12 隣国マスリーン
「力を持つものは少女か」
「はい。どうやら十四年前の王子スフィルと同じように東の塔に収容されているようです」
「王族ではないのだろう?」
「それが……」
隣国マスリーンの王宮で、王は宰相からの報告を受け取っていた。
今では和平協定を結んでいるが、仮想敵国であることは変わらない。
常にスパイを放っており、情報収集を行っていた。
十四年前に軍を侵攻させ、多大な犠牲を出した王は退位し、現在の王は当時王太子だったヒューゴだ。
マスリーンに甚大な被害をもたらせた力を、王を含め軍は警戒していた。
タラディンの王家には力を持つものが現れる。
現国王も風の力を持っていることは把握しているが、その力を攻撃に使っている情報はまだ掴めていない。
十四年前、すでに炎の力を暴走させた第二王子スフィルの存在を把握していたにも関わらず、前王は隣国マスリーンへの侵攻を決定した。
当時王太子であったヒューゴは、今だにこの進軍を止められなかったことを後悔している。
それほどスフィルは軍に大きな被害をもたらせた。
宰相から、新たな力を持つ者の話を聞かされ、ヒューゴは前回のような過ちを犯さないと決めた。
現在両国は和平協定を結んでおるが、マスリーンはタラディンに比べ資源が少なく、タラディンに比べ貧しい。そのためマスリーンの一部貴族の間で、タラディン侵攻の話をするものがいる。
それを聞く度に、ヒューゴはそのような貴族から爵位を奪いたくなるのだが、余罪のないため裁くことができない。
できることは、そのような考えが広まらないように努めるくらいだ。
「なんてことだ」
宰相から少女ルイカの出自を聞かされ、ヒューゴは軽い興奮状態に陥る。
彼は戦争が好きではない。十四年前の戦いで戻ってきた者から話を聞き、声を失った。
多くの者が失われたことを悲しみ、一瞬で多くの者の命を奪ったスフィルに怒りと恐怖を覚えた。
兵士たちの目には恐怖が染みついており、多くの者が心を壊した。
ヒューゴは二度とこのような愚かな出兵をするつもりはなかった。
しかし、あの巨大が力がこちら側にあったらどうだろうか。
あの炎の力があれば、タラディンを侵略できる。
「陛下。なりません」
宰相は王ヒューゴの考えを先に読み、反対する。
十四年前、彼は宰相補佐であり、戦争を推進した父である宰相を止めようとした。しかし結果止めることができなかった。
戦いで多くの者が死ぬ。
それは多くの者を悲しませる。
「なぜだ。今度は私たちの番ではないか。あの力を使って、タラディンに思い知らせてやろう」
「陛下」
東の塔に囚われている少女、ルイカは孤児であった。
しかし、彼女の実父は前マスリーン王、母は王宮で働いていた女中。
前王は女中を弄び、飽きたので捨てた。
王妃の怒りを恐れた女中は、タラディンへ渡り、ルイカを生んだ。しかし王妃は女中の存在を知り、女中と子の殺害を騎士に依頼した。しかし死にゆく女中の願いを受け、騎士は子どもを孤児院に預けた。王妃には二人を殺害したと報告して。
王妃がなくなり、この事実は消え失せたはずだった。しかし宰相は騎士の消息を掴み、話を聞いた。
ルイカの外見は、前王ではなく、母である女中に類似している。女中は平民であり、タラディン王家とは関りがない。
なのでルイカが力を使えるのはおかしい。しかし、王ヒューゴは、ルイカが前王の娘、自身の妹に当たり、炎の力が使える。その事実だけで十分だった。
「ルイカと言ったな。我が妹は。彼女を迎える準備をしようではないか。囚われの身、女中ではなく、王族として迎え入れる。タラディンに使者を送れ」
「御意」
宰相は短く答えると、礼を取り、その場を後にした。
「またしても私は止めれないのだな」
宰相の呟きは誰に聞かれることもなかった。
翌日、マスリーンの宰相は、王命でタラディン王へ使者を送る。
選ばれた使者は宰相の息子であり、父からすべての説明を受けた彼は役目の重さに逃げ出したい気持ちでいっぱいであった。




