第三話 海から来た男、ウラシ・マタロウ
一方その頃――海辺。
ザァァァ……。波が静かに打ち寄せる浜辺に、一人の女性が立っていた。
婆「今夜はお魚」
可憐な婆様(45)である。
婆「煮ても良し、焼いても良し、刺身でも良し……」
婆「ふふふ……」
少し怖い。婆様は海を眺めた。そして気づく。
婆「……?」
海の中に――何かいる。
バシャッ!ドボォン!!ザバァァァ!!!
魚が宙を舞う。
婆「!?」
海の中で、魚を素手で捕まえている男がいた。筋骨隆々。肩幅が広い。背中が厚い。そして――大胸筋がデカすぎる。
婆「……」
婆「大胸筋が歩いてる」
その男の名は――ウラシ・マタロウ。
◇
その昔。マタロウは――弱かった。とても弱かった。
海辺。少年マタロウは、いじめっ子たちに囲まれていた。
いじめっ子A「おいウラシ」
いじめっ子B「今日も海遊びしようぜ」
マタロウ「ぼ、ぼく泳げないんだけど……」
いじめっ子「知ってる」
ドボォン!!
海へ投げ込まれた。
マタロウ「ぶくぶくぶく」
もがく。もがく。だが泳げない。
マタロウ「助け……」
いじめっ子たちは笑っていた。
いじめっ子「沈め沈めー」
マタロウ「もう……ダメだ……」
そのとき。足元に何かが触れた。
マタロウ「?」
沈んでいたはずなのに――身体が浮いている。海の上に立っていた。
マタロウ「え……?」
足元を見る。そこには――巨大な亀がいた。
しかも。筋骨隆々。黒く輝く甲羅。大胸筋。広背筋。
タートル「お前たち」
いじめっ子たちが固まる。
タートル「次は――」
タートル「沈められるのは誰だ?」
ドスの効いた声。いじめっ子たちの顔が青ざめる。
いじめっ子「ぎゃああああ!!」
逃げた。全力で逃げた。
マタロウは震えていた。
マタロウ「あ、ありがとうございます……」
何度も。何度も。頭を下げた。
マタロウ「悔しい……!」
涙が止まらない。
マタロウ「ぼくも……」
マタロウ「タートルさんみたいな筋肉があれば……」
タートルは静かに言った。
タートル「筋肉はな」
タートル「暴力のためにあるんじゃない」
マタロウ「……」
タートル「弱き者を守るために」
タートル「己を律するためにある」
マタロウ「……」
タートル「ついてこい」
マタロウ「え?」
タートル「本当の筋肉を見せてやる」
◇
海の底。そこにあったのは――巨大な建物。看板が立っている。
「龍宮城」
そして小さく書いてある。
筋肉の砦
マタロウ「え」
リュウグウジム。そこは――筋肉の聖地だった。
エビのシックスパック。タイの大胸筋。タコのサイドチェスト。イカの逆三角形。ハゼのプランクツイスト。
マタロウ「何ここ怖い」
そこに現れたのは、一人の女性。美しい。だが――筋肉がすごい。
女性「ようこそ」
女性「リュウグウジムへ」
彼女の名は――雄斗美姫。ジムのオーナー。
雄斗美姫「筋肉は裏切らないわ」
雄斗美姫「裏切るのは――」
雄斗美姫「だいたい自分」
マタロウ「名言すぎる……」
雄斗美姫「今日からあなたは」
雄斗美姫「地獄を見るわ」
マタロウ「え」
◇
地獄だった。
腕立て。スクワット。ベンチプレス。デッドリフト。プロテイン。スクワット。プロテイン。腕立て。プロテイン。
マタロウ「もう無理……」
雄斗美姫「あと100回」
マタロウ「鬼ぃぃぃ!!!」
だが。マタロウは変わった。
一年。三年。五年。十年。
気づけば――マタロウは筋肉の化身になっていた。
◇
そして現在。海辺。
バシャァ!!
魚を素手で捕まえる男。ウラシ・マタロウ。
婆「……」
婆「大胸筋が歩いてる」
そこへ。
モタロウ「祭りじゃあああ!!!」
山から走ってきた。
モタロウ「……」
モタロウ「なんだあれ」
婆「魚取ってる」
モタロウ「違う」
モタロウ「大胸筋が魚取ってる」
婆「それ」
ウラシ・マタロウが振り向いた。
ウラシ「フン……」
ウラシ「魚は逃げない」
ウラシ「逃げるのは――」
ウラシ「弱さだけだ」
沈黙。
モタロウ「キャラ濃すぎぃ!!!」
婆「うち来る?」
ウラシ「プロテインある?」
婆「味噌汁なら」
ウラシ「タンパク質」
モタロウ「仲間になる流れ!?」
◇
その頃。山では――
キ・ンタロウ「修行きついぃぃぃ!!」
爺「あと三千本」
キ・ンタロウ「増えてるぅぅ!?」
こうして。
桃から生まれた問題児。ふんどし相撲少年。そして――筋肉の化身。
三人が出会う時。物語は、さらにカオスになるのであった。
【第三話 完】




