囮(ヴィセリエ)
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そしてダルフェニア軍が旧エターニア王国の首都、ヴィセリエを制圧して数日が過ぎた。かなりの数の生存者が発見され、比較的無事な建物を利用して保護されている。だがその数は一万人にも満たない予測だった。ヴィセリエには元々十万人以上の人々が住んでいたため、九割以上の住民が消えたことになる。
幸か不幸か、生存者の数が少なかったことは食糧問題にとっては良いことだった。カザラス帝国内での食糧不足のため、ヴィセリエで貯蔵されていた食糧はだいぶ取り上げられてしまっている。しかしそれは短期的にであって、長期的には生産力が落ち国力の回復が遅れることだろう。
ライナードは周辺の都市や村へも偵察を出し、現状の把握に努める。アデルからは「いけそうだったら旧エターニア領を占領してください」という曖昧な指示……というよりお願いが来ていた。
「まいったなぁ、そんなこと言われても……」
ヴィセリエ城に設けた執務室の窓から町の様子を眺め、ライナードはため息をつく。旧エターニア領は広大で、ライナードたちの現在の兵力ではとてもカバーしきれない。さらにどれだけの敵がいるのか、そもそも各町の守備兵が敵となるのか味方にできるのかも分からない状況だ。物資にも余裕はなく、本国から補給を受けなければならない。
幸い、直近で必要な物資はミドルンからロック鳥によってすでに運ばれてきていた。大量に必要な物資は船での輸送を計画しており、海運の拠点となる町の占領は急務となっている。エルフたちはしばらく協力を続けてくれることになっているが、別の任務で今はヴィセリエから動かせない状況だった。
もちろんアデルとしてもそういった事情は予想しているため、命令ではなく「いけそうだったら」などという曖昧な指示を出したのだ。
「副官として判断に責任を負わずに好きかって言うのが性に合ってるのに。いっそのことエスカライザ様にエターニア王になってもらって統治してもらうとか……」
ライナードはブツブツと愚痴を言いつつ、報告書の山の整理に戻った。
一方、クロースは町で生存者の整理のために声を張り上げていた。
「皆、名簿に氏名と家族構成を記入し、食糧の配給を受け取るように!」
偵察や警戒のために兵を割いていることもあり、クロースに与えられた兵は十分ではない。クロース自身も率先して働かなければならなかった。しかし普段であればそんなことは拒否するであろうクロースは、謎のやる気を発揮して生存者の整理に当たっている。
そんなクロースの指示に従いつつも、生存者たちは複雑な表情でクロースを見ていた。ヴィセリエの住民たちにとってクロースは裏切者である。いち早く祖国を裏切ってカザラス帝国側に付き、今回の惨劇でも守るべきヴィセリエを離れていた。
「エターニアを裏切り、カザラスを裏切り、今はダルフェニアか……」
生存者たちはクロースを見ながら、コソコソと呟き合う。
「ダルフェニアは大丈夫なのか? ダルフェニアもドラゴンを使うんだろ?」
「大丈夫だろ。エルフたちも協力してるみたいだし」
エターニアの人々にとって、知性溢れるエルフは恐怖と尊敬の対象だった。決して友好的とは言えないがほとんど関わりがない分、余計にその存在は神秘的に見える。
「何でもいい。とにかく昔みたいに平和な暮らしを取り戻してくれるなら、誰だって大歓迎だ」
一人の生存者の呟きに、他の者たちも賛同するようにうなずいた。
そんなヴィセリエの住宅街の一角。静まり返った一角にある大きな家の地下。その壁の一面には奇妙な文様が描かれていた。不意にその壁が不気味に揺らぎ始める。しばらくしてその壁に小さな穴が開いた。
「魔力出力、安定!」
「空間固定、確認!」
小さいながらもはっきりとした声がその穴から聞こえてくる。
「時空接合範囲拡大!」
その声とともに穴が広がり、こぶし大の大きさとなる。突然、その穴の向こうにギョロっとした目が現れ、地下室の様子を見回した。
「周囲確認、敵の姿はありません!」
「匂いはどうだ? 油などは撒かれていないか? タイファではそれで手ひどくやられたからな」
穴の向こうでは何人かの男たちがやり取りをしていた。
「いいえ、大丈夫です」
「敵には姿を消せるエルフがいるはずだ。魔力感知器はどうだ?」
水晶のようなものを持ったラーベル教の神官が、それを通して地下を覗き込む。
「転移門の影響で数値が安定しませんが……周囲にはいない模様です」
「ふっ、馬鹿め。神殿の地下を潰しただけで安心したか」
ラーベル教の司祭がほくそ笑む。タイファで待ち伏せを受けたことで、ラーベル教会は大都市に複数の転移門を設置していた。神殿の地下の転移門はもはや囮でしかない。門の設置だけでも魔力を使うが、ダルフェニア軍対策としてそうすることを選んだ。
「よし、門を広げろ。乗り込むぞ!」
司祭の命令で門が広がる。転移門はあっという間に人が通れる大きさとなった。
穴が広がり、整列した鎧姿の大男たちの姿が見えた。それは救命騎士たちだ。虚ろな目で開いた転移門を見つめ、命令を待っている。
「進軍開始!」
司祭が命じると、救命騎士たちは歩き出しヴィセリエの家の地下へと足を踏み入れた。
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