vol.1 神対応とか、マジで無理
あたしは、神対応って言葉が嫌いだ。
神様だって毎日握手してたら腱鞘炎になるっしょ。
ましてこっちは人間で、朝から何も食べてない地下アイドルである。
なのにオタクたちは言う。
「リリぴ、今日も神対応だった!」
いや神じゃねえし。
ギャルだし。
めちゃくちゃ人間だし。
さっきから右足の小指、靴ずれで死んでるし。
笑顔しすぎて顔痙攣し出したし。
それでもあたしは全力で笑う。
「みんな、ありがとー!また絶対来てね、約束だかんねーー!」
あたしは、ピンクと金を混ぜた自慢の髪を揺らしながら、手でハートを作る。
客席の端っこまで届くように、目線を投げる。
ステージ照明は安っぽくて、汗とスモークと誰かの制汗剤の匂いが混ざっていて、ライブハウスの天井には黒い埃がぶら下がっているけれどーーそれでも、ここから見る世界だけは綺麗だった。
地下二階の小さな箱。
キャパは百五十人。
今日の動員は、たぶん八十人弱ってとこ。
武道館なんて言ったら笑われる。
でも、あたしはいつか絶対に、もっと広い場所へ行く。
こんな狭い地下で終わるために、ギャルドルになったわけじゃない。
欲張り?そうだよ。
ギャルは欲張りな生き物なの。
夢だって、メイクだって、盛れるだけ盛った方がいいに決まってるでしょ。
そう思いながら、あたしは最後の曲を踊り切った。
曲終わり、メンバー五人で横一列に並ぶ。
あたしは、ホリハニのセンターでギャル担当。
隣にいる子は王道清楚系の羽澄真白<ましろん>、その隣は妹系の桃瀬小羽<こはちゃ>、反対側には毒舌クール系の橘依乃李<いのりん>と、ふわふわ天然系の小日向こよみ<こよん>。
どの子もちゃんとかわいくて、ちゃんとオタクの心臓を撃ち抜く武器を持っている。
その中で、あたしはギャルでやらせてもらっている。
ピンクと金の髪も、長いネイルも、濃いめのメイクも、全部あたしの戦闘服だ。
「軽そう」とか「アイドルっぽくない」とか、好き勝手言われることもあるけど、知ったこっちゃない。
あたしはこの姿で、ステージの真ん中に立つって決めたんだから。
全員、息は上がって前髪は汗で額に貼りついている。
「今日も来てくれてありがとー!Holic Honeyは、もっともっと上行くから、ちゃんと見ててよねーー!」
客席から拍手が返ってくる。
大きくはないけど、でも、ちゃんと熱がある。
ペンライトの光が揺れていた。
「ラスト、いくよー!私らのデビュー曲ーー君色惑星!」
あたし達は、マイクを握り直す。
曲が流れる。
狭いステージ。
汗で張りつく衣装。
だけど、客席のペンライトがさまざまな色で揺れた瞬間、まるで、虹の中にいるみたいで胸の奥が熱くなる。
この景色だけは、誰にもバカにされたくない。
アイドルは魔法じゃない。
努力と睡眠不足と根性と、あと少しの勘違いでできている。
その少しの勘違いを、オタクたちは夢と呼ぶ。
曲が終わると、客席から拍手が起きた。
「ありがとー! みんな大好き!」
ーー嘘ではない。
ただし、全員を同じ熱量で好きなわけではない。
そこは、アイドルといえど、あたしも人間なので許してほしい。
***
ライブ後の特典会は、いつも戦場。
認知されたい。
名前を呼ばれたい。
自分だけ特別扱いされたい。
ーー推しの一番になりたい。
わかるよ。
誰だって、誰かの特別になりたいもんね。
でも、推し活ってそういうもんじゃないっしょ、とも思う。
チェキ券一枚、千五百円。
サイン付きで二千円。
一分トークで追加千円。
夢にはちゃんと値札がついている。
「リリぴ、今日も可愛かった!」
「マジ嬉しい!ありがと!てか髪切った?似合ってんじゃん」
「え、気づいてくれたの!?」
「気づくっしょ。リリはちゃんと見てるんだかんね~」
相手の顔がぱっと明るくなる。
こういう瞬間は、嫌いじゃない。
あたしの言葉ひとつで、誰かの一日が報われる。
そう思うと、足の痛みも少しだけ遠のく。
でも、たまに怖くなる。
あたしが渡しているのは、ほんの数秒の夢だ。
なのに受け取る側は、人生ごと預けてくることがある。
「リリぴだけが生きがい」
「リリぴがいるから仕事行ける」
「リリぴがいなかったら死んでた」
ありがたいよ。
嬉しいよ。
でも、正直、怖い。
あたしは神様じゃないし、誰かの人生を背負えるほど、背中は広くない。
だから、神対応って言葉が嫌いなんだ。
「次の方どうぞー」
スタッフの声で、最後尾の男が一歩前に出ると、その瞬間ーーざわざわ、と周りの空気が一気に変わった。
いや、別に変な人がきたわけではない。
むしろ、完璧すぎる男だった。
黒いコートに、国宝級の顔面。
百八十は余裕で超えてそうな高身長に、すらっと長い脚。
地下アイドルの特典会にいるには、めちゃくちゃ場違いな人。
けれど、あたしは彼を知っている。
「RINRIさん!」
あたしは満面の笑みで笑いかけた。
「今日も来てくれたんだ~!」
「はい」
男はいつも通り、穏やかに微笑んだ。
ーーこの人が、RINRIさん。
うちの現場ではかなり有名な古参ファンである。
いわゆるーー太客、というやつだ。
グッズは全部買うし、配信の投げ銭もめちゃくちゃ投げてくれる。
なのに、認知を求めてくるわけでもないし、無理に距離を詰めてこない。
少額の投げ銭で恋人気取りしてくるファンとも違って、何も求めてこない。
名前の通り、倫理の塊って感じの人。
あたし達はいつものように些細な会話を交わす。
「リリカさん、
「RINRIさんってさ、彼女にプレゼント渡す時も、材質とか市場価格から説明しそうだよね~」
「恋人はいませんよ」
「え、意外~!」
RINRIさんは一秒だけ黙って、それから、少し笑った。
その笑顔が、やたら綺麗でーーなぜか、少し怖くなった。




