第四章 39 それぞれの思い
いろんな人と話をしながら料理を食べているうちに、いつの間にか数時間が経過していた。テーブルの上の料理はまばらだっていうのに、まだ酒は残っているせいか広間は多くの大人たちで賑わっている。わたしと同年代の人たちの姿は見受けられない。
「はー……」
わたしは水をグラスに注ぎながら、大きく息をついた。疲れた。エドワルドさんや6班の人たちなら前にも話したことがあるから良かったけど、他の見知らぬ人と話すのは本当に疲れた。そもそも、知らない人と喋るのがそんなに得意じゃないわけで。
「みんな、どこにいったんだろうなぁ……」
わたしは広間を見回す。途中までは一緒だったはずなのに、気が付けばひとりぼっちだ。結構みんな自由人だし、ここでじっとしている方が確かにおかしいかもしれない。
わたしもテキトーにどっか散歩するか。その前にマリーに声をかけて行った方がいいかな、とも思ったけど、見つけたマリーはノーランさんと楽しそうに話していたのでやめた。まあ、わたしがいてもいなくても宴会には支障はないだろう。見つからないようにこっそりと大広間を出る。
なんだか風に当たりたい気分だ。確かここからだと中庭が近いはずだから、中庭に行こう。
わたしはそう決めて、頭の中のあやふやな地図を頼りに歩き出した。
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「セイ君」
城の一室から出てきたツインテールの少女を呼び止めると、彼女は驚いたようにぴょこっと跳ねた。目を丸くしながら「リン」と呟く。
「びっくりした……。こんなところでどうしたんですか?」
「この姿だと流石に居づらかったからね、少し城内を散歩していたんだ。セイ君こそ、何をしていたんだい?」
セイが出てきた部屋は、城で仕える魔法使いたちが集まっている部屋だ。何か目的がない限り足を踏み入れることはないだろう。
リンの問いかけに、セイは困ったように眉を下げて笑う。
「えっと、秘密、です」
「秘密」
「はい。あ、悪いこととかはしてませんよ! 至って普通の相談です。リンが心配することとかは何もありませんからね!」
「へえ?」
早口でまくし立てるセイを見ながら意味ありげな微笑を浮かべていると、急にセイが口をつぐんだ。彼女にしては珍しい、感情の読み取りにくい顔をしている。
「なんか、リンって不思議な感じがしますよね。時々なんでも見通されてるような気持ちになるんです。実は今も、あたしがどうしてここにいるのかバレてるような気がしてて……」
「すごいねセイ君。実は、この眼鏡をかけている者はすべての事象を見抜けるようになるんだよ」
「――じゃあ、その眼鏡さんは見抜いているんでしょうか」
冗談かと思って冗談で返したが、すぐにそうではなかったのだと気づく。正面に立つセイの顔が、思いつめたものに変わっていたからだ。
「あたしがこの時代、この場所に来た意味。その眼鏡をかけているリンなら、あたしに教えてくれますか?」
宴で気が緩んでいたのか、それとも突然声をかけられたことで動揺していたのか。本当の理由はわからないが、普段なら留めていたはずの心の声が思わず零れてしまったような、そんな雰囲気を感じ取った。
リンが何かを言う前に、セイははっと我にかえったようだった。「変なこと言っちゃいましたね」と焦った風に笑う。
「ごめんなさい、ちょっとボーっとしてたみたいです。お酒の匂いだけで酔っちゃったんですかね?」
「え、酔ったの? 休まなくて大丈夫?」
「ひゃああっ!?」
背後からナオに声をかけられたセイが、変な声を上げて跳び上がった。リンがいた場所からは、向こうからナオが歩いてくるのが見えていたのだが、セイはまったく気づいていなかったらしい。突然登場した姉を見て、ぱくぱくと口を開けている。
「お、お姉ちゃ、いつからそこに……」
「そんなに驚く? いつからって、今通りがかっただけだけど」
「あたしの話聞こえてた?」
「なにも。何か話してたの?」
「ううん、話してない!」
セイが勢いよく首を振った拍子に、ツインテールもぶんぶんと荒ぶった。セイがあまりにも必死なので、助け船を出そうと、リンは怪訝そうなナオに声をかけた。
「ナオ君、アヤ君とユーリ君は一緒じゃないのかい?」
「私一人だけよ。私が広間を出た時、彩はまだ中にいたけど、ユーリの方は本当に知らないわね。どうせどっかで寝てるんじゃない?」
「……ずっと気になってたんですけど、なんでお姉ちゃんはユーリのこと嫌いなんですか? 大喧嘩したってわけじゃないでしょ?」
セイがふと思い出したように尋ねる。妹からの質問に、ナオは「別に嫌いなわけじゃないけど」と少し眉間に皺を寄せた。
「何か気に入らないのよね。アイツ、彩じゃなくて彩を通して別人を見てるような感じがするから」
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わたしが中庭のドアを開けると、中庭に一人誰かが立っていた。わたしはすぐに声をかける。
「ユーリ」
「ん」
ぼんやりと池の魚を眺めていたユーリが、わたしの声に反応して振り返る。わたしは軽く手を上げた。
「ここにいたんだ。みんなは?」
「さあ。全然見てない」
「そうなんだ。いつの間にかみんないなくなってたんだよね」
「あいつら自由だな」
一人で池の魚眺めてたやつに言われたくはないと思うけど。
せっかく見つけたので、わたしもユーリの隣に並ぶ。澄んだ水の中で、ひらひらの背びれをもった魚たちが自由に泳いでいた。
「なんかカラフルで華やかな魚だね」
「本当だな。こんな魚、昔はいなかった気がする」
ユーリは少しぼんやりと呟いた。わたしは池の魚を見つめながら口を開く。
「よかったの?」
「何が?」
「魔女のこと。せっかく不老不死から解放されるチャンスだったのに」
魔女にその気があったのかどうかは別として、ユーリがあっさりと引き下がったのが今でも気になっている。ユーリは魚を眺めたまま「あー」と気のない声を出した。
「便利なんだよ、この体。治癒出来る奴が二人いるから大怪我してもすぐに治るし。今はまだ死ぬわけにはいかないからな」
「どうして?」
「どうしてって、誰でも死にたくはないだろ」
思いの外常識的な答えが返ってきて驚いた。確かにその通りだ。わたしだって死にたくないけど、今わたしが聞こうとしていたのはそういう一般的な答えじゃなくて。
わたしの意図を汲み取ったのか、ユーリは空を見上げて言った。
「昔交わした約束があるんだよ。それを果たすまでは死ねない。死ぬつもりはない。それだけ」
はっきりと言い切ったユーリの横顔に迷いはない。千年くらい生きてるのに、まだ果たせない約束ってなんだろう。途方もないな、とぼんやり考える。
「ねえユーリ。魔女に会ってからずっと言おうと思ってたんだけどさ」
「ん?」
「わたし達、殺されるつもりないから」
空を見上げていたユーリが、怪訝そうに視線をわたしに戻した。いきなり何を、と言いたげだ。
「魔女が言ってたの覚えてない? 『ここに居るお友達はみーんな殺されちゃうんだから』って」
「あー……」
「絶対に殺されないから安心してよ。あと数十年は騒がしい日々が続くって覚悟しといて。ユーリの言う約束がいつ果たせるのかはわかんないけど、寿命が尽きる限りは近くにいるからさ」
少なくとも、ユーリを残して先に殺されるつもりはない。それだけは伝えようと思っていた。
ユーリが額に手を当て、呆れたように項垂れる。
「心配しなくても、アイツの言うことなんて真に受けてないよ。お前は本当に……」
でも、その姿勢のままちらりと顔を上げたユーリは笑っていた。呆れたように、でも嬉しそうに。そして、懐かしそうに。
「ありがとう」
多分その目は、わたしに向けられたものではなかった。ユーリはたまに遠い目をする。わたしを通して別の誰かを見ているような、そんな目だ。魔女が、わたしとユーリの友達の雰囲気が似ているって言ってたけど、多分それが関係しているんだろう。
どんな人だったんだろうな、ユーリの千年前の友達。
そんなことを考えていると、背後でドアが開く音が聞こえた。
「あっ、彩先輩とユーリ! やっと見つけましたよー!」
わたしが振り向いたのと、セイがわたしに飛びついてきたのは同時だった。よろめいて池に落ちそうになったところを、何とか踏み留まる。セイに続いてナオとリンも中庭に入ってきた。
「ここにいたのね。結構探したわよ」
「探すくらいなら出掛ける前に一声かけてくれない? みんなどこに消えたのかと思った」
「あはは、ごめんね。でも全員揃って良かったじゃないか」
五人揃った途端、一気に騒がしくなった。ふと視線を池に落とすと、わたし達五人の姿が水面に映っている。魚と一緒にゆらゆら揺れているわたし達の姿は、思っていたより仲間って感じだ。悪い気はしない。
「彩? どうかしたの?」
わたしが池をじっと見つめていると、ナオが不思議そうに声をかけてきた。わたしは首を振って笑う。
「なんでもないよ」
獣人界と魔法界。二つの界の力を借りられることになって、クロスとの戦いが近づいてきていることをひしひしと感じる。
でも、これから先の未来――吉田彩の物語がどんな風に進んでも、こうしてみんなで一緒にいられたらいいなって、そう思った。




