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17 穏やかな生活

「よく戻ってきた。妹よ」


 マスリーン王ヒューゴは、ルイカとは全く異なる外見をしていた。

 孤児として生きてきて、兄と紹介されても気持ちが追い付かなかったが、ルイカは笑みを讃えたまま。

 マスリーンの王宮で彼女は丁重に扱われ、部屋も王族が以前使っていた部屋を用意された。

 あまりにも煌びやかすぎて、ルイカは落ち着けなかった。

 それに反して、アニーはせっせと運ばれてくる荷物の荷をほどき、片付けていく。


「アニー。ありがとう」

「当然です。殿下」


 元より二人の間には絆みたいなものはない。アニーは自分の役目を果たそうとしているのか、ルイカを王妹してうやうやしく扱い、居心地が悪かった。


「ルイカ殿下。入ります」


 ジェイクが突然訪問してきたのだが、息がつまりそうだったルイカはほっとした。


「陛下より本日はゆっくりお休みくださいとのことです」

「ありがとう。助かります」

「礼には及びません。足りないことはないですか?」

「いいえ。ありすぎて困っているくらいです」

「そうですか。それならよかったです」


 タラディンで聞いているときはそれほど思わなかったのだが、こうしてマスリーンでジェイクの声を聞くと、ハリスに似てる気がした。話し方なども同じで、ルイカは急にハリスが恋しくなった。


「明日は王宮を案内しますね」

「ありがとうございます」


 ジェイクがすぐに出ていこうとして、ルイカは呼び止めそうになった。しかし思いとどまる。

 

(私はここに贖罪のためにきた。また誰かに頼るつもり?)


 ルイカは本来の目的を思い出す。


 翌日からルイカは、王妹としてできることがないかジェイクに相談した。本来ならば兄である王なのだが、王を呼びつけるわけにもいかない。またジェイクはよく彼女の部屋を訪れた。

 相談役としては一番適任だった。

 ジェイクの助言で、ルイカは孤児院や救護院を訪問した。

そのため、彼女の評判を高くなっていく。多くの人々が感謝の言葉を伝え、ルイカは笑顔で答える。けれども心の中では、まだ償いが足りない、そう考えていた。

マスリーンに来て一ヶ月たった頃から、王ヒューゴから力のことを聞かれる事が多くなった。何度が迷った挙げ句、ルイカは自身がスフィルの記憶をもつをことを語った。


「妹よ。あなたは償いをしたいと思っているだろう?」


ヒューゴにそう問われ、彼女は驚いて言葉がでなかった。


「それなら、タラディンの兵を殺してくれ。スフィル王子がしたように」

「できません」


 頭に浮かんだのは、まずハリスの顔。それから死んでいったマスリーンの兵士だった。


「なぜだ?償いをしたいのだろう?」

「兄上。それは償いではありません」

「穢らわしい!兄などと呼ぶな。殺戮者よ!」


ルイカはその場で凍りついたように動けなくなった。


「貴様の侍女を押さえている。殺されたくなければ、タラディンの兵士を殺せ。あの時のように力で焼き付くすのだ!」

「アニーは関係ありません。どうか、アニーに危害を加えないでください。お願いします」

「なら私の言う通りにしろ。兵を集め次第、タラディンに向かう。そこで貴様は十四年前と同じ力を見せろ。今度は役者は変わり、タラディンの兵士が蹂躙されるのだがな」


 その時からルイカの生活は一変した。住みかは王宮の人目に付かない離れに移され、護衛とは名ばかりの逃亡防止用の騎士が部屋の前に張り付く。

 公式にはルイカは体調を崩し、静養していると発表された。

毎日、アニーをつれてヒューゴが姿を現す。アニーは疲労していたが、怪我などしている様子もなく安堵した。

三日後、すでにヒューゴは用意していたらしく、出兵の準備が整った。


「せいぜい役に立つように」


 ルイカが王に脅されているなど、宰相以外誰も知らず、ルイカは顔がわからないようにフードを深くかぶり、うなずいた。

 アニーも人質として連れていかれている。しかしルイカには彼女が囚われている場所がわからなかった。


(タラディン近くにきたらアニーをどうにか逃がしたい。安全なところまで言ったら、私は命をたつ)


 はじめからそうすべきだったと後悔の波が寄せ集まる。


「ルイカ殿下」

 

 縄で縛られることもないが、見張りのいる天幕で、これからのことを考えていると、ジェイクの声が聞こえた。

 顔を向けると、そこに立っていたのはやはりジェイクだった。

 彼と会うのは久々であったが、王宮から離れたこの地にいることはおかしかった。


「どうしてあなたがここにいるのですか?」

「勝手に兵士の中に紛れ込みました。あなたを話をするために」

「そうですか」


 ルイカは彼がなぜ自分と話したいのか理解ができなかった。


「あなたは殺戮者スフィル王子の記憶をもっているそうですね」


 そのことかとルイカは目を伏せる。

 タラディンにおいて、スフィルは救国の王子であるが、このマスリーンでは多くの兵士を殺した殺戮者だ。


「私は小さい時から、スフィル王子の恐ろしさを聞かされました。最初、そのことを聞かされた時、震えが止まりませんでした。けれども、実際にあなたはそんな人物ではない。となるとスフィル王子も語られるような残虐非道な人物ではないと思ったのです。実際、彼は力を振るっただけです。自国のために、自国民のために。陛下がしようとしていることを同じです。ただそれに侵略の意味が入ると全く異なりますけど」


 タラディンはマスリーンと戦争を起こすつもりもなく、侵略するなどと考えたこともない。それはタラディンがマスリーンに比べ豊かなせいかもしれない。

 しかしマスリーンは前回の戦争で多くの命を失い、国自体も豊かとはいえない。王宮のある王都にはスラムがあり、貧困の問題は深刻だ。

 だから、ヒューゴが「前回の戦いの恨みを忘れたのか?タラディンを征服すれば豊かな生活が待っている」と国民に訴えれば、国民感情は動く。


 ルイカは救護院や孤児院をいくつか周り、深刻な貧困を目の当たりにした。だからこそ、豊かさを求めてタラディンへ向かうのは理解できる。けれども納得はできない。


「ジェイク様。アニーを安全な場所にかくまっていただけますか?お願いします」

「いいでしょう。あなたも一緒に連れていきます」

「私を?それはよくありません。あなたの立場があるでしょう?」

「一人も二人も変わりません」


 ジェイクに誘われたが、ルイカは首を縦に振らず、アニーの身柄だけを頼んだ。


 彼女は戦場に立つつもりだった。けれども人殺しをするつもりはなかった。



 タラディンとの国境近く、遠くに砦が見えた。


「それではお願いしますよ。殿下」


 ヒューゴより事情を聞いてる騎士団長が、ルイカに声をかける。

 国境地帯は線引きがあいまいで、いざこざが起きやすい。

 マスリーンに動きは伝わっており、タラディン側も準備万態で迎えていた。

 両軍がにらみ合い、再度騎士団長がルイカを呼んだ。

 アニーはすでにジェイクによって安全な場所に保護されているはずだった。

 ルイカの最後の仕事、それは死ぬことだった。


「マスリーンの皆さん。私は十四年前、スフィルとして炎の力を使い、多くの兵士を殺しました。私は二度とこの力を人殺しのために使いたくない。そう思いましたが、ルイカとして力を暴走させ、タラディンの騎士二人を殺してしまいました。私はもう人を殺したくありません。私はここで死にます。どうかもう二度と戦争を起こさないでください。本当ならば陛下に進言すべきところ、力及ばず皆さんを戦場まで連れてきてしまいました。けれども、私は最後までこの力を使って皆さんを守ります。だから、もう戦わないでください。力を使います。皆さん、下がってください」


 ルイカの声は一人一人の兵士の耳へ届けられた。

 それはきっとスフィルの兄、サズリエの力のおかげだろう、ルイカはそれに気づき泣きたくなった。

 国境近くには民家はない。十四年前にマスリーンによって滅ぼされた村はそのまま廃棄されたままになっている。

 ルイカは兵士たちが十分に距離を取ったのは確認して力を放った。

 壁の炎、後日そう呼ばれることになったもの。

 ルイカは自分を中心に炎の壁を作った。両軍の兵士が剣を交えないように、炎で広範囲で壁を作る。


「どうか、もう戦わないで」


 彼女はそう願い続け、命果てるまで炎の壁を維持した。


 誰も傷つけたくない。

 もう二度と。

 その思いを込めて彼女は自分を燃やし続けた。


 壁は3時間ほどで消え、恐る恐るマスリーンの兵士がルイカのいた場所を確認すると、そこに残ったのは黒焦げに焼けた遺体だけだった。


「マスリーンの兵士へ継ぐ。君たちの大切な王族は炎で壁を作り、君たちを守った。我がタラディンは君たちに弓を引くつもりはない。それぞれ家族の元へ帰りなさい」


 タラディン軍の先頭に、サズリエは立ち、マスリーンの兵士に呼びかけた。

 マスリーンの騎士団長は、命を最後まで燃やし続けた王妹の黒焦げになった遺体を見つめた。そうして全軍に撤退を通達。

 兵士たちはタラディン軍に背を向け撤退し始めた。

 サズリエはタラディンの兵士たちに動かないように命じ、守らない兵士がいないように各隊長に徹底させた。

 マスリーンの兵士が完全にいなくなったのを確認し、サズリエも兵を引く。

 砦に軍の一部を残すと、サズリエは兵士と共に王都へ戻った。

 彼の隣には、黒髪の補佐の姿はなかった。


 ☆


「……私は」

「ルイカ。おはようございます」

「ハ、ハリス様?!」


ルイカは力を使いきって死んだはずだった。前世スフィルのように。

しかし彼女は生きている。


「どうして?」

「覚えてませんか?陛下、サズリエ様が風の力でマスリーンの兵士の目眩ましをしてもらっている間に、あなたを気絶させ浚いました」


ハリスはたいして事はしてないとばかり、さらりと説明した。


「なぜ、放っておいてくれないんですか?もう私は楽になりたいのに」

「スフィル様の記憶を持ったルイカはあの時死にました。炎の壁を作るために力を使い果たしたのです。今目の前にいるあたなは、私のルイカです」

「な、なんですか。それは!」

「私は自分の気持ちに正直になることにしました。あなたがスフィル様の記憶を持っていようとも、あなたはあなたです。私はあなたが好きです。ずっと側にいたいと思うくらい、あなたが好きです」

「そんなこと言われても私は、」

「突然言われて戸惑うのもわかります。今は何も深く考えなくていいです。ただ一緒にいましょう」


 タラディンの城で力を暴走させ、騎士を殺してしまったルイカ、マスリーンの失われた王妹としてマスリーンに渡り、尽力を尽くしたルイカは死んだ。


 今いるルイカは別人だ。


 過去を悔いるルイカを見るたびに、ハリスはそう言い聞かせた。


「ルイカ」

「ハリス」


ルイカは過去を悔い続ける。

ハリスが何度も言っても彼女は過去の自分を責める。


「ハリス。ありがとう。こんなに穏やかに暮らせるのはハリスのお陰だよ」


数年後彼女がぎこちないながらも微笑みをみせるようになった。

それだけでハリスは幸せだった。


 救国の王子の生まれ変わりの少女は、少しずつであるが穏やかな人生を送ろうとしていた。


(終)





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