急襲(ハイランド)
アデルたちが砂漠を横断しているころ、ミドルンの北東にあるハイランドの町で”智眼”のホプキンはくつろいでいた。
「やはり慣れ親しんだ町は落ち着くな……」
ハイランド城から夜のハイランドの街並みを見ながらホプキンは呟く。かつてハイランドはホプキンの所領であった。しかし貴族制が廃止されたこともあり、もはやホプキンのものではなくなっている。ハイランド城も国有化されてはいるが、ホプキンの私室などはそのままホプキンに使用が許されていた。現在ホプキンはアデルよりとある命を受け、ハイランドで指揮を執っている。
「アデル様にお仕えしてほぼ一年か」
ホプキンは激動の一年を振り返った。ヴィーケン王国から北部連合へ移り、すぐにアデルに所領を献上した。節操のある行動ではなかったが、その時の行動が「先見の明がある」と表され、いまや世間からは神竜王国ダルフェニアの重鎮と見られていた。実際は階級があいまいな神竜王国ダルフェニアではホプキンは重鎮と呼べるような立場ではなかったし、本人もまったくその自覚は無い。ただハイランドの人々がホプキンを見る目は領主であった頃よりも尊敬に満ちており、「ダルフェニア四天王」などと呼ばれて悪い気はしなかった。
「そろそろ儂も身を固めるか」
ホプキンはとっくに結婚適齢期を過ぎた中年であったが、いまだに妻子は無かった。侯爵という地位であり、小さいながらも町の領主であったホプキンに縁談の話がなかったわけではない。しかしある理由からホプキンはそれらを断っていた。
「いまならきっと来てくれる。ケツがプリプリの妖艶な美女が……!」
そう、ホプキンは面食いなうえに相手女性に求めるスタイルにもこだわりがあった。しかしそういう女性はもっと上級の貴族の元へ向かい、ホプキンの元へは満足できる女性が来なかったのだ。さらにこれまでは相手の家柄も重要視されたが、貴族制が廃止された今そこは絶対条件ではない。今なら自分のもとへも極上の美女が来てくれる。ホプキンはそう願っていた。
「ん?」
その時、夜のハイランドの上空を何かが飛んでいるのが見えた。人のような身体と大きな翼のあるシルエットだった。
「ハーピーか……ハーピーもいいな」
ホプキンはハーピーたちの姿を思い浮かべる。ハーピーのタイプは様々だが、平均的には人間より筋肉質であり、お尻もプリプリとしている。ホプキンはニヤニヤとその何かを目で追いかけた。
「おや?」
ホプキンは首をかしげる。その影は街中へと降りていったのだ。ハーピーであれば報告のために城へとやってくるはずだ。
「怪我でもしているのか……?」
心配になったホプキンは兵を呼び、影が降りた辺りを捜索するように命じた。
ハイランドに降りた影は、暗い路地で何やら壁に模様を描いていた。美しい女性の姿をしているが、ハーピーとは違う。完全に人間の体をしており、優美な鎧を身にまとっていた。しかし唯一違うのは背中に生えた大きな翼だ。美しさも相まって、神話から飛び出てきたような存在に思えた。
「これでいい」
その翼の生えた女性は呟く。彼女が描き上げた模様は魔法陣のようになっており、不気味な光を放ち始めた。遠くからは兵士たちの鎧が立てるガチャガチャと言う音が聞こえてくる。
「力試しのために貴重な魔石を消費するなど、いまいち納得は行きませんが……」
女性は胸元から大きな宝石を取り出す。その宝石はほのかに光を放っていた。
「奇襲に対してダルフェニアがどれほどの対応ができるか……お手並み拝見と行きましょう」
女性が手にした宝石の放つ光が強まる。それに呼応するように魔法陣も強い光を放ち始めた。
「なんだ?」
ホプキンの命を受け、ハイランドの街を捜索していた数人の兵士たちは、路地が何かの光に照らされているのを見つけた。
「行ってみましょう!」
若い兵士がその光の方向へ走り出そうとする。
「待て!」
しかし落ち着いた感じの中年の兵士がそれを止めた。
「何か異変があればすぐに報告することになっている。お前は城に知らせてこい」
「ええっ? なんで俺が……」
「お前が一番足が速いだろ」
中年の兵士は肩をすくめた。町の守備兵は治安維持要員の側面が強く、若い兵士や手練れの兵士は正規軍に所属することが多い。この兵士たちの中でも青年と呼べるのはその若い兵士一人だった。
「ちぇっ、わかりましたよ!」
若い兵士は不服そうにしつつも、城のほうへと走り始めた。
「さて……俺たちはさっきの光の正体を確かめるか」
「気を付けろ、ウィル・オー・ウィスプかもしれんぞ」
ウィル・オー・ウィスプは鬼火といわれるような発光現象のことだ。その正体は自然発火現象であったり、ただ遠くでたいまつを持った人間を鬼火と思い込んだりと様々だ。しかし時折、何かの拍子に具現化してしまった火の精霊や光の精霊であることがある。そういった精霊は近づく人を襲うこともあった。
兵士たちは槍を構えて路地に入ろうとする。しかしその寸前に彼らは違和感に気付いた。
「何だ? 何か音がするぞ?」
「おい、地面が揺れてないか?」
兵士たちが狼狽える。確かに地面は小さく揺れていた。そして一定のリズムで低く、重い音が空気を震わせる。
「見ろ、何だあれ?」
路地の壁を照らす光の中に何かの影が浮かび上がっていた。人型の影、それもひとつやふたつではない。その影が動くたびに、音と揺れが兵士たちのもとへと届いた。
「あれはまさか……!」
兵士たちの顔がだんだんと驚愕に彩られる。そして兵士たちの視線の向こうで、路地から何かが現れた。
重鎧に包まれた2メートル近い巨体。顔を覆うヘルメットの奥には生気のない虚ろな目が見える。右手には巨大なハルバード、左手には全身を隠せるような大盾。そんな騎士たちがまったく乱れのない動きで隊列を組み、路地から通りへと出ようとしていた。
「きゅ、救命騎士団……!」
ダルフェニア兵が恐怖に顔を歪めながら呟く。
かつてカイバリーに現れ、アデルを苦しめたラーベル教会の化け物たちが、突如夜のハイランドに現れたのであった。
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