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推しの倫理  作者: 桔梗


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1/3

vol.1 神対応とか、マジで無理

あたしは、神対応って言葉が嫌いだ。


神様だって毎日握手してたら腱鞘炎になるっしょ。

ましてこっちは人間で、朝から何も食べてない地下アイドルである。


なのにオタクたちは言う。


「リリぴ、今日も神対応だった!」


いや神じゃねえし。

ギャルだし。

めちゃくちゃ人間だし。

さっきから右足の小指、靴ずれで死んでるし。

笑顔しすぎて顔痙攣し出したし。


それでもあたしは全力で笑う。


「みんな、ありがとー!また絶対来てね、約束だかんねーー!」


あたしは、ピンクと金を混ぜた自慢の髪を揺らしながら、手でハートを作る。

客席の端っこまで届くように、目線を投げる。


ステージ照明は安っぽくて、汗とスモークと誰かの制汗剤の匂いが混ざっていて、ライブハウスの天井には黒い埃がぶら下がっているけれどーーそれでも、ここから見る世界だけは綺麗だった。


地下二階の小さな箱。

キャパは百五十人。

今日の動員は、たぶん八十人弱ってとこ。


武道館なんて言ったら笑われる。

でも、あたしはいつか絶対に、もっと広い場所へ行く。

こんな狭い地下で終わるために、ギャルドルになったわけじゃない。


欲張り?そうだよ。

ギャルは欲張りな生き物なの。 

夢だって、メイクだって、盛れるだけ盛った方がいいに決まってるでしょ。


そう思いながら、あたしは最後の曲を踊り切った。

曲終わり、メンバー五人で横一列に並ぶ。


あたしは、ホリハニのセンターでギャル担当。

隣にいる子は王道清楚系の羽澄真白<ましろん>、その隣は妹系の桃瀬小羽<こはちゃ>、反対側には毒舌クール系の橘依乃李<いのりん>と、ふわふわ天然系の小日向こよみ<こよん>。


どの子もちゃんとかわいくて、ちゃんとオタクの心臓を撃ち抜く武器を持っている。

その中で、あたしはギャルでやらせてもらっている。

ピンクと金の髪も、長いネイルも、濃いめのメイクも、全部あたしの戦闘服だ。


「軽そう」とか「アイドルっぽくない」とか、好き勝手言われることもあるけど、知ったこっちゃない。

あたしはこの姿で、ステージの真ん中に立つって決めたんだから。


全員、息は上がって前髪は汗で額に貼りついている。


「今日も来てくれてありがとー!Holic Honeyホリックハニーは、もっともっと上行くから、ちゃんと見ててよねーー!」


客席から拍手が返ってくる。

大きくはないけど、でも、ちゃんと熱がある。

ペンライトの光が揺れていた。


「ラスト、いくよー!私らのデビュー曲ーー君色惑星きみいろプラネット!」


あたし達は、マイクを握り直す。


曲が流れる。

狭いステージ。

汗で張りつく衣装。

だけど、客席のペンライトがさまざまな色で揺れた瞬間、まるで、虹の中にいるみたいで胸の奥が熱くなる。

この景色だけは、誰にもバカにされたくない。


アイドルは魔法じゃない。

努力と睡眠不足と根性と、あと少しの勘違いでできている。

その少しの勘違いを、オタクたちは夢と呼ぶ。

曲が終わると、客席から拍手が起きた。


「ありがとー! みんな大好き!」


ーー嘘ではない。


ただし、全員を同じ熱量で好きなわけではない。

そこは、アイドルといえど、あたしも人間なので許してほしい。


***


ライブ後の特典会は、いつも戦場。


認知されたい。

名前を呼ばれたい。

自分だけ特別扱いされたい。

ーー推しの一番になりたい。


わかるよ。

誰だって、誰かの特別になりたいもんね。

でも、推し活ってそういうもんじゃないっしょ、とも思う。


チェキ券一枚、千五百円。

サイン付きで二千円。

一分トークで追加千円。


夢にはちゃんと値札がついている。


「リリぴ、今日も可愛かった!」


「マジ嬉しい!ありがと!てか髪切った?似合ってんじゃん」


「え、気づいてくれたの!?」


「気づくっしょ。リリはちゃんと見てるんだかんね~」


相手の顔がぱっと明るくなる。

こういう瞬間は、嫌いじゃない。


あたしの言葉ひとつで、誰かの一日が報われる。

そう思うと、足の痛みも少しだけ遠のく。


でも、たまに怖くなる。


あたしが渡しているのは、ほんの数秒の夢だ。

なのに受け取る側は、人生ごと預けてくることがある。


「リリぴだけが生きがい」

「リリぴがいるから仕事行ける」

「リリぴがいなかったら死んでた」


ありがたいよ。

嬉しいよ。

でも、正直、怖い。


あたしは神様じゃないし、誰かの人生を背負えるほど、背中は広くない。

だから、神対応って言葉が嫌いなんだ。


「次の方どうぞー」


スタッフの声で、最後尾の男が一歩前に出ると、その瞬間ーーざわざわ、と周りの空気が一気に変わった。


いや、別に変な人がきたわけではない。

むしろ、完璧すぎる男だった。


黒いコートに、国宝級の顔面。

百八十は余裕で超えてそうな高身長に、すらっと長い脚。


地下アイドルの特典会にいるには、めちゃくちゃ場違いな人。

けれど、あたしは彼を知っている。


「RINRIさん!」


あたしは満面の笑みで笑いかけた。


「今日も来てくれたんだ~!」


「はい」


男はいつも通り、穏やかに微笑んだ。


ーーこの人が、RINRIさん。


うちの現場ではかなり有名な古参ファンである。

いわゆるーー太客、というやつだ。


グッズは全部買うし、配信の投げ銭もめちゃくちゃ投げてくれる。

なのに、認知を求めてくるわけでもないし、無理に距離を詰めてこない。

少額の投げ銭で恋人気取りしてくるファンとも違って、何も求めてこない。

名前の通り、倫理の塊って感じの人。


あたし達はいつものように些細な会話を交わす。


「リリカさん、


「RINRIさんってさ、彼女にプレゼント渡す時も、材質とか市場価格から説明しそうだよね~」


「恋人はいませんよ」


「え、意外~!」


RINRIさんは一秒だけ黙って、それから、少し笑った。

その笑顔が、やたら綺麗でーーなぜか、少し怖くなった。

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