでは事務所は維持できないだろ」
「そんなの、知ってるし」
あたしは唇を噛んだ。
「なら、合理的な提案だと理解できるはずだ」
「理解と納得は別物なの!」
あたしは透夜さんを睨みつけた。
「じゃあ、婚約は?話聞く限りだと、買収でも提携でもスポンサーでもーー他に方法はいくらでもあるでしょ。なんで、あたしとあんたが婚約する必要があるわけ?」
「信用の担保だよ」
透夜は即答した。
「信用の担保?」
「小鳥遊家が天瀬事務所を支援するだけなら、ただの資本介入に見える。天瀬家は乗っ取られると周囲に警戒されることになるし、古い人脈も絶たれてしまう可能性がある。けれど両家の婚約関係があれば、外からは“家同士の結びつき”に見えるでしょ?」
「……はぁ」
私は頭を抱えた。
***
「てかさ、今更だけど、なんでRINRIなの?」
「アカウント名の話?」
「そう。名前のわりに、今のところ倫理観ゼロだなと思って」
「晴臣がつけたんだ」
「はるおみ?」
「僕の秘書だよ。まあ、一般的にいうなら、幼馴染みたいなものかな。 Holic Honeyのファン用のアカウントを作る時に言われたんだ。『RINRIでいいんじゃない?お前に一番ないものだし』ってね」
透夜は、何がおかしいのか、笑いだした。
「……それ、笑うこと?」
「うん。真っ当な意見だからね。面白いじゃん」
「……じゃあ、何?つまり、自虐ってこと?」
「晴臣としては皮肉だったんじゃないかな」
「本人としては?」
「覚えやすくていいなと思ったよ」
あたしは呆れて、ノーコメントでため息をついた。
「てか、RINRIさんって結局のとこ、あたしを推してたんじゃなくて、単に婚約者候補として観察してたってこと?」
「まあ、そうなるのかな。婚約者候補がどんな女か、見てみたかったんだ。書類と写真だけじゃよくわからないし、かといって普通に会いにいくのは面白くないでしょ?今日、君の驚いた顔を見て確認したよ。ファンとしてあっていて良かったってね。だって、最高に面白かったから」
「最悪……。じゃあ、グッズ買ってたのも、投げ銭も、全部観察の一環だったってこと?」
「うん」
「うんって……」
「正確には、僕が指示して晴臣に処理させてた。グッズ購入、配信の投げ銭、SNSの感想投稿。金で済む応援は効率がいいからね」
頭の奥が、かっと熱くなった。




