女王(ラパイソ)
アデルたちが辿り着いたのは、ラパイソの町のほぼ中央に建つ大きな屋敷だった。風通しを最重視した他の質素な家々と違い、柱や屋根には装飾が施され豪華な造りとなっている。扉の前には衛兵が数人立っていた。
さすがにもう話は届いているらしく、アデルたちは中へと通される。しかしその周囲で衛兵たちが目を光らせていた。特にダークエルフに対する視線には厳しいものがある。
中は大きな広間となっており、部屋の奥には恰幅の良い中年の男と一人の老女が座っていた。
(あれが……女王?)
アデルはその老女を見つめた。
(もっとこう……プルンプルンでオーッホッホな感じを期待してたのに……)
勝手に美女を想像していたアデルは少しガッカリしていた。
「ご無沙汰しております。砂漠の民、ラヒドです。女王様に置かれましてはご健勝で何よりです」
一番先頭に立っていたラヒドが恭しくお辞儀をする。
「断りもなく北の民を招き入れるとは何事だ!」
女王の隣に立つ恰幅の良い男がラヒドを叱責した。
「アデル王は北の民ではない。北の民の支配と戦っておられる方だ。それにたとえ北の民であろうと、ここで生き抜く力があれば受け入れる。それが我らの掟ではないか? ガント殿」
ラヒドが眉をひそめながら反論する。
「誰だい、このブサイクは?」
女王はしゃがれた声でガントと呼ばれた男に尋ねた。
「イャルナ様、砂漠の民ラヒドです」
ガントは女王――イャルナの耳元で大声で言う。
「ほぁ? 嘘おっしゃい。ラヒドはもっと若くてイイ男だよ」
イャルナは顔をしかめた。
「……私も年を取りましてな」
ラヒドは複雑な表情だった。
「ところでクシャドはどこだい?」
「旦那様は3年前に亡くなりました」
イャルナの問いにガントが答える。
「クシャドが!? そんな……」
イャルナはショックを受けた様子で瞳を潤ませた。
「あんた……うぅ……!」
「……」
咽び泣き始めたイャルナをうんざりした様子でガントは眺めていた。ラヒドも困り顔でそれを見ている。
「うぅ……ところでご飯はまだかい?」
「さきほど召し上がられました」
顔を上げたイャルナに見られないよう、表情を戻したガントが答える。
(だ、大丈夫なのかな……)
アデルの表情はどんどん不安なものになって行った。
「あら、そうかい。それでそこの子供たちは私の孫かい?」
イャルナは今気づいたという様子でアデルたちに目を向けた。
「ど、どうも! アデルと申します! 王様やらせてもらっています!」
アデルは慌てて頭を下げながら挨拶した。
「なに? よりによってそいつが……」
ガントはアデルの背後に控える神竜騎士たちを見ながら言った。確かにアデルよりよっぽど威厳のある顔つきの者が何人もいる。
(ぐぅ……この人に言われたくない……)
アデルは内心ムッとしつつ愛想笑いを浮かべる。ガントの能力値は知略が高いくらいで他はいたって平凡なものであった。
「あの……北の民っていうのはカザラス帝国の人たちのことですか?」
アデルはガントに尋ねる。
「別にどこの国と限定するわけではない。我らの土地を奪い去った北の者ども全員だ!」
ガントは不機嫌そうにそう言い放った。
「もともとこの町の人間たちの多くは北の大地……今は砂漠となってしまった場所に住んでいたとされる者たちだ」
ラヒドが蛮族の成り立ちをアデルに語り始めた。
聞けば彼らはもともとは別々の集団であったらしい。しかし彼らが北の民と呼ぶ者たちによって住み家を奪われ、新天地を求めて南へとやってきた。そしてここに住んでいた者たちによって受け入れられ、今のラパイソの基礎となった。こういた背景もあり、ハーヴィル勢の残党のように受け入れを求める者たちには寛容なようだ。
(てことは、北の民っていうのは魔法文明のことか……)
アデルはラヒドの話を聞き、そう推測した。
「愚かだな。この大陸がどれだけ広いと思っている。北には様々な種族が住み、人間の国がいくつもある。それを一緒くたに語るなど、おのれの無知を晒しているようなものだ」
ガントを冷たい目で見据えながらイルアーナが言う。
「なんだと? そもそもお前らは何なのだ? 見るからに邪悪そうな者どもだが……」
ガントは怒りのこもった訝し気な視線をイルアーナに向けた。
「彼らはダークエルフ。恐らく森に住む黒き悪魔たちと同族だ」
「なっ……!?」
ラヒドの言葉にガントが目を見開き狼狽える。
「な、なぜそんなものを招き入れた! すぐにそいつらを……」
「待て!」
慌てて衛兵たちに指示を出そうとするガントの声を、ラヒドの迫力ある声がかき消す。
「狼狽えるな。その黒き悪魔たちやドラゴンすら従わせているのがアデル王だ」
「……こいつが?」
ラヒドの話を聞き、ガントが疑いと恐怖のこもった眼でアデルを見る。
「従う? 我らがアデルの下についておるとでも言うのか」
ピーコが不服そうに言った。
「でも『ご飯だよ』って呼ばれたら行くから、従ってるんじゃないの?」
「なるほど。それはそうじゃな」
興味なさそうに呟いたポチの言葉にピーコは一人で納得していた。
「北の大地は言い伝え通りの姿を取り戻そうとしている。しかしそうなれば同時に北の民の脅威も復活する。だがアデル王は我々が協力することを条件に北の大地を我らのものとすることを認めてくださるそうだ。ここはひとつ……」
「……待ちな」
ラヒドの言葉を何者かが遮る。それはイャルナだった。
「勝手に決めんじゃないよ。そんなにその坊やがすごいならまずは実力を見せてもらわないとね」
先ほどまでの様子が嘘のように、イャルナは迫力のある視線をアデルに向けた。
(えぇっ!? もしかして演技……?)
イャルナの豹変ぶりにアデルは戸惑う。
「あたしゃイラついてんだよ。なんせ腹が減ってるからね。ガント、ご飯はまだかい?」
「……お食事は先ほど召し上がられました」
イャルナとガントの会話にアデルは拍子抜けする。
(なんだ、やっぱりボケてるのか……)
「アデル王とやら」
安心したアデルにガントが視線を向ける。
「イャルナ様の仰せの通りだ。まずは実力を示してもらおう」
「え?」
ガントの言葉にアデルは固まった。
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