たこ焼き
「分かってる。今あたしも本堂へ向かおうとしてたところなの。とにかく全員集めて!」
すると、思いも寄らない言葉が返って来た。
「本堂なんか行ったで誰も居ないぞ。今2人は参道の脇道を通って地蔵の方へ向かってる。俺はこの目で見たんだ。間違い無い」
「な、なんですって?!」
なるほど......
こっちもあっぱれなら、敵もあっぱれってことね。でももう、あなた達は終わりよ。なぜなら、今あたしはそのことを知ってしまった訳なんだから。
「分かったわ。ならばお地蔵様の所へ行こうかしらね。フッ、フッ、フッ、絶対に逃がさないわよ!」
もう誰もあたしを止められない。後悔させてやる!
この時のあたしは、人間をやめて鬼になってたと思う。でもそれは、あたしのせいじゃ無い。あなた達が悪いの。だから、恨むなら自分達を恨んでね。いい気味よ!
やがて、佳奈子とそんな荒くれ者集団は、各々が松明を手に持ち、暗がりに包まれた御影神社本堂の裏へと突き進んで行ったのでした。
辺りは俄に風が強まり、そんな集団が手に持つ松明の火を激しく揺らし始めている。
因みにこの1か月間と言うものの、殆ど雨らしい雨は降っていない。空気も大地も乾燥しきり、強風が至る所で砂嵐を巻き上げてる。
それは、何かの凶兆なのか? それとも、復讐に燃える佳奈子が巻き起こした嵐なのか?
現時点でそれを知る者が居たとすれば、それはきっと暗闇で微笑むお地蔵様くらいのものだったのだろう......
※ ※ ※ ※ ※ ※
一方、8時半を過ぎたその頃。
俄に吹き始めた風の中、未だ大勢の来訪者で賑わう参道の様子はどうだったかと言うと、
ビュ~......
「ちょっとお母さん、わたあめが風で飛ばされちゃうよ!」
僕、賢也はあまりの風の強さに驚いてしまった。折角買った好物のわたあめが飛ばされちゃったら大変だもんね。
「賢也、もうちょっとだから大人しくしてて。意地でもここのたこ焼き買うんだから」
因みに今僕達が並んでる屋台のたこ焼きは、たこが大きいって有名なんだ。
だから毎年行列が出来ちゃって、買うのが一苦労。それでもみんな並んでるんだから、それだけ美味しいってことなんだと思うよ。
時刻はもう8時半過ぎてるのに、未だ夜ご飯にありつけてない僕のお腹は、グ~......早くたこ焼きを流し込んでと、悲鳴を上げてる。
「賢也......今年も秋祭りに来れて楽しいわね」
それに比べてお母さんは、強風吹き荒れる中で20分も並んでるのに、ホクホク顔。きっと愛する僕と2人だけのデートが出来て嬉しいんだろう。
「うん......そうだね」
そんな嬉しそうな表情を浮かべてるお母さんに対し、僕は曖昧な相づちを打ってしまった。
その理由は他でも無い。今年は姉ちゃんと一緒に来れなかったなぁ......なんて、そんな憂鬱が有ったからさ。
でもそれを出しちゃったらお母さんが可哀想だから、出さないように努力してるつもりだよ。
そうだ......
お母さんはまだ暫くたこ焼き並んでそうだから、ちょっと先に行って来ちゃおう!
実は今日、僕には一つやっておきたいことが有ったのさ。それは何かって言うと、ちょっと秘密。人に言っちゃうと、効力が無くなるみたいだからね。
そんな訳で、
「お母さん、僕ちょっと行って来るから頑張って並んでて」
「え~......どこ行くのよ? たこ焼き買えたら先に食べちゃうわよ」
「大丈夫。直ぐに戻って来るから」
タッ、タッ、タッ......
僕はお母さんを置いて、勇み足で参道を駆け上がって行った。
僕だって、もう腹ペコさ。たこ焼き全部お母さんに食べられちゃったら大変だからね。
さぁ、とっとと済まして早く戻って来よう......
僕は人混みで溢れ返ってる参道を避けて、脇道を進むことにした。少し暗かったけど、そっちの方が全然早いと思ったから。




