閑話 2本
リーナが義弟に対する変態行為に及んだあと。
公爵であるガーランドと、妻のセレス、そして息子であるガルナは再び集まり、ガルナからの報告を受けていた。
ちなみに現役宰相であるガーランドと、彼の代わりに公爵家を取り仕切っているセレスは常に多忙なのであるが、今日はリーナと昼食・夕食を一緒にするため全ての仕事をキャンセルしていたという裏話がある。
それはともかく。議題はもちろん、謎の病気によって周囲の人間を体調不良にさせてしまうはずのルイナスについてだ。
「……まことか?」
ガルナからの説明を受け、訝しげな顔をするガーランド。彼も息子がこんなことで嘘や冗談を言う人間ではないと信頼しているが、それにしても信じがたかったのだ。
高名な鑑定士も、医者も、神官も原因が分からなかったルイナスの病気。周囲の人間に貧血などの症状を引き起こしてしまう奇病。だというのに、リーナはルイナスを抱きしめ、さらには頬ずりまでしてしまったという。
ルイナスの病気は、ルイナスとの接触が長ければ長いほど。触れる範囲が広ければ広いほどその人間の体調を悪化させるというものだ。
「ルイナスに抱きつき、頬ずりまで……?」
「はい。確かに」
「見間違いでは……ないだろうな」
「必要であれば同行していたメイド長にも証言させますが?」
「……いや、とりあえずはいい。リーナの体調は?」
「特に問題はありませんでした。専属医にも診せましたが、健康そのものであると」
「うーむ、そうか。ならば一安心ではあるが……」
ちなみに三人は知る由もないが、即座に診察してくれたことによって『やっぱり公爵家は伯爵家と違うね……』とリーナからの好感度が上がっていたのであった。
「セレス、どういうことだと思う?」
「ガルナの妄想でなければ、そういうスキルを持っているのでしょうね?」
「スキル?」
「例えば、体力を自動で回復するとか。病魔を無効化するとか。あるいは聖なる力で病を弾き返した可能性もあるわね」
「むむ、」
自動回復。そんなものは神話に出てくる英雄が有しているようなスキルだし、病の無効化もまた神話級。あり得ない妄言である……とは、言い切れないガーランドであった。
まだ確認していないが、リーナは五大魔法に適性を有しているという。それもまた物語に出てくるような存在だ。であるならば自動回復や病の無効化といったスキルを持っていても……。
(いや、期待しすぎてもしょうがないか)
孫が素晴らしい才能を持っているに違いない。そんな妄想をしてしまうのは人のサガであるが、だからといって妄想を孫に押しつけ、勝手に期待することなど許されるものではない。
(リーナはずいぶんと強力な浄化を使っていたからな。聖なる力で病を無効化したというのが一番可能性が高いか。だが、そんな力があるとすれば『聖女』に選ばれてもおかしくは――いや、いかん。勝手な期待を押しつけるなど)
自らを戒めるように首を何度も横に振るガーランドであった。
そんな彼の孫バカっぷりを察しているのか、セレスが優しく微笑みかける。
「まずは教会でのスキル鑑定ね。それで原因が分かれば、リーナとルイナスを接触させることもできるでしょう」
「おぉ! それもそうだな! そうなればルイナスにもいい影響があるだろう!」
「えぇ。やはり同い年くらいの子供と遊ぶのは情操教育的にも必要ですし。リーナも悪人ではないですから安心して任せられるでしょう」
「うむうむ、そうだな。気兼ねなく接することができる存在は貴重だろう。あるいは鑑定士を呼んでリーナのスキルを鑑定してもらうのもありか……」
ルイナスの一件で神官嫌いが加速したガーランドはそんな検討を始めるのだった。
そんな彼を横目に、ガルナが母であるセレスに近づき、小声で相談した。
「母上。ルイナスと唯一触れることのできるというのは……」
「……えぇ、そうね。婚約者として最適ね」
「いとこ同士というのは珍しいですが法律で禁じられているわけではありませんし」
「さらには『銀髪持ち』を血筋に取り入れるとなれば大義名分も立つでしょう」
「……あとは二人の気持ちですか」
「そうね。リーナは無理強いしたら逃げ出しそうだものね」
「ゆっくりと」
「えぇ、ゆっくりと」
頷き合うセレスとガルナであった。
――大神殿。
国教である大聖教の本部がある神殿において。その男はにこやかな顔で信者に神の道理を説いていた。
何とも優しげな風貌である。
穏やかに細められた目はいかなる貧者を前にしても見開かれることはなく、神の名を口にするその声は万人に癒やしを与えるかのよう。背は高いが、信者に対して腰を曲げて接するその姿からは威圧感を少しも感じ取ることはできなかった。
そんな彼の髪色は、銀。
世に名高き『銀髪持ち』である。
いわく、神の寵愛の証。
いわく、神話時代に神を補佐した人間の髪色。
そのような伝承は抜きにするとしても、銀髪持ちが人を超える魔力総量を有するのは事実であった。
その伝承。
その実力。
その高貴な美しさ。
かつては下級貴族の娘が王妃として迎えられたという事実。
通常であれば子供に銀髪持ちが生まれれば慈しむし、大切に大切に育てるはずだ。
――あの家を除いては。
「閣下」
大司教が祈りの時間を終え、神殿内を歩いていると……部下の一人が恭しく頭を下げながら声を掛けてきた。
「どうした?」
先ほど信者たちに向けていたものは明らかに異なる冷酷な目。暖かみのない声音。しかし、そんな大司教の変化に慣れきっている部下は気にすることなく報告を続ける。
「例の『聖女』ですが、伯爵家を出てルクトベルク公爵家に引き取られた模様です」
「……ルクトベルクか」
「はっ。なんでも公爵自ら乗り込んだそうで」
「ずいぶんと派手にやるものだな。しかしあの男は愚者ではない。それをするだけの大義名分があったのだろう?」
「どうやらあの伯爵は『聖女』を別邸に軟禁し、食事も満足に与えなかったようでして」
「――愚かな男だ。銀髪持ちの『聖女』の価値も分からぬとは……」
「いかがいたしましょう?」
「……公爵家であれば悪いようにはしないだろう。それに、あそこには『協力者』を潜り込ませているのだろう?」
「はい、順調に。それに関しましてもご報告が」
「なんだ?」
「例の『特殊個体』に聖女が接触。何の影響もなかったとのことで」
「……あの『特殊個体』は周囲の魔力を無尽蔵に吸うはずだ。それに接触し、何の影響もなかったと? そんな『権能』はないはずだが……」
ふむ、と自らのアゴに指を添える大司教。
「聖女は七歳になったはずだな? スキルはどうなっていた?」
「それですが、いまだに教会でのスキル鑑定はされておりません。伯爵がさせなかったようで」
「まったく愚かな男だ。が、都合がいいな。公爵であればスキル鑑定をさせるのだろう?」
「はい、すでに予定日は決まっております」
「――ならば、私も同席しよう。予定を空けておけ」
「御意に」
さらに頭を下げた部下に視線を向けることすらせず、大司教は自らの部屋に戻ったのだった。




